06
すっかり暗くなった廊下を鈴木と冬姫と加藤は歩いていた。
鈴木は西園寺を有罪にすることができなかった。負けたのだ。しかし鈴木はスッキリとした顔だった。
「鈴木……あなたのことを少しでも疑ってしまって、ごめんなさい」
「いいんだよ、冬姫。俺の服全部買ってくれてたんだろう? ごめんな、心配かけちゃって」
「なぁなぁ、俺は〜? 俺に言うことはねぇの?」
「お前は今回も掻き回しただけじゃないか」
冬姫と加藤とカラオケに行こうと盛り上がってるところを西園寺が素通りしようとする。
鈴木は振り向き呼び止めた。
「劣。疑ってゴメンな。このデジカメ、お前のだろ?」
先ほど早少女が自分の写真を撮ろうとしていたそれは、いつも西園寺が鈴木をつけ狙っているときに使っているものだ。なんとなく持ってきてしまったそれを西園寺に手渡すと、西園寺は訝しげに顔を歪めた。
「なんのつもりだ?」
「俺もお前に聞きたいことがあるんだけど、何のつもりで俺を助けたんだ?」
こんなにすんなりとデジカメを返してくれる。いつも執拗に写真を撮られていて、それに嫌悪を示している鈴木が素直にデジカメを返してくれるということは、やはり、やはり……西園寺はデジカメを毟り取ると言った。
「……別にお前なんぞどうでもよかったんだが、言うなれば……」
西園寺はいきなり口籠り、短く告げた。
「友情だ」
さすがにこの言葉には冬姫も鈴木も動揺した。加藤だけがいつものようにニヤニヤ笑っている。
「鈴木、何かたくらんでるわ。気をつけて」
たしかに、普段の西園寺は常に鈴木の足を引っ掛けようと悪意バリバリで迫りよってくるわけだが、ここ最近それが薄れてきてるようなきがしてた。今の西園寺だってなんか企んでいるようには見えない。
この場合はどうすればいいんだろうか?
しかし鈴木の西園寺に対しての姿勢はずっと同じだったはず、西園寺がなにか好意を持つ切っ掛けはハッキリ言って思いつかない。
「不躾なこと聞くけど、いつ友情が成立したんだ?」
聞いて反応を窺ってみる、西園寺の顔が一瞬引きつる。
何か言うか言わないか迷ったあげく、指でA5ぐらいのサイズをなぞる。
「これだ、これ、察しろ鈴木」
鈴木には意味不明だった。
そこで加藤がさっと、一冊のノートを取り出し、西園寺に見せた。
「お前が言ってるのって、このノートだろ? 」
西園寺は驚愕しながら後ろにたじろいだ。
「ななななん、なぜきさんがもっている!?」
「なんだ? そのノートは?」
鈴木は加藤から掠め取り、ノートを捲った。
私、いつもあなたの事見てました。
もちろん、鈴木君が飯島さんと付き合ってるのは知っています。
付き合ってくださいとは言いません、ただあなたの事をよく知りたいんです。恥ずかしい話なんですが、私と交換日記してくれませんか?
突然の失礼をお許しください。
かしこ
いいょーぅ! ! (≧∇≦)/・;^・;・*.";.*
ただし! 冬姫や他の皆には内緒だょっ☆
とくに冬姫にバレると竹刀でのど掻っ切られるからさー(爆死!)
でもって、君は誰かにゃー? 俺が知ってる人かにゃー? (*ω*?
そぅだ。当ててあげよっか??? r(-◎_◎-)
わかった♪ぞのちゃんだぁー↑↑↑
君の視線、ひ・と・り・じ・め(丿`▽)丿━━━━☆
ケンシロウ
返事ありがとうございます。私、返事が返ってくるかどうか少しドキドキしていました。だから、返って きてほっとしています。
鈴木君は頭良さそうで悪いこと何にもしない、正義感強い人だと思っていました。でも、そういうところが憧れちゃいます///
ところで鈴木君ってそういうしゃべり方できたのですね。意外でしたけど、ちょっと親近感を感じちゃいましたっ。
ええーー!! バレちゃいましたかー??? は、恥ずかしいーーーー!!!
この事は他の人には絶対、秘密ですよ? 2人だけの秘密ということで・…
ぞの
この前は行き成りはっちゃけた文章ごめん。
これやれば大抵の人は逃げていくと思ったんだけど、君は違うみたいだね。俺は君が思ってるほど綺麗な生き物じゃないよ? 正義といっても自分の中にある概念に忠実なだけだし。憧れてるね…本当の俺を知ったら憧れも変わると思うけど、それでもいいなら。
俺について知りたいんだよね? 好きなこと聞いていいけど、俺、自分のことよくわからないんだ。
今日もよく分からないで人を攻撃してしまった。そいつはいつも俺のこと怒っていて、何かしら『気に入らない』とケチつけてくるんだけど、ついかっとなっていつも怒り返した。
そいつが俺に対して何を怒ってるのか、考えてみたんだけど。最初はなんでかよくわからなかったけど、今考えればなんとなく分かった気がしてきたよ。でもまだ決断出せるほど、俺はそいつをまだよく知らない。
ケンシロウ
いいえ、私慣れてますから。
逃げません、私もまだ鈴木君のことよく知らないから。
その人もたぶん自分の正義があるんだと思います。自分という正義は人それぞれだし、鈴木君と正義の持ち方が違うから『気に入らない』といってるんだと私は感じます。そして、その人もきっと自分のことよく分からないのかもしれません。
よかったら、もうちょっとその話聞かせてくれませんか?
ぞの
衝突ばかり起こるけど、それが悪いとは感じない。お互いにぶつかり合うことで相手を知ることもできるんだ。
でもやっぱり、どこかで「コイツはこうだ」「コイツとはわかりあえない」と決め付けているんじゃないかな? と思うことがあるんだ。ただそれは少しかなしいと感じる。かなしいと感じるって事は、俺はそいつを捨てきれないってことなのかな? だから怒ることもできるのかもしれない。
いつか受け入れることができるかもしれない。
あっちはどう思ってるのかわからないけど。
俺はあいつを信じてる。
…………ごめん、疲れた。
今日はこの辺で。あしたは裁判なんで。
ケンシロウ
「…………なに? なんなんだこれは!? 砂吐くかと思った!」
ノートから顔を上げた鈴木は驚いたような顔をして加藤を見た。加藤は笑って鈴木に教えた。
「鈴木(実は加藤)と、ぞの(実は西園寺)の交換日記だ。一週間続いてる」
驚いたような顔なのは鈴木だけではない。西園寺だってびっくりしている。
「あれは加藤だったのか!?」
「最初の一文で気がつきなさい」
冬姫が呆れたように言った。西園寺の顔のデッサンが崩れる。
「そんな、バカな……僕に対しての尊敬は? 友情は? 信じてなかったのか!?」
鈴木は黙ったままだった。
「答えろ! きさんにとって僕はなんだ!?」
「劣は劣だろ?」
西園寺はショックを受けた。
最初は鈴木の弱点を探すために忍ばせたノート。だが、鈴木と交流が増えてなにか感じたのだ。なにか考えたのだ。
今まで鈴木を決め付けで見ていて、鈴木は自分のことを跳ね除けているとばかり思っていて、偽善者だとばかり思ってた。
すこし信じてみよう、だから今回は助け舟出したのに!
「そうか、劣は劣なんだな……」
たまらず、怒りと悲しみが湧きあがってきて西園寺は叫びながら走り去っていった。
呆然としている鈴木を加藤は横目でチラリと見た。何故あとを追わないのだろうか。普段の鈴木ならばすぐあとを追うのに。
多分、鈴木も相当パニくっているのだろう。こいつの脳みそフル活動させるにはやはり切れてもらわなくてはいけない。
加藤はため息ついて言った。
「たしかにチャラもこいたけどほとんど本当の事もまぜたぞ? だろ?」
次の瞬間鈴木のパンチが頬に飛んだ。
「余計なことするな」
そう言って鈴木は西園寺を迎えに行った。冬姫は全部読み終わってから、ノートをとじた。
「あんた本当に余計なことばかりね。鈴木と劣の間柄を持たせようとしたの?」
加藤はニヤリと笑いながら。
「俺は俺の正義に忠実だから」
二人の関係は前よりも進むだろう。しかし、鈴木のマジ切れパンチは効いた。しばらく床に転がって笑っている加藤を見て、冬姫は呆れてため息をついた。
「死ねぇー、死んでしまえェ! このっこのっこのっ!」
裏庭で木に貼り付けた鈴木の写真に向かって、近くに落ちていた石で殴りつづける西園寺。
「きさんなんぞ! きさんなんぞ、大っ嫌いだぁー!」
裏切られた。こんなにも心の中がどしゃぶりの日は無い。
殴りつかれて階段に腰掛けているところに、鈴木がやってきた。
木にぼろぼろになった自分の写真があるのを発見して鈴木はため息をつく。
「劣、別に嫌いでかまわない。俺はそれだけのことした……」
西園寺は振り返らなかった。手をしっし、と鈴木のほうに動かして
「黙れ! だいたいきさんは最初っから気に食わなかったのだ。頼まれたって許せそうに無い」
鈴木は胸が痛かった。『許せない』より『許せそうに無い』のほうが重みを感じた。
しかし、ここで身をひいてはいけない。鈴木は拳に力を込めた。
「俺も最初っからお前のこと嫌だったさ、アイコラとか言ってマジふざけんなと思ったし、事故でもキスは勘弁して欲しかった。でも、俺は最初っから、劣のことは劣だと思っている」
おもわず西園寺は振り返って抗議した。
「何が言いたいのか、ちっともわからん! きさんは僕に弁解しに来たんじゃないのか!? 何が劣は劣じゃ、僕の名前は西園寺勝だ!」
「余計なことした加藤が悪いとか、勘違いしたお前が悪いとか、俺が悪いとかがいいたいんじゃない。ただ、振り回されすぎなんだ、俺もお前も」
鈴木の目はしかと西園寺を捕らえていた。
「真っ直ぐこっち見ろ、伝えたいなら正面から来い。西園寺勝!」
「おのれぇー鈴木北斗!」
かくて、文化部同士の取っ組み合いが始まった。
二人とも本気でお互いの正義をぶつけ合った。途中から言葉なんか消えていた。
お互い力尽きるまで……と、いっても時間はそんなに立ってはいなかった。力尽きてお互いへたれこんだ。
「気はすんだか?」
「まだ、まだ叫び足りん」
「……カラオケでも行くか?」
「きさんには負けん。なぜなら僕の名前は勝なんだからな!」
そう言って二人は正門に待ち構えてる加藤と冬姫と合流したのだった。
次の日、いつもどおりだった。
鈴木は鈴木で
西園寺は西園寺で
また、加藤は加藤だった。
女の冬姫には理解できなかったが、いつもどおりなのに何か変わったような気がした。
そして裁判部にはまた平和なひと時が訪れ……ることはなかった。
「なんだってこんなに裁いても裁いても次々と犯罪者が出てくるのよ!」
資料の山の中で陸がうめく。お下がりコーナーの汚職がわかったことから風紀委員が乗り出し、摘発(あば)かれた内部事情により次々と学校内の人間が捕まっている。
「ブルセラ部のせいで煙草もゆっくり吸ってられないじゃあないか、くそ」
こんなときに煙草を吸っていたら、軒並み並ぶ犯罪者といっしょに生徒指導である。パイポで我慢している森下が忌々しそうに呟いた。
「ちょっと、アタシのお弁当食べたの誰よ!?」
「空乃先輩です。おなかが減ったので海馬先輩のを食べると言ってました」
「止めなさいよネ、五十嵐!」
しかしこうして馬鹿馬鹿しい事件でもいい、裁判部が一番充実しているのは事件が起きている時である。今日も法廷で木槌が鳴り響く。
(了)