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「ギーを探している間もプロファイリングの宿題か?」
助手席で資料を広げて読んでいるチェスターを見て、車を運転しているサムが呆れたように呟いた。
「ええ。俺、ギーみたいに数日でレポート提出したりできないから、こつこつやらないと」
「プロファイラーってみんなそんなに真面目なわけ?」
「俺真面目じゃあないですよ。だけど遊ぶために警察に入る奴なんていないでしょう? だったらもっと有名な企業に入って休日はバカンスを楽しみますよ」
資料に目を通しながらチェスターは言った。
「ギーは画家が怪しいって言ったけれども、なんで画家だと思ったんだろう」
「同じプロファイラーの卵でも能力ってぜんぜん違うんだな」
「サムさん酷いな。俺、これでもがんばってるんだけど?」
チェスターはサムを睨みつけた。サムは運転しながら言う。
「その画家は、ある程度の地位を確立している上に自由時間が効く。犯行の行われた時間は定時でないことから他の犯人では難しいと考えたんだろ?」
「あ……」
「しっかりしろよ、チェスター。それくらい、ただの刑事の俺にだってわかるって」
意外と鋭いサムの指摘を受けてチェスターはうな垂れた。
「そういや、どこに行くつもりなんですか?」
「ギーの目撃者情報の確認とかは警察署の連中に任せておいたほうが無難だが、もしかしたら頼りにできるかもしれない助っ人がひとりいてね」
「へえ。優秀なプロファイラーですか?」
「案外プロファイラーより優秀かもしれないぜ? 問題は、協力してくれるかどうかだけれども」
一週間前に訪れたアパルトメントの前に車を止めると、サムは車を降りた。チェスターも車を降りる。
「さて……レインマンは協力的かな」
サムは独りごちて、階段を登った。
インターホンを押すと、しばらくしてレインマンが顔を出す。
「今日は仕事の日です。お引取りください」
「占い代は払うから、ちょっと頼みがあってな」
「僕にできることですか?」
レインマンは扉を開けると、中にサムとチェスターを通した。
「ギーくんが行方不明になったと?」
レインマンは以前来たときと同じように、マシマロを指でつぶして遊びながら話を聞いた。
「ギーにこの事件を降りるようにあなたは言っていましたよね? どうしてなのか聞きにきたんです」
「ギーくんには大きな災厄の相が見えていました。何か大きな事件に巻き込まれるのは目前でしたね」
「おい、それ本当かよ? 占い師」
隣から不躾な口調でチェスターが聞いた。レインマンは冷ややかにチェスターのほうを見る。
「占い師、ではありません。僕には名前があります」
「レインマンって偽名だろ? 俺は占いや霊能力なんて信じちゃいないんだ」
「じゃあチェスターは帰ればいいだろ?」
サムが苛ついたように言った。
「失礼しました。こいつはちょっと……駆け出しのプロファイラーだから霊能力者が事件解決に活躍していることをまだ認められないんです」
「まあいいでしょう」
レインマンはマシマロを舌の上で転がし、飲み込みながら言った。
「ギーくんの行方とチェスターくんの扱っている事件、関係があるかもしれません」
「え……?」
チェスターが変な顔をした。ギーの話はたしかにしたが、チェスターがどんな事件を扱っているかまでは話していない。
「ギーくんは画家が怪しいって言ったんですよね? 僕もその画家は怪しいと思いますよ。ギーくんが生きているかはともかくとして、画家は絶対彼の行方に関係しているはずです」
「ちょっと待てよ、ギーが画家を疑惑っていた話とか俺絶対してない……」
「チェスター=クラーク、二十四歳。好きな食べ物はミートソースのパスタ、嫌いなものは芽キャベツのボイル。警察学校の四年生、成績は中の下、ギーくんのお友達だけれどもその実彼の才能に少し嫉妬している。君のプロフィールなんてそんなもんでしょう?」
ぺらぺらとチェスターのことを話すレインマンにチェスターが絶句した。
「僕はね、人の記憶や思考の断片が読み取れるんですよ。そういう霊能力者をエンパスって言うんです。わかったら、生意気な口を閉じてギーくんを探すために画家の居場所でもプロファイルすることですね。お友達が死ぬ前に助けられるかもしれませんよ?」
チェスターが面白くなさそうに黙った。サムが苦笑いして「お手柔らかに」と付け足す。
「レインマン、ギーを探すのにご協力を要請したいんですが、お願いできますか?」
「ギーくんの持ち物とかは何かありますか?」
「ギーの持ち物ですか? 今ちょっと持って来ていませんが……チェスター、何か持ってるか?」
チェスターは鞄の中を漁り、中から指輪と取り出した。
鈍色に光る、薔薇をモチーフにした指輪だ。
「これ……あいつがよく指につけていたやつ。何かに役立つかと思って、この前家に寄ったとき拝借した」
「泥棒じゃねぇか」
サムがぼそっと突っ込んだ。
レインマンはその指輪を受け取ると、目を閉じた。
しばらく、沈黙が続いた。
「火事の現場が見えます。キッチンルームが燃えてますね」
「ギーが今燃やされているってことか?」
サムがレインマンにそう聞いたが、レインマンは首を左右に振った。
「これはきっと、ギーくんの親の記憶ですね。彼の両親はケーキ屋のキッチンで亡くなっているようです。アメリカに来て最初の一年はショックで彼はお菓子作りが出来なかった」
「そんな記憶どうでもいいよ」
「どうでもよくありませんよ? 強い残留思念です。彼は火事の原因が放火魔であることを知っている。その犯人はいまだに捕まっていない。ギーくんはそいつを捕まえるためにプロファイラーになることを決心したみたいです」
「おい、レインマン。ギーの人生を全部振り返ってるといつになったらギーの居場所にたどり着くんだよ?」
苛々したようにチェスターが言った。
「……チェスターくん、あなたはギーくんのお菓子が大好きでしょう?」
「あ?」
「あなたが近くにいたから、ギーくんは恨みや私怨を捨てて、本当のプロファイラーに成長できたんです。あなたは実にいいお友達だったみたいですね」
チェスターが黙り込む。レインマンは「wait」と呟いた。
「花畑があります。あとシカゴからはかなり離れています。白い車と、ログハウスが見える。彼はまだ生きてますよ? 随分怖い思いをしているみたいですが」
「生きているんだな?」
サムが念を押した。レインマンが頷く。チェスターのペンケースからサインペンを取り出して、ノートに見えた景色をラフでスケッチし始めた。
「こんな感じです」
あまり上手な絵とはいえなかったが、だいたいの雰囲気はつかめた。
「こういう景色の場所を探せばいいんだな?」
「ええ」
「犯人は画家でいいのか?」
「おそらくはそうですね」
サムはレインマンに固く握手をして、立ち上がった。
「行くぞ、チェスター」
「おう」