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 目の前にぶらりと栓のされたままの手榴弾がぶら下がっているのを、クラウディオはまじまじと見た。
「安全弁が抜かれてたら俺たち今頃死んでたな」
  言われずとも。
  クラウディオは脅しだとばかりにぶらさがっている手榴弾を外すと、それを部下のディーノめがけて軽く放った。
  ディーノは驚いたようにそれをキャッチする。
「誰がそれを仕掛けたのか調べておいてくれ」
「わかった。っておい!? ということはお前この車に乗って帰る気なのか」
「そうだ」
  クラウディオは運転席に座ると、持っていたキーを差し込みミラーを直した。ディーノの心配している顔が写ったが、気にせず車を発進させる。

 

「おかえりなさい。クラウディオ」
  自宅につけば最初に出迎えをしてくれたのは婚約者のエミリア。
  続けて出迎えをしてくれたのが長年部下を勤めるセルジオだ。
「おかえり、それで、どうだった?」
「コンラードが死んだことに親父はショックみたいだ」
「そりゃそうだろ。息子だぞ」
  ストラッリオ=バドエルこと、バドエルファミリーの首領であるドン・ストラッリオには三人の腹違いの子供がいる。
  三男のコルネリオ。つい昨日までは大学院生だった。
  次男のクラウディオ。自分のことだ。つい昨日までは中古車販売のセールスマンだった。
  どっちも今は無職だ。
  長男のコンラード。つい先日まで生きていたが、今は殺されて墓の中だ。
「それで、俺とコルネリオのどっちかに跡を継いでもらうつもりだという話をされた」
「悲しんでたのは一瞬か?」
「後継者がいきなりいなくなったんだ。親父も悲しんでばかりはいられないんだろうさ」
  クラウディオは車の扉を閉めて、今度こそ誰も乗れないようにロックをかけた。
「やけに念入りに何度も鍵を確かめてるな」
  セルジオにそう言われて、先ほど帰りに手榴弾がぶら下げてあったことについて話した。
  セルジオは物心ついた時からSPとして自分に配属されているが、ただの幼なじみ同然だ。驚きを隠せないようで目をまん丸くしている。
「『次はお前だ』ってことか?」
「だとしてもそのくらいで父親が世継ぎを諦めるようにも見えないがな」
「ということはコルネリオが犯人か!?」
「おい、なんで義理の弟が犯人なんだ? あいつはいきなり大学院をやめさせられて、こっちは勝手にドン・バドエルから辞表が出されたんだぞ。泣きたい、今月成果が認められて二千ペルノイ昇給するはずだったのに」
「つまりコルネリオにもそういう泣きたいような事情があるに違いないってことだな」
「ああ、そうだ。どのみち誰かがコンラードを殺したんだろうが、コルネリオはきっと違う。あいつも俺もコンラードが跡継ぎということで満足していた。というより、一般人のままでいたかった」
「わかったよ。わかったって」
  セルジオはどうどうと諌めるように両手を前に出すポーズをした。
「エミリア」
  クラウディオは黙っていきさつを見守っていた恋人に言った。
「家に帰ってくれないか。しばらく俺の周りは危ないかもしれない」
「何言ってるの。私だけ安全なところになんて」
  エミリアは腰に手をあてて不服とばかりに胸をはった。
「私のお父さんもお兄ちゃんもマフィアなのよ? 今更何があったって怖くないわ」
「あのな……カヴァリーノファミリーみたいな田舎者野菜マフィアとバドエルファミリーは違うんだぞ」
「お兄ちゃんのファミリーを馬鹿にするとクラウディオでも許さないわ」
  わかっちゃいない。ここはバドエルファミリーのテリトリーだ。いくらカヴァリーノマフィアのボスの妹だとしても、ここじゃ守ってくれるのはクラウディオか、せいぜいセルジオくらいしかいないというのに。
「ともかく、明日にはコロラヴィに戻ってくれ」
「結婚間近に帰れ!?」
「結婚どころじゃな……」
  言いかけて、エミリアに睨まれていることに気づきクラウディオは咳払いをした。
「婚約者の安全を確保するのが最優先だ」
「花婿がいなくなって私だけ生きてたってしかたないじゃない。コルネリオが跡継ぎになればいいのよ、私そういう風にストラッリオおじさまに説明してくるわ」
  車に乗ろうとしたエミリアを体で壁を作ってクラウディオは止める。
  エミリアが避けて別のところに行こうとしたのでセルジオも壁を作って止める。
「大の男二人で壁作るってどういうこと!?」
「危ないんだよ、エミリア」
「エミリア、本気で考え直すんだ。クラウディオの言うとおりにしろ」
  エミリアはクラウディオを睨みつけ、セルジオのほうも一瞥すると腹を立てたように踵を返して家の中に戻っていった。
  玄関の扉が大きな音を立ててバン! と閉まる。
  クラウディオはそっとセルジオと目配せした。
「友よ、よくエミリアを守ってくれた」
「当たり前だ。エミリアも野菜マフィアと同じつもりでバドエルファミリーを見なくなったらわかるだろうよ」