――森下くん、今日空いてる?
自宅の電話をとったとき、その声がにわかに誰のものかわからなかったのは、僕としたことが失態だった。
「ええと、誰?」
――梨花。
「ああ、梨花ちゃん。うん、覚えているよ」
――梨花ちゃんって誰よ。
明らかに怒気を孕んだ女の声を聞いたとき、しまったと感じる。カマをかけられたのだ。
「あのね梨花ちゃん、」
――誰よ梨花ちゃんって!
「君が梨花ちゃんでしょ。そう名乗ったんだから。僕をそういう形で試す女性は僕好きになれません」
――浮気しているくせに!
「浮気ってどっから? 合コンから? キスから? セックスから? 本気になったときから?」
相手が沈黙するのがわかる。僕はそのまま「さようなら」と言って切った。
何を苛ついているんだ? 僕は。普段こんなことくらいで苛ついたりしない。
さらりと着信ナンバーを調べて別の受け答えくらいできただろう。
仕事を終えたあとのパソコンをスタンバイモードにして、風呂に入りに行く。あまり生えない髭を剃って、服を着替えると久しぶりにくる"友達"のことを待つことにした。
高校を卒業してからすぐにデイトレーダーになった。僕は経済の感覚にかなりセンスがあるらしく、この歳としては金に困っていないほうだろう。
食事は最低限、インスタント食品を食べるだけ。友達は戸浪がたまに遊びに来ていたけれども、弁護士を目指す彼は卒業後、試験に向けて猛勉強中なので今はあまり来ない。
仕事は午後の三時には終わってしまう。そこが立ち合いの締め切り時間だからだ。そのあとはだいたい東京に出て、行きつけのバール数軒に顔を出してちょっとずつ飲む。
無駄に金を使うつもりはないけれども、必要なだけはお金を使うよ? そうしないとコネクションはできないし、情報は集まらないし、集まった情報を生かしきれなければ、僕の身は破滅だから。
社会人になってからできた友達は、東雲高校時代の知り合いとはまったく違う層の、いわゆる遊び慣れている人たちで、僕はその中ではまだまだ素人と言っていいだろう。
別に遊びのプロになるつもりもないし、親のカードで女の子にブランド品をプレゼントするような男にはなりたくないし、僕の身の丈にあった女性と知り合えればそれで十分。そんな女性が僕には今四人いる。僥倖なことだ。
ところが今日ひとり減ってしまった。
梨花ちゃんでないってことは誰だったんだろう。まあそれはあとで調べるとして……補充はすぐにききそうだった。
つまるところは高校時代に友達、宮月草那さんが昨日久々に連絡をとってきたからだ。
彼女は苛ついた声で「森下くん」と呼んだ。僕はこの声を聞くとどうしても咎められてるような気がする。何を咎められているかというと、よくわからないのだけれども。
思わず「ごめんなさい」と怯えて謝りそうになった僕に、彼女は第一声こう言った。
「今すぐあんたとしたいのよ」
頭の中をぐるぐると回る彼女の台詞。
「ええとそれって……」
女性にその単語を言わせるのはどうかな? と思ったけれども、先をにごして聞き返す。
――ヤらせろって言ってるのよ。
「宮月さん、下品」
まあ別にそれくらいでヒく僕じゃあないけれども。
――今日空いてるの?
「ごめん、別の女の子くるんだ。また今度でもいい?」
――いつが空いてるのよ? 明日? 明後日? 明々後日? ともかくすぐにしたいのよ。あんたが空いてないってんなら別の男探すから何時が空いてるのか言いなさいよ。
別の男にしてください、という言葉を呑みこむ。荒れている、彼女の声の抑揚を感じ取った。
「明日、なら平気」
――わかった。
電話は一方的に打ち切られる。
そもそも彼女と最後に出会ったのはいつだっただろう。たしか十九の終わり頃、宮月さんは僕の家に遊びにきて、いっしょにご飯を食べて、そしてセックスして、朝になったら「今日であんたとはさようなら」と言って飛び出していった。そう言えば僕が止めてくれると思っていたかのように。
そうして止めなかった僕を責めているような背中を見送って、僕は玄関の扉を閉めた。
僕は君と向き合うのが怖かった。だって真剣になればなるほど、君はきっと冷めていくだろうし、僕もきっと冷めていったのだろう。だけど肉体だけ繋がっていたはずの僕たちは、いつしか心も血が通いあっていて、だから僕は君のことを手放すのが怖くて本気になれなかった。本気になると、僕も痛い思いをしなくてはいけないことがわかっていたから。
あれからもう五年が経つ。僕は二十五歳で、たぶん宮月さんも二十五歳だろう。
彼女はきっと今も水商売の仕事をしているのだろう。僕は彼女が誰とセックスしていようが別にかまわないけれども、一般的に男というのは恋人が売春をしているというだけで一歩ひいてしまうらしい。
まあなんというか、複雑ではあるよ? 僕だけでは飽き足らずお水の道に入っていった子は何人かいる。
不自由しない程度の金のある家庭の女の子が求めるのは"刺激"だから、僕はそういう意味では刺激的な男だったのかもしれない。でもそれは悪いほうの刺激であって、それが彼女たちの道を踏み外す原因になったのだろう。
僕が彼女たちに体を売れって言ったわけじゃあない。だけど僕が原因だという事実には変えられない。だからちょびっと罪悪感も感じるわけ。そういう子たちは最後、僕以上に分別のない男の子供を孕んで、そして人生を棒に振るんだ。
僕はともかく我侭な男だ。自分に本気になる女からは気持ちが冷めるし、だからといって僕では飽き足らず風俗にまで手を出されるとそれはそれでちょっと冷める。
だけどそれはあくまで、僕の手で開花させた女性にのみ適用される話であって、僕の元に来る前から絶対水商売に入ると思っていた宮月さんに限っては、彼女がどういう職業であろうと別に気にしていなかった。
まず僕の気に入らない女の子は援助交際をする女子高生だ。風俗の厳しさも知らないのに、馬鹿な中年から金を毟り取って、そして男を馬鹿にしたような口を友達同士で叩き合う。男は君たちに金をやっている奴らだけじゃあないよ?
金を稼ぐ苦しさがわからない子って可哀想だなあと思う。そして自分がどれだけ惨めな金の稼ぎ方をしているのかわからない子も惨めだ。
だけど宮月さんはそういう子たちとはちょっと違った。彼女もやることはいっしょだったけれども、男の悪口を言わなかったのだ。
僕の家にくるときの宮月さんは、絶対そんなことをするような雰囲気に見えないくらい清潔感のあふれた格好をしている。
だけど口を開けば、どういう男にどうされたかという話を平然と口にし、中には僕が聞いてもそれってどうなの? と思うような変態プレイもあったりして、それを僕は静かに聞きながら「そのときの状況教えて」と聞くと、どういう風に触られて、指を何本入れられて、何人の男に回されて、ともかくそういうことを平然と語ってくる。だけど嘔吐のでるような変態男たちに彼女が悪口を言っているところを聞いたことがない。君の躰に好き勝手していった男たちに僕が文句を言いたいくらいだ。
これが彼女にとっての普通で、僕にとっての宮月さんなのだ。
僕は彼女を幸せにしたいとは思わなかった。だって彼女は自分を不幸だと思っていないと思ったから。
僕がしたことは他の男と同じこと。彼女とキスして、セックスして、やさしいピロートークをするだけ。
優しい男なんてね、探せばどれだけだっているよ。僕と同じうわべだけの優しさでよければどれだけだってね。
だけど君は男に酷いことをされたいんでしょう? それも特別酷いことを。暴力くらいじゃあ嘲笑っていられるんでしょう、なじられるのなんて当たり前なんでしょう、ただ君は殺される時機を待っているだけなんだ。
「私を殺す男は可哀想だ。だって罪もないのに裁かれるんだもの」
って言われたときにどう答えればいいのかわからなかった。だって僕は君を殺すほど愛していなかったし、おそらく君に本気になってくれる男がどれだけいるの? って思ったとき、ちょっと寂しい気分が自分の中に湧いたから。
「男が君を殺すのはナイフかな? それとも銃?」
僕は話題をさりげなく外らすようにそう言った。
「君は目で殺すよね、男を」
彼女は自分の自尊心を充たされたみたいでふふん、と笑った。
彼女は何でも楽しむことができる。なじられる言葉もついていない人生も、馬鹿な男どもの一物も全部楽しめる。
たぶん彼女が楽しめないのはひとつだけである。ひとりの男を愛し、ひとりの男に愛され、家族を持ち、平和な家庭で幸せだと感じること。これだけは彼女は幸せだとは思わないだろう。そして僕もこの手の幸せを望むタイプの男ではなかった。
インターホンが鳴ったので、玄関の扉を開けた。宮月さんが立っていた。
昔と同じ綺麗なさらさらした黒髪と、人形みたいな顔、そして綺麗な躰。僕の家にくるときは化粧っ気がないのも昔から変わっていない。
彼女は玄関で靴を脱ぐと、その場でコートを脱ぎ捨て、そして僕の部屋に上がるまでの階段にぽい、ぽい、と服を脱ぎ捨てていく。あまり色っぽいストリップショーではないけれども、やる気満々なのだけはわかった。
僕はその後ろから彼女の服を拾い上げていって、最後下着を拾ったところで自室の扉を閉めた。
「ベッド、シングルからセミダブルになったね」
「あからさまにダブルだと女と寝るためって感じで感じ悪いでしょ?」
「そう?」
「ベッドは広いほうがいい主義だっけ?」
「別に狭けりゃ狭いなりに楽しむけど?」
全裸でベッドの上に躰を投げ出す宮月さんの横にうずたかく脱がれた服を置いた。
「宮月さん、シャワー浴びないの?」
「こだわるほうだっけ?」
「昔、宮月さんはこだわるほうだった――」
言いかけた瞬間、うるさいといわんばかりにキスで口を塞がれた。舌が歯列を舐め上げて強引に中に入ってくる。乱暴だなあとは思うのだけれども、昔からどれくらいが強引なキスとしてOKかは心得ている彼女は、ぐいぐいと僕の口の中を掻き回して唇を離した。
「やる気になった?」
「…………」
僕がというより君がね。
上半身の服を脱ごうとしたら、宮月さんはいきなり僕のベルトに手をかけて下から脱がしにかかった。いや、さすがにちょっとそれはムードに欠けるというか、僕は下肢への刺激よりもセックスのムード全体を楽しむほうが好きなわけで、そこらへん宮月さんわかっていたと思うんだけど。
だけど抗議するのも雰囲気ぶち壊すしなあ、と思っていたらさっさと僕のそれを口に咥えて舌で刺激し始める。うーん、色々複雑な気持ちとは裏腹に盛り上がるものもあったりするわけだ。
僕は自分の下肢が刺激されるのを大人しく待ちながら、上半身を脱いだ。
「宮月さーん、ちょっと口離して」
甘えるような口調でそう言うと、口を離した彼女の口に指を突っ込む。僕の分泌液と彼女の涎で指がどろどろになるのを確認すると、それを彼女の中に埋めた。
「早くすませたいんでしょう?」
聞いても返事は返ってこなかったけれども、そのかわりに喘ぎ声がかえってきた。あまったほうの左手で彼女の髪を撫で、躰のラインを辿り、愛撫しながら、僕は彼女の中身を解きほぐしていく。
耳の中には舌を突っ込まずに、入り口だけ舌先でなぞられるのが感じるんだっけ? すっかり忘れていたはずなのに僕の体のほうは君がどうすると悦ぶのか覚えていたみたいだ。
ぐちゃぐちゃになった君の体内から指を抜き、さっきのお返しじゃあないけれど、繊細な茂みの間から覗く密唇に舌を這わせた。
「……アッ…」
反射的に膝を閉ざそうとする彼女の膝裏をやさしく撫で上げて、そっと開くとさらに舌を潜らせた。
シャワーを浴びていない状態だからかもしれないけれど、少しだけ獣臭い匂いのする秘所から、なまあたたかな花液と、ひくつく繊細な震えが伝わってくる。
が、いきなり頭を掴まれて、そして離された。
「入れていいわよ」
なんでそんな、最低限こっちが興奮していて、最低限そっちが濡れていればいいみたいな扱いなんだろう。
何度も言うけれども僕はそんなせっかちなセックスを楽しむほうじゃあないんだ。
だけど彼女が苛ついているのが目にとれてわかったから、仕方無く言った。
「ベッドに手ぇついて」
なんとなく後ろからのほうが痛さ半減するかな? と思ってそう指示すると、彼女はそれに従う。
宮月さんの中に躰を沈めていって、全部入ったところで、一呼吸置いた。
「ねえ、宮月さん」
「休まないでよ」
「はい」
腰を動かしながらなんだか空しい気分になる。これが五年ぶりにあった友達にすることですか? 宮月さん。まあ五年ぶりでもやることはいっしょだろうけどさ。
きっと彼女は嫌なことがあったんだ。そしてその鬱憤を発散したくて僕のところにきたんだ。そんなことに付き合う義理はないはずなのに、どうして僕は腰動かしてるんだろうと思うと自分が情けなくなってくる。
一度引き抜いたら、彼女が睨んできた。
「顔見たいなって。五年ぶりだし」
僕はベッドに腰かけて、そして手招きする。
「君が上でいいから。動くの好きでしょう?」
僕の意地悪な言動はあまり意地悪ととられなかったらしく、彼女がすぐに馬乗りになってくる。
ねえ、僕はこんなときどうすればいいんだろう。君を満足させることができるのは、躰だけなんだろうか。
昔はさ、セックスする合間も雑談とかしながら気軽に楽しめたのに、なんでそんな僕を殺しにきたみたいな顔してるの?
君は男に殺されるために生きているんでしょう、僕をぞんざいに扱ったくらいじゃあ僕は君を殺したりしないんだけど。
そこまで考えたときに、僕はふと、彼女の身近で本当に誰か死んだんじゃあないかと思った。
だけど行為の終焉がくるまで、僕はそのことを口にしなかった。
「ミネラルウォーターいる?」
ベッド脇に置くのが常のそれを宮月さんに勧めたけれども彼女はどうでもよさげだった。
「あれから五年経つね」
彼女は返事しなかったけど、僕は続けた。
「君はさ、結局まだ殺されてないね」
ねえ、宮月さん。
誰が死んだの? 誰を不幸にしてこんなに荒れてるの?
僕は今もまだ、君の中に踏み入る勇気がない。臆病でごめんね。
「いいのよ、慰めて欲しくて来たわけじゃあないから」
僕の思考を読み取ったように彼女がそう言った。
「ただ、今回だけは、私は殺される価値もない女だって思っただけ」
「……誰が死んだの?」
「不倫していた相手の奥さんがショックで流産した」
「宮月さん。かける言葉が見当たらないんだけど。それは君が悪いね」
「本当にそうね」
「君のせいじゃあないよなんて言わないからね。もう二十五になってまで都合のいい言葉期待しないでよ?」
「期待してない」
「まったく……」
僕は苛ついて煙草を口にした。
「君は変わってないね」
僕はね、少しだけ期待していたんだ。ある日君の中で化学変化か魔法が起こって、君が誰かを好きになるか、じゃあなかったら君のその悲しい行動を辞めさせるだけの器量のある男が現れるか、もしくはその両方を。
そうだよ。僕じゃあ無理だから、誰か他人がそれをしてくれないかって、身勝手なことを考えていた。
だけど君はまったく変わらず、そして君の周りで不幸になっていく人は増えていく一方で、そして今日僕は最高に不幸せな気分だ。
こんなことになるくらいだったら五年前に僕は土下座して言うべきだったんだ。「宮月さん、全部の男を捨てて僕と付き合ってください」と。
そうしたら彼女は僕を嘲笑って捨てただろう。そうして僕は今こんな悲しい思いをせずに済んだに違いない。
今でも十分だ。彼女が二度目三度目の苛つきを僕にぶつけてくる前に清算しちゃったほうがいい。
「宮月さん、」
僕の中で彼女は危険だとシグナルが出ている。
「僕を捨ててよ、五年前みたいに」
彼女は少しだけ傷ついたような表情をして、そして「わかった」と言った。
そうしてさようならも言わずに部屋から出て行った。
わかっているよ。君は敢えてさようならを言わずに出て行ったんだ。
そして君はまた何かを失えば、僕の元に来るのだろう。何度でも、何度でも。
僕は君に「おかえり」とは言わない。だけどこう言うよ。「いってらっしゃい」
僕は卑怯な男だから、君が傷つけば傷つくほど僕のことを頼ることを知っているんだ。だから何度でも傷つきに行く君に「いってらっしゃい」と言う。
だけど君の傷を癒してあげるつもりはないから、「おかえり」とは言わない。
君は満身創痍だ。僕もきっとそのうち君にぼろぼろにされるだろう。だけど君の傷を僕は舐めてあげないよ。
君は選んだんだ。自分でそうなることを。
僕は宮月さんが不幸だなんて思っていないから、だから助けてはあげない。
君はいつか気づくよ。やさしい男はたくさんいたのに、一番悪い男の元に回帰していたことを。
僕は君にこういう形でしか復讐できない男だ。僕を捨てた君に、そして僕の元に平気な面して帰ってくる君に、僕じゃあ満足してくれない君に、生き地獄を味合わせる形でしか復讐ができない。
だけど君も同じだよね。僕を傷つける形でしか、あのとき止めなかった僕に仕返しができないのだから。
今の君に幸せになる資格なんてないよ。僕にもその資格がない。
だから願うんだ。奇跡を。
君がもしかしたら誰かに本気になってくれるんじゃあないかって。
五年前の朝、君を止めるべきだったんだ。
そうしてありえないくらいいっぱいのおべっかを使うべきだった。
大好きな宮月さん、いっしょに世界旅行に行こう。
君に見せたいのはロンドンの朝だ。世界で最初に夜明けがくるところだよ。君の新しい朝にぴったりだ。
大好きな宮月さん、君に見せたいのはオーストラリアの強い日差しだ。きっと君の中の暗闇なんて全部照らしてくれるよ。
大好きな宮月さん、ニューヨークは大きな夢が叶う場所なんだって。君の夢は何?
大好きな宮月さん、今度はどこへ行こう。
大好きな宮月さん、
大好きな宮月さん、
君を幸せにしたいってなんで僕は言っちゃいけなかったんだろう。そうすると君が離れていくような気がしたんだ。
君は今も僕のところに戻ってくる。だけど僕は幸せじゃあない。君はきっと戻ってくる。わかっているけど幸せじゃあない。
君が離れて行くとわかっていても、君のことを愛していると僕が言えば、君は少しは幸せだと感じてくれたのだろうか。
僕が自分のエゴを捨てて君のことを本気で好きになれば君も僕の思いに答えてくれたんだろうか。
五年前の僕と君なら違う明日を見つけることができたのだろうか。
今の僕と君にはどんな未来が待っているのだろうか。
五年後の僕と君にはどんな未来が待っているのだろうか。
僕たちがおじいちゃんおばあちゃんになったときはお互いどんな老人になっているのだろうか。
君はもちろんおばあちゃんになるよね? 殺されたりしないよね。
そうだよ。僕はそれでも、君に生きていてほしいんだ。
不幸せなまま死んでいったりしたら許さないぞ、宮月草那。
君は僕みたいな男はあっさり振って、そして最高の男を見つけて結婚する使命があるんだ。
だから僕は君を呼び止めない。
何度でも変わらず過ちを繰り返す君に「おかえり」を言わない。
だけど君の明日へ向かう姿に「いってらっしゃい」を言う。
君は幸せになるべきなんだ。
幸せになるべきなんだ。
「いってらっしゃい。宮月さん」
まだ見えぬ夜明けに消えていった彼女のために、そっと呟いた。
(了)
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