新宿で知り合った美少女、宮月草那さんとその友達咲良漂。そのふたりのアドレスを貰ってから二ヶ月くらいが経過していた。
宮月さんとは一週間に一回くらいメール交換をしている。咲良とはあまりしていない。
学校は始まっていたし、中間テストも近かったから僕は勉強していた。
宮月さんからそのときメールが入った。
「勉強会?」
要は会おうということだろう。宮月さんの家の住所が書いてあった。
その隣に「漂くんもいっしょだよ」と書いてあるからあのボサボサ頭の友達も来るのだろうと思いながらカレンダーを確認した。
テスト三日前からは午前授業で終わりである。午後には東京のほうに出向けるし、うまくいけば進路の情報交換も可能だろう。
宮月さん曰く、咲良の奴はけっこう頭がいいらしい。失礼な話あまりそんな感じはしなかったけれども、外見がずぼらでも中身がすごいってことあるかもしれないよね。まあ僕みたいに外身に気を使っても身辺自立が破綻している男だっているわけだし。
とりあえず中間の五教科中、暗記問題中心の地理を除いた科目をやるとのことだったので、参考書を別の鞄に詰めてみた。けっこうな重さになる。仕方がないので自信のある数学と物理の参考書を抜き、古文と英語の参考書だけにした。辞書はあちらで貸してもらうことにしよう。
公立東雲高校と私立川城高校の偏差値がだいたい同じくらいで助かった。これが幾つか違うだけで習っている範囲が違ったり、下手すれば教科書の数から変わってくる。
とりあえず明後日会うことを考えてノートのまとめだけしてから眠った。
僕は帰りの電車でいきなり新宿行きにそのまま乗っていった。いつもと違う路線に入っていくのを見て海馬が「テスト前に遊ぶとまた痛い目見るわよ?」と言っていたのを思い出す。まあ遊び半分、勉強半分である。正直進学高校に行っているからといって、みんながみんな頭がいいとは思っていない。
だからこそ、咲良の頭のよさを知ったときはびっくりした。
「英語の模擬問題集、九十五点……」
「あれ? どこか間違っていたか?」
まるで間違えていたことが意外なように咲良はそう言った。rとlを間違えたスペルミスがひとつある以外、パーフェクト。
「ね? 頭いいでしょ」
「うん、びっくりした」
僕のは八十九点、宮月さんのは七十一点だった。そこそこみんな頭はいいみたいだ。
「英語は宮月がドベで僕がトップ、数学は宮月がドベで森下がトップ、物理は僕がドベで森下がトップ、宮月は選択していない。生物は僕がトップで森下は選択していない、国語は森下がドベで宮月がトップと」
「さりげにあたしがドベなのが三つもある!」
「僕がドベなのがひとつある……」
「さあ、教科書広げろ。わからないことあったら聞いていいからな」
宮月さんのショックと僕のショックをいっしょに並べちゃ失礼かもしれないけれども、どこかで一番頭がいいのは僕だと思っていたんだ。そんなの気にしてもいない咲良は英文法の問題集を黙々と解いているけれども。
「『雨もぞ降る』ってどんな意味になるの? 宮月さん」
「『雨が降ったら困るよー』みたいな意味」
「『もぞ』って『も』と『ぞ』の係助詞の関係だよね?」
「うん、そうだよー」
「『も』が同趣、並列、強意で『ぞ』も強意なのにどうしてそうなるの?」
「それは……」
「『もぞ』と『もこそ』は不安や心配を表す危惧の表現なんだよ」
国語をフィーリングで理解している宮月さんに替わって咲良が文法的な説明をしてくれた。
「宮月、質問」
問題を読み返していた咲良が手をあげて言った。
「『ぞ』『こそ』『なむ』ってどれが一番強いの?」
「え?」
「全部強意じゃん。どれが一番強いわけ?」
「咲良、そんなの問題には出てこないけど?」
「知りたいだけだってば」
テストに出ない範囲まで覚えたがるとはかわっているなあ。まあ英語にも厳密には強い順番とかあるらしいけれども。
物理と数学は勉強する必要がほとんど感じられないし、国語はやっても理解できると思っていないから、結局僕は英語に手をつけることにした。先ほど間違えた問題を見ながら眉間に皺を寄せる。
「咲良、この青山学院大の問題、何が間違ってるのかわかんない」
「どれ?」
咲良がこちらを覗きこんでくる。
「last Januaryは過去の特定時点を表すから現在完了じゃあないんだよ」
「ああ、わかった」
「え? 今の説明で何がわかったの?」
宮月さんが僕と咲良の会話を聞いて首を傾げた。まあ、英語が苦手な人はとことん苦手だしね。
「ねえ、漂くん。last three dayなのにどうしてこれは現在完了なの?」
「the lastってなってるだろ? 『最近の』って意味になるんだよ。その場合現在完了が使えるんだ」
なんでも知っていそうな咲良を見て、そのあと僕と宮月さんは目配せをした。
「咲良ぁー」
「漂くーん」
塾代を節約しようという欲丸出しで僕たちは咲良にあらん限りの今までの疑問点を聞きまくった。
咲良は質問責めに合って僕と宮月さんの間で顔を右に左にとやりながら質問に答えていく。
二時間くらい勉強したあとに、宮月さんがジュースを買いに行くというから僕がいっしょに荷物持ちとしてついて行くことになった。ふと立ち上がるとき、咲良の手をつけていた問題集に目を落とす。ほぼ白紙だ。
そうか……僕たちが質問していたからこいつ全然自分の勉強する暇がなかったんだ、ということに遅まきながら気づく。僕ならばてきとうなところで「あとは自分でやりなさい」と言うのに、こいつ全部答えてくれるものだから参考書や辞書を引くのも面倒で最後は単語の綴りまで聞いている始末だったものなあ。
僕はやや反省しながらコンビニまで歩く道で宮月さんに「もうちょっとだけ咲良に勉強時間作ってやろうか」という話を持ちかけた。
宮月さんも立ち上がるときに同じことに気づいたみたいで素直に同意してくれた。
コンビニでジュースとおやつをいくつか買っているときに、宮月さんがにっこり笑って籠の中に特大プリンを放り込んだ。
「漂くんに特別ご褒美」
「ああ、いいねえ」
レジで買い物をすませて宮月さんの家に戻る。
咲良の目の前に特大プリンを置くと、彼はその大きさにぎょっとしたようにこちらを見た。
「なんだ、これ?」
「え? ずっと二時間先生やってくれたお礼」
「こんなに食えるわけないだろ」
男としては食が細いのだろうか。漢のスイーツシリーズのサイズは受け付けないらしい。
「三人でわけようか」
「えー、漂くんへのご褒美なのに」
「全員で勉強しているんだから全員等分でいいよな?」
宮月さんの言葉を聞かずにプリンに匙で三等分の線を引いた咲良。この頑固さなんとかならないのかなあ。
「咲良、あーん」
僕がプリンをスプーンにのせて咲良の口の前にもっていった。
「は? 何考えて……きめぇ」
「漂くん、あーん」
宮月さんも自分の分から一口分スプーンですくって咲良の前に差し出す。
しばらくして観念したように咲良はふたつの匙を口にいれた。
「咲良が食べたー」
「ぴよちゃんが食べたー」
異様な喜び具合の僕たちを咲良はちょっと不気味なものでも見るような目で口を動かした。
「お前ら、本当仲いいよな……」
「「そう?」」
宮月さんと僕は同じタイミングで聞き返す。なるほど、たしかに息はあってそうだ。
同じタイミングでスプーンにプリンを掬ってまた「あーん」とかやるあたりも。咲良は呆れたように「お前ら、僕で遊ぶなよ」と言った。
うん、その表現ぴったりかもしれないね。宮月さんと僕は咲良で遊ぶのが大好きという意味でも共犯者だ。
「さて、勉強会、再開しますか」
僕たちは今度こそ、自分たちの手で勉強を再開した。
中間テストの点数は普段よりちょこっとだけよかった。
(了)
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