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04

 

 

 おもむろに銃を持ち帰ったシャルルは、別にその銃を誰かに向かって撃つほど気が大きくもなってなかったし、ましてや先ほどの正当防衛のあとの盗みがばれないかとびくびくすることはなかった。
  翌日に捜査官がやってきて、パンの持ち主はあなたかとシャルルに聞いた。その時も丁寧に、昨日強盗にパンを狙われたことを話した。
「凶器は何でしたか?」
「銃だったと思います。中身がパンだと知られたら後ろから撃たれると思ってびくびくしてましたが、男に気づかれる前になんとか逃げ切りました」
  捜査官は怪訝な顔をした。
「逃げ切った。ならばあなたはそのパンがどうなったか知らないんですね?」
「当たり前じゃないですか」
  シャルルはバカバカしいとばかりに顔を歪める。
「本当に? では、銃については?」
  シャルルはだんまりとした。
「知ってるんですか?」
「何も知らないです。その男が持ち帰ったパンが俺のだと、何故調べたのか知りたいくらいだ。その男がパンを盗んだから俺に届けにきたって言うんなら返してもらおうか。あんたは俺を疑ってるんだろう?」
  シャルルは小声で「ふざけんな」と呟き、扉を閉めようとした。
  捜査官は足をはさみこみ、部屋の中を見たいと言った。
「なんで疑われたと思ってるんです? 疑われる心当たりがおありですか?」
「お前、自分がどんな表情してるか見てから言えよ。人を犯罪者のように扱いやがって」
「あなたが町工場で働いてることは知っている! お金がないことも」
「俺が貧乏だから犯人か」
  捜査官の足を無理やり外にだそうとしながら、シャルルは続けざまに言った。
「それとも俺がスペイン人だからか? それとも俺がもらわれっ子だからか? 俺の肌が白人のわりに黒いからか? 金がないから強盗か? パンを盗んだ男がどうにかしたから犯人か? お前をぶっ殺してやりたいくらい腹が立ってる。だけどそれだけだ。他のところを当たれ。俺より怪しい奴が世の中たくさんいるだろ。あんたらが職務怠慢とは言わないが、俺につけてる言いがかりのどれか一つでも、俺に責任のある内容があったか? 俺が町工場で働いてるのが気に入らないなら仕事をくれ。俺に金がないのが理由なら金をくれよ。俺が移民だというのが気に入らないなら国籍をくれ。俺の肌から色を抜け。俺がもらわれっ子なのが気に入らないなら……あんたの子供を誰かに渡すな。捨てるな。それだけだ。俺は誰かの不幸を望んじゃいない。でも、俺の責任でそうなったわけじゃないことを理由に馬鹿にされたら俺は腹がたつし、殴ってやりたいね。わかったら足どけろよ。俺は今日、休日なんだ! パンがないけどな。お菓子をくれるのか!? いいから足どかせよ。あんたがどういう境遇に生まれて俺を罵る権利があるのか知らないが、俺のことを疑うなら明日もう一度来いよ! 俺の休日を最悪にしやがって、この――」
  あらん限りの罵声を、感情的にぶつけてやったら捜査官は足を素直に抜いてくれた。
  シャルルは睨みつけたまま、慇懃無礼にこう言った。
「ありがとう。俺はこれからジャムを舐める。あんたは俺のパンでも齧って仕事してくれ。必要なことがあるなら、礼状をとってから来るんだ。それまでは潔白だろうが、グレーだろうが、俺の指紋ひとつ勝手に持っていったら全財産かけてあんたを貧乏な無職に追いやってやる。わかったか。ああ、何度も言うけれど俺はあんたの不幸なんて望んじゃいないよ。わかるだろう? 俺は俺が潔白だと言いたいだけだ。そしてあんたの言い分は失礼だった。わかるか?」
「そうですね。私はあなたを容疑者だと決めつけた非礼を詫ます」
「そうさ。俺はあんたに説教なんて垂れられるほど賢くない。仕事おつかれさま、あんたも疲れてるんだろ。日曜日だしな。じゃあな」
  そのまま乱暴に扉を閉めた。
  階段を降りていく音が向こうで聞こえる。シャルルは万が一捜査令状をとってきた場合のことを考えて銃を始末しておいたほうがいいのか考えた。
  誰の持ち物かわからない銃を持っているのは、部屋の中を見られた時怪しまれるだろう。
  シャルルは銃を鞄に隠して、鞄を持ち上げた。
  外へ出るためにコートを着て、銃の入った鞄を見下ろした。

 静かに外に出る。
  遠くのほうでつけられているような気配を感じた。
  振り返る必要はない。シャルルはそのまま歩いていく。
  きっとさっきの捜査官はそのままシャルルが何かアクションをすると見込んでいた。
「失礼ですが」
  声をかけられて、ほとほと嫌だとばかりに振り返る。
  当たり前だが、先ほどの捜査官が荷物の入った鞄を掴み「これはどちらへ?」と言った。
「あんた馬鹿にしてんのか? 礼状早くとれたんだな」
「いいから見せてください。中に入ってるもの次第じゃあなたを逮捕しなければいけません」
  シャルルは鞄を捜査官に渡した。
  男は中を確認して、ため息をついて返してきた。
「財布だけですか」
「だけ? 金がないのが気に入らないのか」
「いえ」
「中身が何か期待したもんでなくて悪かったな。なけなしの金でパン買いに行くんだよ。ジャムで腹が膨れなかったからな」
  出掛けにつけられることを懸念して銃をおいてきたのは当たりだった。
  男は今度こそ心から謝罪をした。
  それでいいんだとばかりに口を歪めると、そのままパン屋へと向かった。
  パン屋はシャルルが不機嫌そうな顔をしていることに気づいたようだった。
「あんたいつも食パンだけだね」
「貧乏だから菓子パンを買えないんだ」
「そうなのかい? いつか買ってくれないかな。あんたが金持ちになった時でいいよ。今日はいつもお世話になってるからこのドーナツつけよう」
「ありがとう。いつも美味しいパンに世話になってるよ。でも俺が金持ちになるなんて日、いつになるかわからねえよ」
  パン屋はニコニコ笑って、ドーナツを二つつけてくれた。
  シャルルは扉を開け放って閉めもせずに出て行ったが、しばらく歩いたところで八つ当たりだということを思い出して戻って丁寧に閉めた。
  閉めるついでに、笑顔のパン屋に
「すまん。イライラしてあんたに当たってた」
  と言う。パン屋は気にしてないという風でニコニコ笑って手を振った。
  Ciaoと言われて、同じくチャオと返す。
  閉じてしばらく歩き、後ろを振り返るとやっぱりパン屋も浮かない顔をしている。
  イライラさせられたのは事実だが、あのパン屋の親切心にとても申し訳ないことをした。
  だけどシャルルには自制できないほど感情が刺激されたのも事実だった。仕方ない、次から気をつけるしかない。
  自制心を失うのは恥ずかしいことだが、悔やんでばかりいて後ろ向きに生きることも恥ずべきことだ。
  公園でドーナツをかじりながら、銃をどうするか考えた。
  あの捜査官はしぶといだろうか。それとも捜査官の上司はもう一度調べるようにあの捜査官に言うだろうか。
  ドーナツは甘いだけのぱさぱさした食感で、考え事をしている時はいっそう味気なく感じた。
  ぼとりと落ちたドーナツにはすぐに蟻がむらがった。
  シャルルは蟻を踏みつけてやった。ドーナツといっしょに蟻がつぶれて、いよいよ食べられなくなった。
  二個目のドーナツを取り出し、蟻を踏みつけた大人げない様子を見ていた子供と視線が合う。
「おじさん、蟻が何かしたの?」
  蟻がどうかしたのか。自分こそ何をやったというのだろう。さんざんな目にあって、シャルルは俺がいったい何をしたんだと言いたかったが、子供にぶつける怒りではない。
「蟻は落ちたドーナツ食べただけだよ。殺されるほど悪いことなの?」
  女の子はスモックを握って、勇気をもって抗議しているようだった。
「おじさんむしゃくしゃしてたんだ。蟻は悪くない」
  胸中付け加えることもあった。自分も悪くない。
  蟻を潰して、八つ当たりしたこと以外は。
「可哀想だったよ。もうやっちゃダメだからね」
「やらないよ。蟻が可哀想だったな。悪いおじさんだった」
  言いながら、つまんでいたドーナツを子供に差し出した。
「あげるよ。パン屋のおじさんがくれたおまけだ」
  子供は喜んで受け取り、公園の端にいるお母さんにもらったことを報告しにいった。
  お母さんはこちらに丁寧にお辞儀をしたが、こっそり娘からドーナツを受け取り、それをゴミ箱に捨てた。
  母親の懸念したことはわかるが、シャルルは変質者でもないし、あのドーナツには毒も何も入ってなかった。
  今日はいったいなんなんだ。シャルルはもう怒るのもバカバカしくなって、そのまま大人しく家に帰ろうと思った。
  帰る途中、小さなバールを見つけた。
  一杯ひっかけるつもりで中に入った。
  マスターはシャルルの顔を見て、すぐに何も頼んでいないのに、余り物のものを出してくれた。
「嫌なことがあったって顔をしてるよ。すごく嫌なことがあったって」
「そうだな。きっと読心術がなくたってわかる表情だろうさ」
「食べなよ。悪い日もあるさ」
「いい日のほうがずっと少ないよ。特に最近は」
「まあ食べなよ。悪い日もありますさ」
  マスターは余り物のピクルスも出してくれた。シャルルは安いウォッカを注文した。
  出てきたのは青いカクテルだった。
「バラライカ。ウォッカのカクテルだよ」
「ウォッカの金しかない」
「バラライカはお通しだ」
「こんなお通しあるわけねーだろ。こんな……」
  さびれたバーにそんな洒落たサービスがあったら破産するぞと言おうとして、失礼すぎると思って押し黙る。
「こんな、いいマスター初めて見ました……」
  力なく無理やりそうつなげると、マスターは笑った。
「何があったんだい?」
「昨日強盗に襲われて」
「大変だったな」
「なけなしのパンを盗まれた。俺は命からがら撃たれる前に逃げた」
「そりゃ大変だったな」
「翌日捜査官が来た。俺のパンを返してくれると思うか? 俺が貧乏だとか、職業にいちゃもんつけてきやがった。追い返して、腹が減ってパンを買いにいったら追いかけてきて、礼状もなしに鞄を取り上げた」
「それで?」
「中身が財布だと知って相手はがっかりしやがった。すげえ展開だと思うだろ? まだ続く。パンを買ったらドーナツがおまけについてきた」
「ハッピーなこともあったんだね」
「ところがそのドーナツを落として蟻が群がった」
「運がなかったね」
「むかついて踏みつけたら、ガキが俺の行動を咎めた」
「子供のことだから」
「俺は素直に謝ったよ。蟻は悪くなかったねって」
「大人だな」
「そしてもう1個余ってたほうのドーナツを勇気ある少女にあげたんだ」
「素晴らしい大人だね」
「だけどそのドーナツを勇気ある少女の母親が、何が混ざってるかわからないからと捨てるシーンを目撃してしまったんだ」
「……」
「あの上についてる白いシロップが精液にでも見えたのか知らないが、ともかく俺は今日踏んだり蹴ったりだよ。そろそろいいことがないものかな。新しい仕事、大金の入ったトランクケースを拾うとかさ、なんかあるだろ、なんかさ」
  シャルルはこのマスターは性格がよさそうだとばかりに自分が悪くないとまくしたてた。
  マスターの顔から少しずつ笑顔が消えていくように見えた。
  実際は笑っているのだが、だんだん心からの笑顔でなくなっていくような気がした。
「大金の入ったトランクケースね……」
  マスターは呟いて、客が誰もいないことを確かめた。
「あんた、アルバイトする気ないかい?」
  シャルルは怪訝な顔をした。
「ここの? ウェイターかバーテンダーに?」
  念を押す。違うとは知りながら。
「わかってるだろう? 兄さん、これはリスキーな仕事の話だって」
  シャルルは答えない。
「あんたは今日アンハッピーな日だった。最後くらい、とびっきりのアンハッピーがあってもいいだろう? 俺の店を見つけて、俺の目に適ったことはアンハッピーすぎたよ」
  マスターはにっこり作り笑いをしたまま、続ける。
「お金はクライアントがたくさん手数料をくれるよ。あんたは素質がある。昨日死んだ男の銃は俺が預かってておくよ。そしたらあんたは潔白に見えるだろう? どうだい?」
  シャルルは答えなかった。
「俺は知ってるよ。あんたは銃を隠してるんだろ?」
  シャルルはぶすっとしたまま答えない。答える気もなかった。
  だんだん間違った男に自分の内職を話してしまったと気づいたマスターは少し動揺しているように見えた。
「この仕事は金になるんだよ。あんたも金に困ってるだろう?」
「お通しのバラライカ飲んだから、帰る」
「待ってくれ!」
  マスターはシャルルの手をつかんだ。シャルルは立ち上がり振り切ろうとするが、マスターはそこそこ力が強いようだ。
「なあ、悪かった。俺のことを内緒にしといてくれ。金なら払うから!」
「あんたのことバラすなんて言ってない。お通しだけもらって帰るって言ったんだ」
「そう言わずに金を受け取ってくれよ。頼むから」
  アンハッピーすぎて誰かに笑われてる気がした。悪魔か、運命に。
  マスターはトランクケースを持ってきてシャルルに金を渡そうとした。受け取るべきか否か悩み、目立つという理由で、札束を一つだけ貰うことにした。
「口止め料はもらったよ」
「いや、これはあんたの金だから大事にこっちで保管しとくよ。いつでも来てくれ、いつでも残りはあんたのものだ」
  シャルルは無言で外に出た。
  こんな危ないバーにもう二度とくるものかと思った。

 シャルルはそのバーに近づかないと決めていた。
  金は節約していればそんなに困るほど少ないわけではないとタカをくくっていた。
  加えて男からの口止め料という貯金もあった。
  シャルルはその金に触れることなく、こつこつと貯金をしようと決めて働いていた。
  季節はもう冬になりかけていた頃、シャルルの工場は便利な機械が導入されたために大量解雇が行われた。
  シャルルはかろうじて残るグループに入ったが、機械の維持費と人件費削減のため、労働時間が減ると同時に収入も減った。
  残ったのは運が悪かったほうだと知ったのはすぐだ。
  シャルルは自分から辞めると失業保険がもらえるまでに随分あることを知った。
  働き続けることも、辞めることも難しい選択だ。そして時間が貯金を削るのは明白だった。
  親はシャルルのことを知らないと言うだろう。
  もともと本当の両親が捨てた子を高校卒業まで育ててくれたのだ。これ以上何かしてくれと言ったところで、無理な話だと最初から相談しなかった。
  長男もどこに引っ越してるのかわからない。
  シャルルは働きながら、このまま少しずつ貯金を削るくらいなら、転職するために今やめるべきだと考えた。
  あのバーの男の口止め料があれば、数ヶ月失業保険が出るまでつなぎになるはずだ。
  シャルルはそう思って辞表を書いた。
  それを明日出すつもりで、コートに押し込んだ。
  辞表を提出すると、オーナーはあっさり承諾した。退職金なんてあるわけもなく、来月に日割り計算の給料が振り込まれると聞いて、その金額に間違いがないことを確認する。
  あののバーには、それでも行くつもりはなかったのだ。
  シャルルは案外頑固で、真面目な男だった。
  帰る途中のシャルルの前を、蛇蝎社のリッチなスーツを着たエリートたちが足早に帰るのも特に羨むことなく、自分の身の振り方だけを考えようとした。
「あんた、アンハッピーて顔をしているよ」
  娼婦の女がウインクしてそう言った。19歳の子供に毛の生えた男を狙って何が楽しいのだと無視すると彼女は腕にしなだれかかってきた。
「私が幸せにしてあげる」
「幸せに? ありがたいね。金はないんだが、幸せにしてくれるってか?」
  娼婦は興味がないと離れていく。シャルルも時間の無駄だったと歩き出す。
「あ、ねえ!」
  女はもう一度駆け寄ってきた。
「あんた、アルバイトしない? 私、とてもいい仕事知ってるから、あなたのことハッピーにしてあげる」
「お前がその仕事すりゃいいじゃないか。なんで俺に言うんだよ? ハッピーになってこいよ、その安っぽい化粧落として、凡庸な男とくっついて幸せになれよ!」
  女はむっとした顔をした。また八つ当たりしてしまった。
「私、本当にあなたにいい仕事紹介できるのよ? あんたがその仕事気に入らないって言うなら、私タダであなたと寝てあげてもいいくらいよ」
  シャルルは口を歪めた。スケベ心が仕事をしたわけではない。金は欲しかった。すぐに、非合法な金でいいから、すぐに実入りのいい仕事が欲しかった。
  女に案内されたのは、いつぞやのさびれたバーだった。
  シャルルの姿を見て、マスターは笑顔を作った。
「やあ。お久しぶり」
「ジョルノさーん、彼のこと知ってるの? 彼、今とーってもお金に困っててアンハッピーなの。いいお仕事ちょうだーい」
「いいともー」
  なんだこのノリ。自分もいっしょにいいともと言うとでも思ってるのだろうか。
「あんたあの工場で解雇されたグループかい? この前解雇された人たちが訴えてやるってここで飲んだりわめいたりコップ割ったりさんざんだったよ」
  シャルルは無言だった。
「ご注文は? またバラライカ?」
「水」
  ジョルノは水を差し出した。
「ひどいオーナーだよね。人の人生をなんだと思ってるやら」
「ねー! シャルル、私、スプモーニが飲みたい」
  シャルルは飲んでない水を女に渡した。
「ケチ」
「ダイエットしろ」
  女は水を飲みながら、
「シャルルと私のお客さんを貧乏にしたあいつをこらしめるようなお仕事ないの?」
  とぶうたれた。
「あるよ」
  ジョルノの言葉に、シャルルは反応してしまった。
「あるよ。ちょうど、抗議すべき相手に制裁をって仕事が、数日前にきた」
「わあお! ねえ、シャルル、引き受けようよ。そして私を抱いてほしいの」
  女の言うことは放置して、シャルルはジョルノを睨み上げた。
「さすがに恨まれたんだねえ。どうする?」
「俺に聞くのか?」
「ああ。ひどい奴でしょ」
「ひどい奴だな。それだけだ」
「なあシャルルさん。あんた、悔しくないのか?」
「なんで?」
  逆に聞きたかった。殺すほどの、悪いことをしたのかと。
  彼はシャルルにこそ払う退職金はなかったが、それはこの一年しか働いてないからだ。然るべき退職金を、または手切れ金としてそれ以上を払ったと聞く。
  いい人だとは言わないし、庇うつもりもないが、経営に困れば解雇するのは当然だし、安くあげたいのは経営者として当然のはずだ。
  わからないわけではあるまい。人の絶望や感情に付け入るゴミのような奴らだと思った。
「悔しくなんてないさ。いくらなんだ?」
  金が欲しかった。それだけだ。恨みなんざどうでもいい。
  シャルルの初仕事はあっさり決定した。
  二度目の殺しにはまたあの銃を使うことは明白だった。
  シャルルは初仕事から続けざまにいくつか仕事を受けた。
  今更きれいな仕事しか出来ませんなんてお上品ぶる必要なんてなかったし、闇の仕事に切り替えたほうが都合のいいことも多かった。
  まっとうな仕事をしていたらいざって時に逃げるのが遅れるし、定時の仕事をしていたら調べる時間も行動時間も制限される。知り合いが自分を目撃するなんてもってのほかだ。知り合いなんていらない。
  ジョルノは不定期に店をたたんで移動する癖があった。
  立地はおよそ客商売に向かないところが多い。
  シャルルはジョルノといっしょに地域を移動した。
  アジーロからドヴァーラ、ドヴァーラからロッチア・ブーケ。
  シャルルだけが殺し屋ではないはずだが、だいたいシャルルが仕事を一つ終える頃、ジョルノは移動するとシャルルに告げた。
  ジョルノがシャルルを気に入ってることはよくわかった。
  何故気に入られたのかはよくわからないが、シャルルはともかく素敵な一般人に縁がない。
  そのかわり、一癖も二癖もあるやっかいな奴ばかり寄ってくる。
  シャルルはツキをよくしようなんて思っていなかった。むしろここまでアンハッピーな人生なのに、逮捕されないことをハッピーだと感じたくらいだ。
  シャルルは仕事を三回ジョルノから引き受けていた。
  人を殺すのに一人二人と言わず、当然一頭二頭や一匹二匹とも言わず、回数にしていたのは特に理由もなかった。
  しいて言うなら仕事なのだから一人殺したというより一回仕事をやったと言う表現のほうが正しいという妙に生真面目な理由だった。
  殺し屋という仕事は一度殺すと、贅沢をしなければしばらく生活するだけの金になる。
  シャルルはこつこつ金を貯めた。
  一生ジョルノのお世話になるつもりもないし、一生続けるリスクも考えてだ。
  彼は計画的に三十までこの仕事を続けると目算していた。
  なんとなく三十歳までに捕まるか、しくじって誰かに殺されるということを期待さえしていた。
  ともかく死ぬ気で三十歳まで自由に生きようと思った。
  それでもまだ余命があるなら、やり直すか続けるかその時考えようじゃないか。
  割りきってそう考えてる割には、コツコツ貯金したものだとシャルルは自分の几帳面な性格をふりかえる。
  彼の稼いだお金は、シャルルのトランクケースからはみ出すほど貯まっていた。たぶん、安い家を買う頭金になるくらいには、あるだろう。
  真面目に働くことのアホらしさなんて考えなかったが、不真面目な仕事も大真面目にやれば儲けはでかいと学習したのも事実だ。

 

 アリスロッサは、シャルルの記憶をだまって辿る。
  この男はなんて根性があるのだろう。周りの奴らはなんて捻くれてるのだろう。何度もそう思った。
  シャルルは天才ではない。強いて言うなら忍耐と努力の天才だ。
  たまに八つ当たりをすることもあるが、あれは怒りたくもなるだろうとアリスロッサでさえ感じる。
  シャルルが感情的でないことを差し引いても、感情を刺激されれば人並みに泣いたり怒ったりするのは当然だ。人として当たり前だ。

 シャルルはその日、牛乳とトマトの缶とパスタを買った。
  最低限の食料だ。紙袋をかかえて、ロッチアブーケの公園に差し掛かった。
  アッシュグレイの髪の少女が、橋の下を見下ろしていた。
  シャルルは川が面白いわけがないとわかっていたが、彼女はそのドブに近いなんの面白みもない川をじっと見ていた。
(変な女)
  そう思ってその隣を通りすぎようとした瞬間、彼女は身体を起こす。
  まったく後ろを見てなかった少女がシャルルの荷物にぶつかり、紙袋からトマト缶が転がった。
  シャルルは黙ってそれを拾う。
  その少女の視線を感じた。無言でトマト缶を仕舞う。
  少女はまだこちらを見つめている。

 アリスロッサは、寂しい時に限って、寂しそうな相手が寄ってくるのだなと思った。
  その少女は良い服を着ていたし、美人だった。
  だけどもの寂しそうな雰囲気だった。
  鈍いシャルルにはわからないだろうが、アリスロッサにはよくわかる。
  シャルルの孤独がシャルルの周りに勘違い人間を集めるということ。
  シャルルの孤独を理解できるのは私だけ。
  そんな勘違いさんはこれまでもいっぱい居たが、シャルルにとってどうでもよくない相手なんて誰もいない。
  親切にしてくれた長男ですら、もう世界が違いすぎて二度と会えないと割りきっていた。
  アリスロッサは知っている。
  この寂しそうな背中の、頭の悪そうな少女が、のちにシャルルの人生にどんどん食い込んでくることを。
  おそらく、シャルルにとって一番大切な人との最初の出会いだった。