Nobody's Home


 僕は森下って要領よく生きているいい加減な人間だと思っていた。だからもしあいつが屋上で紙飛行機とか作っちゃうような繊細な心の持ち主だったりしたらびっくりしたと思う。
  まあさすがにそこまで寂しがりやな奴ではないと思っていたけれども、宮月がいるといっしょになって調子に乗るあいつは、宮月が席を外しているときは大人しい。
  男と口を利く気がないのかと最初は思った。だけど煙草を咥えているときのあいつの横顔はいつも寂しそうだ。だからある日僕は宮月を送ったあと、聞いてみた。
「僕といると息詰まる?」
「へ?」
  いきなりそう言われてびっくりしたように森下は煙草を口から落としかけた。
「いや、いや、そんなことないよ。どうしてそう思ったの?」
「なんか宮月がいないと口数減るから」
「あーそれは……」
  森下は少し困ったように笑って、
「話しかけられたくないんじゃあないかって思っていたから」
  と言った。その答えが森下の普段の図々しい性格からかけ離れたものだったから僕には意外だった。
「僕に気を使っていたの?」
「まあ、宮月さんの監視でいるんだとしたら、僕と話すのも不本意なんじゃあないか、とかね」
「嫌いだったら口すら利かないっての」
  僕はため息をついた。そこで話題が切れる。そういえば僕はこいつの会話に突っ込みは入れるけれども、僕から話題を振ることってあまりなかったのだ。
「森下って学校では友達いるの?」
  あまり上手な話題の振り方ではなかったかもしれない。慌てて付け足す。
「いや、友達いなさそうとかじゃあなく、どういう友達がいるのかなって……」
「友達って呼べる人はあまりいないかな。知り合いならけっこういるんだけれど」
  そんなちょっと冷たい答えが返ってきた。
「でも今はちょっと多くなったほうかな……中学生までは海馬って友達しかいなかったよ」
「女友達は?」
「陸と空乃っていう変な女がふたり。それくらい?」
  意外すぎる。女友達と言われていっぱい名前を列挙されるのではないかと思っていたくらいなのに。
「僕さ、素で付き合うことあまりないし、本性出すとけっこう性格悪いところあるから、あまり腹割った友達ってできないんだよね」
「……。学校でいつも仮面被って生活しているんだ」
「そんなところ」
  なんでだろう。僕は仮初めの自分で生きたことなどない。不器用かもしれないけれども正直に生きている。
  お前は楽に生きていてそれでいいよな、と何度も言ったけれども、こいつの人生って本当に楽なのだろうか。
  別に僕と同じ苦しみだとは思わないけれども、だけどまったく悩みのないあっけらかんとした性格を装うって、けっこう疲れるんじゃあないのか?
  そうは思ったけれどもそのときは口にすることができなかった。

 それから、宮月を送ったあとの帰る時間は、森下と僕だけの時間になった。話すことは他愛もないことが多いけれども、森下が停電恐怖症の話とか、喧嘩どころか運動も苦手な話とか、イタリアの血が混ざっていることとか、聞けば聞くほどこいつってわけのわからない奴だなと思うこともあれば、納得することもあったりして、ますます複雑な気分になっていった。
  単純に生きている人間なんていないんだなと感じたのは、沈黙が続いたときにあいつが「歌っていい?」と言い出して、川べりでいきなりアカペラを始めたときだった。
  洋楽だったから全部は聞き取れなかったけれども、サビの部分だけはあまりに悲しい内容だったから覚えている。

She wants to go home
But nobody's home
That's she where lies
Broken inside
(彼女は家に帰りたかった
だけど家には誰もいなかった
彼女はそんなところに横たわる
壊れた心で)

 こいつが家にあまり帰りたがらないのも同じ理由なのだろうか。居場所がなく、どこにもなく、寂しいひとり部屋で、ごろんと横になって寝ているのだろうか。
「お前ってさ……」
「何?」
  歌うのをやめて森下が振り返る。
「イタリアの家族のところに帰ったほうがいいんじゃあないのか?」
  森下は笑って、言った。
「居場所がないんだよ」
  お前は笑って言ったのに、言葉の響きがどうして寂しいんだよ。悩みなんてありませんみたいな顔して、傷つくこと言われても平気ですみたいな冷たさ装って、お前は寂しくないのか。
  言いたい言葉がぐるぐるめぐったあと、僕は結局そのすべてを言わずに携帯で姉に連絡をとった。
「姉さん? 今日友達の家に泊まるから、夕飯いらない」
  電話を切るのを見ていた森下は少しだけ口の端をゆがめて笑った。
「咲良、気を遣ってくれた?」
「お前が寂しそうなこと言うからだよ」
「あはははは」
  森下は笑って僕の肩に腕を回すと、耳元でこっそりと言った。
「お姉さんに内緒でお酒、飲む?」
「お前は根っからの不良だな!」
「なんのことでしょう? 喧嘩の得意な咲良漂さん」
  頭を叩いてやろうとしたらひらりと離れて、森下は笑った。そうだよ、悩んでいる顔なんて似合わないんだから、そうやってお気楽にちゃらちゃらとしていればいい。
  頭の端っこで森下の歌声が張りついている。男のくせに妙に高い、煙草で少し掠れた声。

She wants to go home
But nobody's home
That's she where lies
Broken inside

 彼もまた居場所がなかった。
  どこにも、どこにもなかった。

(了)


Nobody's Home