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心配性のボス

 

07

「それで、権力の好きな篠田くんは質問はあるかね?」
  ペトラルカはあれから権力の好きなを篠田の枕詞にする日が増えた。
  篠田はそのたびに「権力大好き」と言っている。
「そこのあまりに控えめすぎるヒロインもしゃべらないとヒロイン降格させられるぞ。そこの権力好きによって」
  ペトラルカはナオミには控えめすぎるヒロインという枕詞を使う。
  そんな可愛らしいものではないとナオミは思うのだが、ペトラルカはオブラートにつまらないを表現したものだと思った。
「おつかいを頼んでもいいか」
  ペトラルカはそう言うと、おつかいのメモを篠田とナオミに渡した。
  コロラヴィで買ってきてほしい、とのことだ。

 車の運転は篠田にしかできない。
  ナオミが引き受けたので、篠田はしぶしぶ車を出した。
  坂を下っていき、篠田が車で待っている間におつかいをすませる。
  最後にペトラルカの煙草を買おうとしたとき、隣で先に煙草を買っていたお兄さんがこっちを振り返った。
「やあ可愛いお嬢さん」
  ナオミは自分のことだとはまったく思わなかったので、そのまま煙草を買った。
  腕をつかまれて初めて自分のことだとわかったくらいだ。

 

「おつかい遅かったな」
  ペトラルカは煙草を受け取り、ナオミにそう言った。
「タバコ屋でナオミがナンパにあってて」
「おー、篠田じゃなくそっちにしておけば? カタギでもカタギでなくてもそっちのほうがずっとマシだろ」
  ナオミは曖昧に笑った。
  先ほど連絡先を教えてもらったことは内緒にしておいたほうがよさそうだ。
  篠田が機嫌を損ねてしまう。
  こっそり消せばそんなに問題ないだろう。
  そのとき携帯の着信音が鳴り響いて死ぬほど心臓が飛び上がった。
  隣で篠田が電話に出る。篠田の携帯のようだ。
「ファウスト。どういうことかな? ううん、内容はわかるよ。どうしてこの番号知ってるのかって聞いてるんだよ。これは僕と女の子しか知らないはずなんだけど? うん、調べた方法を聞いてるわけじゃないよ。なんで調べたのかなって聞いてるんだよ。うん、うん。わかりたくもないけどわかった。じゃあね」
  どういうことだと思って電話をしている篠田を見つめていると、電話を切った篠田は笑顔でペトラルカを振り返った。
「ねーなんかバットみたいに振り回せるもんない? この携帯を壊さなきゃ」
「破損させるより犬にくくりつけて走らせたほうがGPS生きてていいと思うぞ」
「僕は勝手に僕の携帯の番号調べちゃうような大人げないマフィアのボスのためにあえて壊すよ。拒絶の意志として」
  どういうことだ? と思って聞いていると、ペトラルカが部屋の端っこにあった木製バットを篠田に手渡した。
  篠田は携帯を放り投げると、思い切りバットをスイングして携帯を殴打した。携帯はものすごいスピードで窓の外まで飛んでいってどこかに落ちたが、篠田は拾いにいくつもりはないようだ。
「番号また変えなきゃな。ファウストの奴しつこいね」
「あのボスはお前のことGPSで付け回すことが本気でためになると思ってるから。過保護だねーえ」
  自分の養父はいったいどういう狙いで篠田の携帯番号を調べたり、GPSで付け回したりしているのだろう。
  怖くて聞けないような気がした。
  それでも聞かないのはもっと怖いことにつながりそうな気がして、ナオミは思い切って聞いた。
「ファウストはなんで篠田の携帯番号を調べてるんですか?」
  ペトラルカと篠田は視線を合わせると、やたら軽蔑したような諦めたような視線で宙を一度だけ見上げた。
「僕を保護しなきゃって思ってるんだよ、ファウストは」
「いやぁ。篠田気をつけろ。お前の身体を狙ってるかもしれんぞ」
「誓って言うよ。それはない」
  何をそんな誓って言えることがあるのだろうか。
  篠田はやたらきっぱり、それはないと言い切る。
「僕はあいつに12歳から気に入られてる。僕がそういう趣味の持ち主なら、間違いなく12歳でいただいてるよ。何を部下の息子相手にマフィアのボスが躊躇する必要があるわけ?」
「言い切ったな。そのとおりだが気をつけろよ」
  ペトラルカは篠田を睨むと、次にナオミのほうを向いた。
「不自然にいきなり養女として貰われちゃったお嬢さんも貞操に気をつけて。あいつのナオミの可愛がり方は娘としての扱いじゃない気がする」
  ナオミは困ったように「えーと」と言った。
  もしそれが本当だとしても、ナオミに拒絶するための方法なんてない。
  教室代わりに使っている部屋の内線が鳴る。
「はい。チェザーレ=ペトラルカです」
  ペトラルカが内線に出て、しばらく内容を聞いたあとに篠田にバットをよこせというジェスチャーをした。
  篠田はそのサインで内線の電話をバットで叩き壊す。
「なんだったんですか?」
  今は粉々になった電話の前で、ナオミがペトラルカに伺う。
  すると廊下を駆けてくる音が聞こえた。
「ほら来た」
  篠田がそう言った。
  扉が開いて養父が飛び込んでくる。
「誤解だ。誤解。本当誤解。俺が追い回してるのはやましい目的じゃない。娘と葵が危険な目に合わないように見はってるだけだから!」
  慌てふためくようにそう言った養父であるファウストの前で篠田がバットをスイングした。
「この部屋にバットがある理由知ってる? ファウスト。野球は9人いないと出来ないけれどここには3人しかいない」
「ん? メンバー募集中?」
「とぼけるな。僕はいつだってファウストの頭を殴って永眠させる準備はできてるよ。来るなら来い」
  ファウストはわざとらしく泣きべそをかくようなしぐさをして、ナオミを見つめた。
  ペトラルカはナオミを守ってくれない。
「娘にまで疑われてしまうだろ。なんだよ、ちょっと監視するくらい、どこのママだって『そろそろ子供が改札をくぐったからスープを煮ましょう』とかやってるだろ。高校卒業まではあれ、許されるんだぞ」
「ふうん」
  まったく信じないという口調で篠田はバットをぶんぶん振り回す。
  ナオミはこのよくわからない展開にどう判断するべきか考えあぐねていると、ファウストの後ろで青筋をたてている女性がいた。