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05

 

 

 シャルルはこちらをじっと見つめている少女を見つめかえした。
  アッシュグレイの髪の毛は胸ほどの長さまでウェーブしている。
  ぷっくりとした赤い唇はたぶん口紅を塗っていない。
  目は大きく、くっきりとしている。
  全体的に目鼻立ちははっきりしていて、年端もいかないような年齢の割に、大人びた顔――もう少し言うなら、化粧映えのする容姿だった。
  タータンチェックのコートに、黒いショートパンツ、膝までの黒いソックスに、学生用のパンプス。
  シャルルは上から下に視線を下ろしていき、足元の影を見つめた。
  値踏みするように見ていた自分はどうかしている。
  シャルルは視線を落としたまま、少女の横を通りすぎようとした。
「お兄さん、歳いくつ?」
  シャルルは立ち止まった。
  というよりも、彼女にスーツの裾をひっぱられて、振り返った。
「俺か? 二十歳だが」
「うそ、見えない」
  老けてるという意味だろうか。童顔という意味ならば、この格好で学生にでも見えると言うつもりか。
「もっと大人だと思ってた」
  金目当てのたかりが目的だろうか。
  少女の足元には小洒落た旅行かばんがあった。
「君はいくつだ?」
「私? フランカ」
  名前なんて聞いてないし、この娘話を聞いているのだろうか。
「フランカ、年齢だ」
「15歳」
「家に帰りなさい」
「あなた20歳でしょ。大人みたいなこと言わないでよ」
  いったい何が自分が大人じゃないという理由なのだろうか。青二才に青二才と言われると背筋がかゆくなる気がした。
「私ね、いちごのジェラート好きなの。ぶつかったお詫びにジェラートおごってほしいな」
  ぶつかったのはフランカのほうだった。
  シャルルはそう思いながら小銭を渡す。
「なんで口説いてくれないの?」
  期待どおりの反応を返さなければこの不満に満ちた甘ったるい声だ。甘えれば解決すると思っていた金持ちのクラスメイトの顔を思い出し、シャルルは口を一文字に結んだ。
「私泊まることろがないんだ」
「家に帰れ。家出なんだろ」
  フランカはシャルルの右腕に擦り寄ってきた。
(15歳じゃへたすりゃ中学生。親が捜索願だしたタイミングで、誘拐罪で捕まる)
  そしたら芋づる式に重要な隠し事がバレて、余罪の重さで一生刑務所暮らしになりそうだ。
  フランカはシャルルをじっと甘えるように見上げてきた。
  ぎゅっと腕に当てられてる胸の膨らみや、女に興味のないシャルルでもすぐに美人とわかる顔立ちから視線をそらした。
「うちは狭いし」
「いいよ。片付けてあげる!」
「それに……」
「ううん、いいのよ」
「よくない。いや、お前何様だよ」
  シャルルはフランカを振り払った。
「お嬢さん、別を当たれよ」
「私あなたが好みなのよ。指図しないで」
「はあ」
「あんたは私を連れ帰ればいいのよ」
「指図すんのか。するなと言った口で」
「お願い」
「お願いだから家帰ってくれ」
「家はどこなの? いっしょに帰ろ?」
「えーと警備隊はどこに……」
「ひどーい! 私を売り飛ばすのね」
「売り飛ばされないように、警備隊に引き渡しとこうかと」
  ちぐはぐな会話はシャルルを苛つかせることはなかったが、この少女は中学生なのだな、しかもすこぶる頭の回転が遅いのだなということがわかった。
「ねえ、私お兄さんが好みなのよ。ナンパしてほしいわ」
「知らん。お前が俺をナンパしてるんだ。破廉恥な」
「破廉恥! 難しい言葉ね。どんな褒め言葉なの?」
「使っちゃいけない言葉だ」
「スラングなのね。どんな恥ずかしい意味なの?」
「恥ずかしいって意味だ」
「わかんない。恥ずかしがらずに恥ずかしい言葉の意味を教えてくれてもいいのよ。覚えるから、あなたは破廉恥ねって言えばいいんでしょう?」
「……警備隊でなくてもいいな。学校まで行けばきっとこの子の身元が」
「私はボケたおばあちゃんじゃないもん! 学校に連れていくなら、私を家に連れ帰ってからにしなさい」
  シャルルの頭はこの不毛なやりとりに該当する結論と、彼女を安全なところへ連れて行くこと、無事家に帰る手段をごちゃごちゃ考えていた。
「私をあなたの家に連れて行くか、私をあなたの家に連れて行くかどっちかにしなさい!」
  さらに混乱するような問答が続く。
  いったい前と後ろのどっちがどう違っただろうか。
「なんて?」
「私をあなたの家に連れて行くか、それとも私をあなたの家に連れて行くかのどっちかよ。頭悪いの?」
  頭が悪いかはさておき、シャルルはずっと変なやりとりを続けていたせいか、頭が混乱しだした。
「なんだって?」
「もう! 私を……あれ?」
  フランカはやっと自分がまったく同じことを繰り返しているということに気づいたようだった。やっぱり自分の気のせいじゃなかったようだ。
「ともかくあなたは私の家、じゃなかった、あなたの家へ私を連れていくのよ」
「で?」
「私がパスタを茹でるからあなたはトマトを切って」
「カットトマトだ」
「じゃあ切る必要はないわ。缶をあけて、味をつける」
「そうだな。だがあんたにあげる理由って?」
「私がパスタを茹でるからよ」
「なるほど。俺が缶を開けるから、お前がパスタを茹でるんだな」
「分担って知らないの? 調理実習サボったんでしょ。男の子だから」
「ああ。それで、あんたと俺がいっしょにランチしてる理由は?」
「私がパスタを茹でるからよ」
「俺がトマト缶を……お前に今投げつけたいって気づいてるか?」
  不毛だ。相手にしたらダメだ。
  わかっているのに、いつもの無視を決め込むタイミングを完璧に見失ってた。
「わかった。トマト缶を投げるお手本を見せてあげる」
  肩が盛大にこけた。
  フランカはシャルルのトマト缶を握ると、思い切りふりかぶった。
「肩脱臼するぞ。その角度」
「そおれ!」
  その放物線を描きそうな掛け声と裏腹に、缶はまっすぐ斜め上にむかって飛んでいき、電信柱にぶつかり、ばちっとすごい音をたてたかと思うと、下へ黒焦げになって落下した。
「見た? ドリブルシュートみたいだったでしょ」
「停電したんじゃねーか?」
「見た? 稲妻シュートみたいだったでしょ」
「昼でよかったな。工場が困る程度だ」
「あなた停電がなんだっていうの?」
「ドリブル稲妻シュートはどうでもいい。トマト缶ももうどうでもいい。ずらかるぞ」
「あなたの家へGOGO!」
  この女はいったい何をするかわからないが、いったん巻き込まれないように家に帰るしかない。
  シャルルは紙袋を抱えなおして急ぎ足で歩いた。
  フランカは「急がないと怒られちゃうよー」と急かす。叱られる内容だということはわかったみたいだ。