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05

 

 それから数日して、カヴァリーノファミリーのボスから電話があった。
  といってもこれは個人的な用事であり、マフィアのボスとしての用事ではなかった。
  エミリアと話がしたいから変わってくれとのことだ。
  クラウディオは眉をひそめた。
「エミリアには帰省するように言ったはず」
「帰ってきてないな。クラウディオ、そっちで何があってエミリアを追い返そうとしたんだ?」
  クラウディオは少し考え「あとで電話します」と言って電話を切った。
  コートを着て、セルジオを探す。
  庭で腕立て伏せをしていたセルジオはエミリアが帰ってきてないとの報告を聞いて目を丸くした。
「なんで? 俺たちの前で帰るって……」
「ともかく、ディーノに部下を使って探してもらうしかない」
「探せるもんか。ディーノの部下なんて数がしれている。警備隊やケルベロスのほうがまだアテになる」
「行方不明者が出るたびに警備隊を頼るマフィアって使えるのか?」
  クラウディオはセルジオにコートを放った。
「消えたのは俺の恋人だ。しかもこのタイミングだ。絶対バドエルファミリーと関係がある」
  セルジオはコートに袖を通しながら、「見つかるかな」と呟いた。
「見つかるまで探す」
「探す時間はあるのか? 恋人探しか、野心の優先か、ディーノは絶対に野心をとれって言うぞ。取れるのか?」
  クラウディオは沈黙した。
「消えたのは俺の恋人だ」
  確かめるようにもう一度言った。
「そうだな。お前の野心のせいで消えた。それで、野心を中止してエミリアを探すか、それともエミリアを探すのを誰かに任せて野心を追求するのか」
  クラウディオはセルジオの二択に即答した。
「野心をとる」
「迷わないな。エミリアはいいのか」
  セルジオの言葉には答えなかった。セルジオは「そうかよ」とがっかりしたように呟くと、コートを脱ぎ捨てた。
  別にエミリアのことが心配でないわけではない。
  ただ一度に色々できるほど器用ではなかったし、今分散させるのは得策ではなかった。
「警備隊にエミリアの捜索願を」
  とても冷たいなと自分で思った。
  恋人を探しもしないで、マフィアのボスになるためのごますりに走るのだから。
  セルジオは「わかったよ」と答えた。
  クラウディオはファウストにもう一度電話をかけると言ったことを後悔した。
  なぜならかけて話せる事情ではなくなってしまったからだ。
  ファウストは妹が消えて探しにいかない男を許しはしないだろう。どのみち殺されてしまうかもしれない。

 

 ところがそれから翌日、事態は思わぬ方向に展開する。
  ファウストから再び電話があった。
  第一声「お前をいつかぶっ殺す」っと言われて、クラウディオは何事かと思った。
「エミリアから電話があった。ジルベールと強制的に賠償結婚させられるって話だ。お前昨日何してた?」
  クラウディオは答えなかった。
「エミリアが行方不明になったって聞いてから、俺は即座にヤルノに捜索願を出してもらった。そしたらそっちじゃ捜索願出てないそうじゃないか。何やってた!?」
  ファウストが怒りに満ちた声でもう一度そう言った。
「おっしゃる通りです」
  クラウディオはファウストのブチ切れた声を聞きながら、ジルベールと言うとあの男だと、コルネリオといっしょにすれ違った男の顔を思い出した。
「聞いてないだろ。もういい、お前は根性なしだ。エミリアはお前のところにもらわれなくてよかったよ。最悪なところに最悪な形でもらわれたけどな!」
  電話は乱暴に切られて終わった。
  セルジオが「誰から電話が?」と聞いてきた。
「ファウストから、ジルベールとエミリアが倍賞結婚させられるという話を聞いたところだ」
  セルジオが鎮痛な面持ちでクラウディオを見た。
「悲しくないのか?」
  セルジオにまで責められるかもしれないと思っていると、セルジオは「悪かった」と言った。
「婚約者が消えて、こんな形で見つかって、お前が悲しくないわけがないよな」
「当たり前だ」
「責めないよ。今はお前の命と、この運命がどう決まるかが優先だ。エミリアの命が無事でよかった」
「そうだな」
  クラウディオは淡々とそう言った。
「無事でよかった」
  その言葉はややそらぞらしく聞こえたかもしれない。
「罪滅ぼしをしている暇は、今はない」
「ジルベールがエミリアと結婚したのはどうせお前を揺さぶるための嫌がらせだ」
「そうだろう」
  恋人を攫われ、犯され、無理やり結婚されて、黙っていたいわけがない。
「薄情な男だな、俺は」
  ため息をついた。クラウディオはうなだれて、呟いた。
「俺を許すな。エミリア……」