back

02

 

02

 朝から肉料理が出てきた。
  問題は肉しか出てこなかったということだ。
  ハンバーグ、サイコロステーキ、肉汁たっぷりのスープ、生ハムだけのサラダ。
「これはいったい……」
  クラウディオはなんとなく察しがついていたが、エミリアを見上げた。
「あなたたちがさんざくらお兄ちゃんのファミリーを野菜マフィアって馬鹿にしてくれたから、食べ物のありがたみを知ってもらおうと思って」
「それで野菜抜きか」
  まったくもって機嫌を損ねてしまったようだ。
「ゆっくり肉を噛み締めててちょうだい。私は今日実家に戻るから」
「家についたら連絡してくれよ?」
  肉汁の浮いたコンソメスープをすすりながらクラウディオは言った。エミリアは少しだけこわばった顔をしたが、すぐに
「ええ、言われたとおり、家についたら連絡するわ。あなたたちの大嫌いな野菜マフィアの実家から」
「言っておくけれど俺はカヴァリーノファミリーを馬鹿にしたわけじゃあなくて……」
「私を心配したって言いたいんでしょ? まったく失礼しちゃうわ」
  機嫌を損ねっぱなしだ。もう何も言うまい。
  エミリアは実家に帰ってくれると言っているのだからもうこれ以上何も言わずに、彼女の作った肉料理を大人しく食べようではないか。
  黙々とフォークとナイフを動かすクラウディオ。それを見おろす刺々しい視線を感じていると、エミリアは最後何も言わずに部屋を出て行った。
  肉を頬張っていると、ダイニングにセルジオが入ってきてぎょっとした顔をした。
「なんだよ。自分で作ったのか?」
「エミリアが野菜抜き料理を作っていってくれた」
「そうか。肉のみか」

 

 肉だけとはいえ、リチェルカヴェーラ国の肉はそこそこ美味い。
  食のありがたみさえ感じていれば何でも美味いのだ。胸焼けさえ除けば。
  食器をセルジオと二人で洗いながら、話を続ける。
「それで、クラウディオを応援してくれるマフィアはどれくらいいるんだ?」
「あまり。ディーノくらいか」
  セルジオは口を斜めに歪めて顔芸をすると「あいつか」と答えた。
「他はどうしてコルネリオ側に?」
「傀儡にしやすそうだからだろう」
「あーあ、バドエルファミリーも落ちぶれたもんだな」
  セルジオはもう一度盛大にため息をついた。
「エミリアのお兄さんに支援してもらったりは?」
「何を? 野菜か」
「よせよ、エミリアがまた怒る。よそのファミリーのお家騒動にカヴァリーノファミリーが口出ししてくるわけがない」
「そうだな。誰も進んで介入したりしないだろうさ」
  クラウディオがため息をつき、セルジオも伝染したかのようにため息をつく。
「お二人さん、ため息ばかりついてどうしたの?」
  ようやく三人目の味方登場。ディーノが書類鞄を持って到着だ。
「朝から肉とは豪勢だな」
「ディーノ、余計なこと言ってないでマフィア幹部の資料」
  クラウディオは泡のついた手を前に差し出す。
  ディーノが資料をさっと引っ込めたので、仕方なくタオルで手を拭き、もう一度手を差し出した。
  後ろで食器を洗う音が聞こえたが、食器洗いはしばらくセルジオにやってもらうことにしよう。資料に目を通す。
「ところで、この、、ドン・ストラッリオ……俺の父親のことだが」
  当然一番上に書いてある実父の名前を指さしながら、クラウディオは大真面目にディーノに聞いた。
「俺はどう呼べばいいと思う? ダディ? パパ? バッビーノ? ボス? ドン・ストラッリオ?」
「お父さんでよくないか?」
  どうでもいいとばかりにディーノが首をかしげる。
「俺にママはいてもパパはいない。養育費を入れてくれた人はこの人だろうが、つい最近まで、絶対に息子だと認めないかわりの手切れ金だったはずだ」
「その冷たいつめたーい、女好きのじいさんがクラウディオのパパであり、俺たちの現在のボスだ。悪口と愚痴は聞かねえぞ。呼び方がわからないならお父さんで十分だ」
  ディーノの眉が険しくシワを寄せる。
  兄、コンラードの親友にあたるディーノとしゃべったことはあまりない。
  セルジオとディーノは知り合いだが、クラウディオは間接的な知り合いという程度だ。晩餐会で何度か顔を見たことがある程度と言ってもいいだろう。
「ボスの悪口を言って悪かったな」
「いい悪いの問題じゃねえよ。お前が悪く言った相手はドヴァーラで一番獰猛なご老人だということを忘れたらだめだ。命が惜しかったら絶対に本人の前はもちろん、マフィアたちの前でも言うんじゃないぞ。俺はコンラードに続きクラウディオまで失うつもりはない」
  どうやら心配して怒ってくれたようだが、額に血管が浮いた顔はブチ切れ寸前にさえ見える。
  その時セルジオが、隣にガラスのコップに入った水を置いた。
「ディーノ、血圧の薬飲んだか?」
「あ……ここ血圧計ある?」
「エミリアもクラウディオも健康だし、俺も薬飲むほど高血圧じゃない」
  セルジオの説明を聞きながら、ディーノは錠剤を飲み、コップを呷る。
  空になった薬のフィルムを見れば、中古車販売の仕事をしていた頃、上司たちが飲んでいた薬に見える。
「はぁ……水ありがとう。さて、質問は?」
  ディーノに聞かれて、書類を見てなかったことを思い出し視線を落とす。
「このコンスタンティーノとマルコってのがトップなのか?」
「マルコはバドエルファミリーの頭脳だ。コンスタンティーノは秘書。
最近ドン・バドエルもご老体だしマルコもご老体だ。彼らは上から命令するだけ、現場じゃ各兵隊の兵長が指揮をとることになっている。コンスタンティーノはもともとそんな権力はない。コンスタンティーノはそのかわり、いろいろ知ってるぜ。秘書だからな、口は固いはずだ」
「ディーノは今どのくらいの地位なんだ?」
「んー。俺は下っ端ってほどでもないけど、コンラードの参謀候補じゃあったが、マルコとはやり方がともかく合わなくてな。おそらくコンラードがボスになってたら俺は参謀組から爪弾きにされてたと思う。コンラードは俺と仲よかったけれど、ご老人たちは俺が嫌いだ」
「なるほど。じゃあ、ディーノと一番ウマが合わないのはマルコか」
「いや」
  ディーノは一呼吸置いて、こう言った。
「兄貴のジルベールだ」
  クラウディオはリストを見ながら、ジルベールの名前を探す。
  かなり上のほうに来ているその名前を見つけると、これか、と確認をとる。
「そうだ。ジルベール=ベルルスコーニ、そいつが俺の兄」
「兄貴とは方針が違うとかそういうのか?」
「クラウディオ、質問の意図はなんだ? 俺の詮索か?」
  明らかにそれ以上踏み込むなというサイン。
  隣から、不穏な空気を緩和するように、コーヒーの香りがしだした。
  振り返るとセルジオコーヒーを入れている。
「クラウディオ、話題を変えてやれ。ディーノは兄貴のことがともかく嫌いなんだ」
  ケトルをゆっくり回しがけしているセルジオにそう言われてこくりと頷く。
「バドエルファミリーの詳細を聞かせてもらおうか」