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04

 

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 とはいえ、すべてはボスになった暁にはという条件付きの野望だった。
  おまけに古い考えのストラッリオに今言ったところで、即座に反対にあうのは目に見えていた。
  自分の野心を隠しながらストラッリオに自分をボスに選んでもらうのは、とてもむずかしい。
  ストラッリオの息がかかった老人幹部たちはクラウディオが自分たちの傀儡にならないことくらい見抜いていたし、逆にコルネリオは手に取るように自分たちの言うことに従うだろうこともわかっていた。
  事実、クラウディオがディーノと打ち合わせをしている間、コルネリオはバドエルファミリーのご老人たちに方針の伺いを立てるような馬鹿正直な青年だった。
  元々、大学院で英文学あたりをやっていたはずだ。優等生ではあるが、古狸相手に立ちまわるほどの技術はまだない。
  クラウディオもついこの前まで、中古車を売るサラリーマンだったわけだが、それでも社会の風に当たったことのな院生よりは少しは世の中の暗黒も知っているつもりだった。
  話を戻すと、ストラッリオの取り巻きたちにクラウディオはウケが悪い。
  その上、ストラッリオ本人に秘密を隠したまま、自分をボスにどうやってゴリ押しするかは頭をひねった。
  どのくらいの人が賛成してくれるかも、わからなかった。
  どの人に秘密をバラすべきなのか、そもそも公開するべきか秘密にして進めるべきなのか、すべて自分のわずかな社会人経験はマフィアの世界相手には歯がたたないような気がした。

 車から降りる寸前、セルジオが隣から扉を開けながら小声で言った。
「誰がどういう奴なのかわかるまで、昨日の話は持ち出すなよ?」
「わかってる」
  ディーノのほうも、彼のコネの範囲で話のわかる男を集めておくと言っていた。
  自分はここでは新参者なのだ。マフィアとしての教育を受けたわけでもなく、普通に高等教育を受けて社会人になったどこにでもいる一般人だ。
  相手が犯罪集団なことは心して、迂闊に刺激する言葉は控えよう。
  セルジオとともに、バドエル邸の白い階段を登った。
  ローマ建築のような、古くから建っていることがわかる荘厳な建物の中に入ると、足元には赤い絨毯が敷いてある。
  このホールいっぱいの広さをどうやって編んだのだろう。手織りだというのがよくわかる足の感触だ。
  大きな半螺旋の階段を上がり、とりあえずバドエルの幹部にはご挨拶をしておかなければ、嫌いでもしておかなければなるまいと思って扉を開けた。
「何の用です?」
  写真で見たとおりのあごひげのマフィア、マルコの口調は明らかに邪険だった。
  マルコととりまきの中心にコルネリオがいる。
「ご挨拶にきました」
「そうですか」
  そっけない返事だなと思っていると、隣から秘書のコンスタンティーノが
「そっけない返事すぎやしないか?」とたしなめるように言った。
「よく来てくれたね。クラウディオ」
  コンスタンティーノはそう言ってくれたが、早くも老人幹部の一人が、クラウディオの隣を素通りして部屋を出て行く。
  続けて一人二人と、あっさり解散していった。
「若者いびりが激しくてすみませんね。あとできつく言っておきます」
  率先してその態度をとっているマルコが大仰に肩をすくめて、去っていった。
  コンスタンティーノが困ったなという表情で頭を掻いてこっちを見ている。
  コルネリオも老人たちの態度の豹変に少し驚いているようだった。
「残ったのは、コルネリオとジルベールだけか」
  コンスタンティーノの言葉に、ジルベールが不敵に笑った。
「幹部の皆様はもう既に未来のボスを決めているようだな。これはクラウディオがボスになったときが楽しみだ」
  そう言い、コルネリオのほうをちらりと見る。
  コルネリオはクラウディオの元にやってきて、「正々堂々、どちらがボスになるか決めましょうね」と言ってきた。
  まるでスポーツの勝敗を決めるようなスポーツマンシップだが、そうはいかないだろう。
「そうだな。正々堂々がいいな」
  クラウディオがそう言うとあっさりその言葉を鵜呑みにしたような様子でコルネリオは去っていった。
  ジルベールもコルネリオ派らしく、コルネリオについていく。
「正々堂々やるはずがないだろ」
  やたらストレートな売り言葉に、クラウディオは目を細める。
「なんだ。あいつ」
  ジルベールが去ったあと、セルジオは一言呟いた。
「入れ知恵だろう。あっちは正々堂々やる気なんてないから、逃げるなら今のうちだっていう」
「クラウディオ、逃げられるのか?」
  セルジオの質問にクラウディオが答えかねていると、コンスタンティーノが咳払いをした。
「ともかく、私は中立の立場を今回は貫きます。秘密を預かる秘書が自分の都合で融通してはいけない情報は公開できませんから」
「わかってる」
  クラウディオにそれだけ伝えると、コンスタンティーノも去ってしまった。
「結局、俺たちの味方なんて一人だっていやしないんじゃないのか?」
  セルジオが悪態をつく。クラウディオはもうサロンに人が残ってないのを確認して、セルジオのほうを向いた。
「挨拶も済んだし、ディーノと落ち合うか」
「形式上終わっただけだろ。ディーノを探そう」
  そうして階段を降りて、廊下を歩いている最中に後ろから駆けてくる足音が聞こえた。
「見損ないました!」
  コルネリオの声に振り返る。
  怒りに顔を赤く染めたコルネリオが拳を震わせてそこに立っていた。
「あなたがコンラード兄さんを殺したと聞いた。見損なった!」
「誰から?」
  あまりに唐突な言葉と、あまりに安直な騙し文句にはまっているコルネリオに、思わず即座に聞き返してしまった。
「言うものか。あなたが復讐で殺してしまうのは目に見えてる」
「すると昨日今日で殺人が二件か。俺は案外この仕事に向いているかもしれないな」
「ふざけるな! あなたみたいな人殺しにこの仕事を渡してしまったら、ドヴァーラの治安が悪くなる。絶対に渡すものか」
  ちぐはぐなやりとりをしていると感じる。
  クラウディオは大して相手する気もなく、踵を返すと玄関を出た。
「逃げるのか。卑怯者」
  と言う声が聞こえたが、別に気にすることなく外に出て、特に今回は何も仕掛けられていないのを確認して、車を出した。
「あれはヤバイな。あんなわかりやすい騙しにいあっさり引っかかっちゃうマフィアのボス候補、どう思う?」
「そもそも悪党に悪い仕事を任せられないって言ってる時点でいつまでボスをやってられるかも怪しい。コルネリオは傀儡として守る意味がなくなったら人望なんてないからな」
  あんまりな言い草なのはわかっていたが、コルネリオは子供かと思うほど騙されやすい。
  学生なんてそんなものと思ったとしても、世間知らずすぎた。
「ディーノとはそこの角のカフェで待ち合わせだ。車から先に降りてるぞ」
「お前今危険な立場なのに俺から離れる気か?」
  セルジオの言葉に、クラウディオは車のドアを閉めながら窓を覗きこんで言った。
「町中で俺を俺が撃たれたら、次のボスはコルネリオだな」
「笑えない冗談はよせ。すぐに駐車してくる」
  心配性のセルジオが車を止めにいってる間、クラウディオはカフェでコーヒーを頼んだ。
  セルジオが好きなチョコレート風味のコーヒー豆があったのでついでに買っておく。
  ディーノはセルジオとコーヒーを飲んでいると程なくして現れた。
「悪いな。待たせちまって」
「場所はかえる必要があるか?」
「ある。案内するために俺だけで来た」
  まるで数人いると言うそぶりでディーノは答える。
  ディーノについて行き、並びにある小さなアパートに入った。
  中には痩せてはいるが、筋肉質なスキンヘッドの老人が一人いた。
「ロックだ。俺が一番信用できそうだと思った小隊長だ」
  ロックと呼ばれた老人はやや頭を屈めて挨拶をした。
「こっちがクラウディオ。今回ドン・ストラッリオがコンラード以外にボスを選ぶって言い出した、かたっぽのほう」
「コルネリオとコンラードは凡庸な人間だったが、あんたは目つきが違うな」
「狂ってる」いきなり第一声、ロックはそう言った。
  クラウディオは無言でややロックを見つめたあと、言った。
「私はあなた方の目に適おうが適うまいが、やるべきことがある」
「実にいい仕事をしそうだ。中古車販売? やめてしまえ。ボスの素質があるのはあんたのほうだ」
「コンラードより?」
「ああ」
  ロックは何を知っているわけでもなく、そう言った。
  余程気に入られたのか、それともただおべっかを使っているだけなのか。
  ディーノが自慢気に鼻を膨らましてこう言った。
「ロックが既にいくつかの小隊に声をかけてくれている。奴らはバドエルファミリーの栄華なんて関係ない。明日職を失うくらいなら、喜んで仕事をしてくれると言っている」
「そうか。安心してくれ、理由もなくあなた方の仲間を殺せと命じたりはしないから」
  クラウディオはそう答え、一呼吸おいた。
「理由があれば別だ」
  ロックは笑いを殺しきれないとばかりに笑った。
「なんだ。やや頭が暴走しているようだな。人も殺したことがないようだ。
  わかった。どんな殺しにも応じよう。それによって若い者が射殺されたり、誰かあんたの憎い奴や、その肉親がとばっちりで撃たれれてしまうかもしれないが、あんたの口で命令したってことを忘れはしないでほしいものだな」
「わかってる」
  自分は頭が暴走しているのだろうか。
  ディーノは少し眉を寄せ「クラウディオは数日前まで車の販売やってたんだぞ。ロックじいさんの言うことは少し厳しすぎる」
  と言った。
「いずれわかることだ」
  ロックは小首をかしげて、片目をつむる。
  セルジオは言った。
「これで権力のある者はコルネリオに流れ、明日の飯さえ危うい者はクラウディオについたわけだ。もめるぞ、これは」
「構わない」
  セルジオの言葉に、クラウディオはそう答えた。
  最初からもめることくらいわかっていたはずだ。