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「おう、恋の奴隷たちよ。今日は篠宮教室にいねぇぜ?」
山田がおにぎりを食べつつ英田と僕にそう言った。
「篠宮さん今日は休み?」
「早退したよ。ついに風邪ひきやがったみたいだ」
「用がなくなったから帰るよ」
「俺も帰る。じゃあな、山田」
「お前ら本当に篠宮のためだけに日参している愛のある奴らだよな。本当あいつもお前らいると心強いんじゃあねぇの?」
その単語に踵を返しかけた僕たちは足を止めた。
山田はそのぼーっとした馬面に糸目でこう言った。
「俺が篠宮の事情知らないとでも思ってた?」
「し……」
「知ってたんだったらどうしてあんな無神経なこと言えるんだよ!」
英田が思わず怒鳴った。Cクラスが一瞬だけしん、となり、山田がそれをフォローするように、
「ああ、俺が篠宮と仲よくしすぎているから恋する馬鹿者が怒ったんだよ。気にすんな、皆の衆」
と言った。英田、お前は熱い男だけれども本当に無神経な男だと思うよ。もうちょっと空気とか読めるようにならないと今井沙希にまたフられるんじゃあないかな。
「俺あいつとは小学時代からの付き合いだし、もう腐れ縁っていうの? 最初は俺も戸惑ったよ、俺といっしょにあいつの家に遊びに行った友達が『ジュースないんなら買ってくるからお金くれよ、120円』って言いやがって、さ……それにあいつが『ああ。120円ない家庭なんだよ。我慢しやがりな、ごめんよ』って。なんでごめんよなんだろうな?あきらかにこっちの勝手な都合なのになにがごめんなんだろう? 貧乏でごめんなさいって意味だとしたら俺たちなんて生まれてきてごめんなさいって感じの気分だし」
山田が眉をハの字にして笑った。
「篠宮はタフな奴だからお前らそんなにかしこまらなくていいんだよ。あいつが助けてくれって言ったときにだけ助ければ、それでいいの」
「君さ……道化のフリしているけど相当辛いんじゃあないの?」
「何言ってるの? 俺超幸せに決まっているじゃん。篠宮はまだ生きてるし、俺は学校へ行ける身だ。これ以上の幸せは望んじゃあいないよ」
山田啓一郎……お前のような悟りが僕にはまだ啓けない。
君はずっと辛い思いをし続けて麻痺しちゃったんだよ、骨を少しずつずらして折っていかれているような環境にい続けて君は発狂して笑う仮面をつけてしまった哀れな道化なんだ。君が笑わなくなるためにはもう首の骨を折って息を止めるしかないんだね。僕の精神ももうぼろぼろだよ。君ほど神経はイってないけれども正気でいるにはあまりにも辛いんだ。
君のことを責める資格が僕たちにはない。