First Contact


 美人の定義って感性だな、と思った。だって特別容姿が優れていなくても笑顔のきれいな子はいるし、逆に綺麗だけどマネキンを人間と認識することはないと思う。
  だけどその日見つけたとびっきりの美少女は、ともすれば人間? と疑問符が浮かぶような均整のとれた顔だった。
  東京の歓楽街でひとり突っ立っている姿が妙に不自然に感じて僕は足を止めた。うまく言えないけれども彼女の周りだけ違う空間のようで、そしてその別空間を僕は夜中になるたびに体験する。
――ひとりぼっち。
  孤独とは違う、ひらがなで書くのが適切なプチ孤独。学校へ行けば忘れられるのに、夜になるたびに思い出す感情。彼女の周囲を纏う空気は、まさにそれだった。
  ふと、彼女がこちらに気づいて僕のほうに歩いてくる。さらさらのストレートヘアーに人形かと思うほど一筆で描かれたような唇、目は大きいというより力がある。
「こっち、見てたわよね?」
  思わず見とれかけて反応に遅れた僕に彼女はそう言った。
「みてません」
  反射的に僕はそう言った。
「ふうん? じゃあ何を見ていたの? やけに視線が絡んだ気がしたけどさ?」
  彼女は口を開くとはすっ葉な口調で、そして毒のない笑顔をつくった。
「それは……えーと……」
  落ち着け自分、と言い聞かせる。だってまだ何も悪いことしてないんだし。
「君が可愛いなあって……」
「……何やってるんだ?」
気づけば隣にもうひとり女の子が立っている。いや男の子? どっちにも見えそうなボーイッシュな女の子みたいな子だ。
「んー? ちょっとね、視線がかちあったから声かけてみたのよね」
「ふーん……」
  最初に話していた子に言われて女の子が僕の顔を覗き込んできた。身長高いな、一七〇くらいあるかもしれない。
「ええと……」
  視線にたじろきながら僕は言葉を探した。
「お嬢さん方、暇ならばお茶でも飲みます? 僕暇だし、むしろ奢らせてください」
  そして気づけばいつものように軽くナンパしていた。
「おいコラちょっと待て、お嬢さん方って僕もかよ!?」
「ああもう漂くん、奢ってくれるって言ってるよー?」
  いきなり怒り出すショートヘアの子を見て、女の子が笑っている。
  なんだ、この漂って奴は男なのか。美少女二人組と遭遇できたとちょっと喜んだのに。
「いや、彼氏彼女。邪魔じゃあないならいっしょにどう? たまには別の男も混ぜて遊ぶとか」
「こいつの彼氏じゃな……」
「まままま。行きましょ行きましょ。けってーい!」
  彼女が強引に彼氏の手を引いて、僕の手を引いた。なんだかとっつきやすそうな子だなと思った。

 二時をまわったくらいだから、カフェの中は思ったより空いていた。
  といっても休日の歓楽街のカフェがそこまで空いているわけがないのだけれど、すぐに席に座れただけでもラッキーだ。
「うふふ。ここのシフォンケーキとフルーツロールケーキ、この前テレビで放送されていて美味しそうだったの」
  なかなかファンシーな内装のカフェにまたまた可愛いお菓子たち。僕はケーキを女の子に奢るのなんて慣れているけれど、女の子という生き物はとても不思議で、マックのバーガーを「太るから」と残すくせにケーキはふたつ以上ぺろりと食べる。
  隣の男もそんなことを考えているのだろうか。なんだかため息ついているけど。
「彼氏もケーキどんどんおかわりしていいからね?」
「誰が彼氏だ」
「名前教えてくれないんだもん」
「……名乗ってないのはお互い様だろ」
「あ、でもあたしから声かけたものね。あたし宮月草那っていうの」
「宮月さん? 僕は森下透だよ。透明の透」
「にあわない」
  宮月さんと僕が自己紹介していると漂が機嫌悪そうに言った。
「彼氏はなんて名前なの?」
  僕の質問に彼は観念したように名乗った。
「咲良漂。花が咲く、良い悪いの良い、漂う」
  なんとなく桜の花いかだを想像した僕は安直なのかな。
「わかった。咲良ね」
「呼び捨てかよ。なんか扱いに差を感じるんだけど」
「森下くん、女好きでしょ。オトコねー」
「んなっ……!?」
  なんでそこで咲良が慌てるんだろう。なんか顔も女顔だけどいちいち反応の可愛い男だと思う。
「えー。可愛い子相手にして失礼な態度とっちゃ男として失格でしょう。咲良もそう思うよね?」
  思わず話題を振ってみるも、むすっとしたまま咲良は「可愛い子限定かよ」と呟いた。
「漂くんはオトコノコも好きなの?」
「ちげえっ!?」
  宮月さんの素朴な突っ込みにも咲良は過剰に反応する。このふたり、どんな関係なんだろう。
「ふたりは友達? 恋人? その他?」
「んー。限りなく恋人に近いような友達?」
  その瞬間オレンジジュースを飲んでいた咲良が噎せた。
「森下くんは女の子ふたりに見えたのよねー?」
「女友達かと思った」
  ごほごほと咳き込んだあと咲良は「見る目ないんじゃねぇの?」と言った。
「まあひとり男だったくらいじゃあ僕はめげないけれど」
「漂くん男の子に見えないもんねー?」
  宮月さんはやけに僕の肩を持ってくれる。これは脈ありかな? なんて思ってしまった。
「でも恋人じゃあないってことは宮月さんフリー?」
「こいつ彼氏いるよ」
「じゃあ咲良は順番待ち?」
「ちげぇよ」
  なんだかこっちもフリーっぽいなあ。あんまり遊びなれてなさそうだし。
「いるけど構わないわよー?」
  こっちは遊びなれているな、宮月さん。
「待て、ちょっと待て、あっさりしすぎ」
「だって漂くんも矢島くんも奥手すぎるんだもの」
「だからってー!?」
「安心しなよ、咲良の次で僕はいいから」
「そういう問題か!?」
「並行するっていう手もあるわよ?」
「……矢島が可哀想だ」
  なんだか矢島くん可哀想だな、と思って僕は「矢島くんはそれOKなの?」と聞いてみた。
「隠すのは得意よ?」
「いや、僕に筒抜けだ」
「だとしても漂くんは言うの?」
「んぐっ……」
  まあ普通に考えたら矢島くんが可哀想だから言わないよね。
「ばれちゃったら駄目だよ、宮月さん。というか咲良はいいの? 矢島くんに黙ってふたりで会っちゃって。いやいいならいいんだけど」
「いいって?」
「僕もそのどろどろな関係に混ぜてー?」
「かき混ぜる気か!?」
  信じられないと咲良が声を上げる。宮月さんがくすくす笑って
「森下くん、あなた相当慣れてるわね」
  と言ったけれども、僕はそんなに慣れているわけではない。
「こいつら普通じゃねぇ……」
「あたしはいいわよー。どうぞどうぞ」
  宮月さんは構わないみたいだけど、咲良は困っているみたいだ。
「よろしくね、宮月さん」
「よろしく」
「と、咲良もよろしく」
「……よろしく」
  結局放置できない咲良も巻き込んで、僕らは三人でつるむようになった。これはそんな三人の最初の出会いのお話。


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ぁーすとこんたくと