両手に?


「僕はね、案外この状況って両手に花なんじゃあないかと考えたんだけど」
「何が?」
  漂と草那の丁度中間でマクフライポテトを食べながら森下が言った言葉に漂がすぐに聞き返した。
「どう考えても男にカウントできるの僕だけだし」
「ちょっと待て。どうして僕が男にカウントされないんだよ!?」
  漂の反論に草那がくすくすと笑いながら「たしかに漂くんは男っぽくないよねー」と言った。
「どういう意味だよ? 宮月」
「いや別に咲良が男じゃあないとか言ってないよ。男くささがないっていうだけで」
「そんなの森下だっていっしょだろ?」
「そう?」
  森下が草那に聞くと、草那はちょっと考えてから言った。
「そうねえ、ふたりともいかにも男って感じの容姿ではないわよね」
「まあ容姿には気を使っているしね」
「男が容姿に気を使うって勘違いも甚だしくないか?」
  森下と漂が真っ向から違う意見を言った。
「咲良ってさ、髪の毛綺麗にすれば絶対もっとモテるよね」
「うるせ。モテる必要なんてないっての」
「漂くん彼女いるよー」
「うそぉ!?」
  咥えていたポテトフライを落としかけながら森下が驚いたように言った。
「咲良彼女いるの!?」
「彼女の名前も咲良ちゃんなんだよ」
「うわー。結婚したら咲良咲良だ」
「お前ら……」
  当人を置いて勝手に盛り上がるふたりに漂が小さく呻いた。
「ねえ、その子可愛い? 可愛い?」
「可愛かったらなんなんだよ? 絶対にお前には紹介しないからな」
「咲良と僕の仲でしょ? 咲良ちゃんのほうもそのうち紹介してよ」
「どんな仲だよ。ヤッツンに宮月のこと黙っている共犯者って紹介するのか?」
「あーそうか。無理だね、そりゃ無理な紹介だ」
  心底残念そうに森下が呟いた。
「残念だなあ、咲良ちゃん見られると思ったのに」
「咲良漂ちゃんで我慢しておくしかないわね」
「待て、宮月。漂ちゃんって僕?」
  そんな他愛のない日常会話をしているときだった。目の前に影が出来て森下は見上げる。割とガタイのしっかりした、二人組の男がこちらを見下ろしている。
「昼間っからいちゃいちゃいちゃいちゃ……」
  ひとりがそう言ったので最初なんのことかわからなかった。
「両手に花でいい身分じゃねぇか! いちゃつくなら別のところでやれよ」
「ええと……」
  漂は男だということを説明しようかと思ったが、ふと周囲を見渡すとフードコートが全部埋まっている。
  別に草那や漂が目当てというよりはただ座りたいだけじゃあないだろうか、と考えて森下は立ち上がった。
「ええと、じゃあそろそろ僕たちはお暇し……」
「人が食事しているところに来て汚い唾飛ばして、最低」
  丸く収めようとしたところで草那がぼそっとそう呟いた。男のひとりが眉間に皺を寄せる。
「あの、宮月さん……」
「咲良ちゃんもそう思うよね!」
「咲……まあそうだな。こっちが先に食事していたわけだし」
「咲良も……」
  ただこの人たち座りたいだけだよ、と説明しようと思ったが、草那と漂は完璧喧嘩モードにスイッチが入っている。
  前々から思っていたが、漂といっしょにいるときはかなりの高確率で誰かに絡まれる。不良と接する機会など皆無に等しかった森下の人生で、漂という喧嘩に巻き込まれやすい少年はある意味トラブルメーカーだ。もっとも、真のトラブルメーカーは逆隣りにいる草那なわけだが。
「お嬢さん方強気なのは分かるがな……」
  男が青筋を立てながら言った。
「俺たちは早いところ食事して仕事場に戻らなきゃいけな――」
  何か嫌な予感がした瞬間には、草那がその男の金鉄を蹴り上げていた。
  前のめりに屈む男にもうひとりがテーブルの上にトレーを置くと草那のほうを睨みつけた。
「お前、何しやがる!」
「べつにー」
「このっ」
  男が草那の胸倉を掴もうとしたので漂が立ち上がった。
「宮月!」
  草那の名前を呼んだと同時くらいに彼の右ストレートが男のわき腹に入る。
  近くにあった観葉植物を倒してひっくり返る男を見て、森下の顔色が変わる。
「ええと……すみませんでした。お食事を奢らせて頂くので、どこかで穏便に話し合いませんか?」
「いいからその凶暴な女たち連れてどっか行けぇ!」
  近くにひっくり返っていたジュースの氷をぶっかけられて、森下が再三頭を下げると漂と草那を連れてフードコートを出た。
「あんな奴らに屈する必要なんてないわよ」
「いや、彼らただ仕事の合間にね、急いで食事する必要があって、席探していただけだから」
「ならそう言えばいいじゃない」
「ああまあ、そうなんだけど……」
  説明する間もなく草那が相手の股間を蹴り上げたことについてどう言おうか考えているうちに隣で漂が 別の男に女と間違われてナンパされている。
  もちろん「可愛い」という言葉が禁句の漂が腹を立ててその男を殴り飛ばす。
「てめっ!」
「漂くんやっちゃえー」
  やいのやいのと応援する草那を見て森下はため息をついた。
両手に花、改め両手にデンジャラスビューティー。幸せなんだか大変なんだか。

(了)


両手に?