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燕には友達がいない

 

 そして、寂しがり屋の燕にも理由がある。
  燕は友達を作るのが得意ではなかった。何故かことごとく、クラスメイトは彼を避ける傾向があった。
  理由は彼がリチェルカヴェーラ国以外からきた、というそれだけの理由だった。
  リチェルカヴェーラ国は国籍を得るまで大変苦労する移民が多い。
  というのも、リチェルカヴェーラ国の国民になるということは世界のお金を人質にし、世界といつでも戦う覚悟があるということだからだ。
  逆を言うならば、リチェ国民にとって、母国の国籍を得ていない者は等しく客であると同時に、敵になる可能性のある人々ということになる。
  特に母国の国籍のない移民はスパイの可能性があるとのことで、かなり風当たりは厳しい。
  スパイでないとわかるまでは、正当な市民権は得られない。

「やあい、お前の両親外国人」
  大人じゃ決して言いはしない失礼な言葉も、子供にとってはおもちゃ同然だ。
  その言葉がどんなに風当たりの強い人々を傷つけるかも想像出来はしない。
  燕は親を馬鹿にされるたびに、クラスメイトをタコ殴りにした。
  当然あちらの両親から苦情がきて、両親は燕を連れて謝りに行く。そうしなければ田舎で暮らしていくのは到底無理だからだ。
「お父さんたちの悪口を言われても殴っちゃだめだ」
  お父さんの言うことはいつも燕を混乱させた。
  時にはお父さんにげんこつをもらった。「お前が殴ったからお返しだ」とよくわからないお叱りなのか、鬱憤なのかわからない言葉つきで。
  燕の両親は昼も夜も燕に構うことなく働いた。
  言葉の不自由な燕にできること、友達がいない燕は退屈しのぎに、昼間から酒場に忍び込んだ。
「マスター、この子にぶどうジュースを」
  コロラヴィの田舎で唯一心を許せた相手は、酒場に来る殺し屋のジャン=コルレオーネ。
  ひと目で堅気でないとわかる風貌の男だった。
  燕に初めて優しくしてくれたのは彼だ。
「なあ、ジャン。あんた殺し屋なんだろ。あんたみたいな格好いい殺し屋になりたいよ」
「そうか。じゃあよく勉強することだな。でないとすぐに捕まっちゃうぞ」
  殺し屋ジャンはもちろん自分から殺し屋と名乗っているわけではない。
  自分が堅気に見えない見た目なのは承知だったし、殺し屋に憧れる小学生を軌道に戻そうとするくらいの、常識も愛情もあった。
  燕は言われたとおり、まじめに勉強をした。
  ある程度会話ができるようになり、クラスメイトに「俺は殺し屋になるんだ」と自慢した。
「じゃああそこに居るリスを殺してみなよ」
  子供はいつだって残酷な試しをする。
「殺せないんだろ。外国人は嘘つきだものな」
  燕の憎しみに火をつけたのは、自分が外国人だということと、生まれで自分を判断するリチェ国の子供たちだ。
  リスの命なんてどうでもよかった。
  そんなことより、自分を外国人呼ばわりしたクラスメイトを殴ることで頭がいっぱいになっていた。
  動けなくなったクラスメイトにまたがり、近くにあった大きな石を握って振り上げた。
「殺してやるよ。初仕事だ」
  クラスメイトの男の子は、自分の言った軽率な言葉で自分が命を落とすことになるとはまったく考えもしなかっただろう。
  燕は自分が家に帰れないことは知っていた。
  それでもまだ半人前以下の燕は、ジャンの家に泊めてもらって仕事をしようと考えていた。
「ジャン! 俺、ちゃんと上手に人を殺せたよ」
「誰を?」
  ジャンが怖い顔をしていた。
  そして翌日からジャンは酒場に姿を表さなくなり、燕は腹をすかせたまま路頭を彷徨った。
  お金を奪えばいいんだと気づいて、後ろから石で殴りつけてお金を奪った。
  しばらくしたら感覚が麻痺して、リチェ国の国民ならば殺してもいいと思うようになった。

 初めて他の人が殺しをしている場面を見た。その男はシャルルという名前だ。
  燕は、この男なら友達になれるかもしれないと、直感的にそう感じた。
「俺とあんたは同族だよ?」
「……違うと言ったら?」
  シャルルと初めて会ったのは人気のない路地裏だった。
  シャルルの足元には彼が殺した誰かが転がっている。
  違うって? 違うはずがない。あんたは自分と同じ、この土地で苦労した人なのだろう。燕は鼻が効いたので、シャルルの苦労を嗅ぎとった。
「証明すればいい。俺のお友達になって、お前は俺と違うってさ」
  お友達が欲しかった。
「よろしく」
  そう言って手を自分から差し出した。
  不思議と、シャルルは燕の手を握り返してくれた。

 友達になったシャルルは燕がどこの生まれかなど気にしなかったし、自分がリチェ人でないこと教えたところでそれは変わらなかった。
  燕にとってシャルルは特別な友達だった。
  唯一自分を理由なく否定することがない男だからだ。