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リノとの別れ

 

 

 道が違う……。
  ロッチアブーケへの帰路の途中、最初からまったく違う方向へ曲がったエンツォの開き直りっぷりには、サシャは危機を感じずにはいられなかった。
  それでも土地勘のないドヴァーラ民のフリをしたほうがまだ安全だろうか。リノが流れ弾に当たらないように工作してからでないと争うのも難しい。
「サシャ、トイレ!」
  異変に気づいたリノが機転を効かせる。
「ちょっとすまない。リノがトイレに行きたがってるんだが?」
「我慢できないんですか?」
  開き直り方がもう犯罪者臭しかしない。
「我慢させるなよ。幼児虐待だ」
「大げさな。もう少しでつきますから」
「漏れちゃう」
「……わかりましたよ。あのコンビニでトイレを借りてください」
  寂れたコンビニの前で降ろされて、サシャはリノを連れてトイレに駆け出す。
「すみません。トイレ貸してください」
  そう言ってトイレの隣にあるスタッフルームに入った。
  鍵を内側から開けて、リノに小声で囁く。
「いいか、リノ? 鬼ごっこだぞ。エンツォにつかまっちゃいけない。俺が数えるから、とおーくに行くんだぞ? 俺は隠れる。鬼ごっこかくれんぼだ。俺を探しちゃいけない、エンツォにつかまっちゃいけない」
  小声で「スタート!」と言うと、リノは理解して駆け出す。
  店員は今サボっているのか留守にしているようで、コンビニの中にエンツォが入ってくるのが見える。
「坊っちゃん、まだですか?」
「まだですよー」
  サシャはそう言いながら、武器を探した。
  コンビニ強盗対策の銃を見つけて腰にしまったタイミングで、エンツォがスタッフルームに入ってくる。
  その手には銃が握られている。
「リノはどこにいる?」
  エンツォはもう、執事ではない。営利誘拐犯だ。サシャは目を細めて言った。
「教えると思うの?」
「教えなきゃ死ぬことになるぞ」
「死んだら教えられないでしょ?」
「リノを呼べ」
「リノはこっちにいる」
  自分が死ぬ気など毛頭ない。開いているドアを指さし、あっちだと丸腰のふりをして外に出る。
  エンツォはリノが見つからない限り殺したりはしないはずだ。指の一本くらいは吹き飛ぶ可能性はあるが、死にはしない。
「リノー? リノー? あれー、おかしいな。いないなあ?」
  ロッチアブーケとトロイメラーナのどまんなかだ。人なんているわけもない。
  遠くで青い麦畑が風にはためている。こんなところじゃリノが出てきたらすぐに見つかってしまう。
  しらじらしく探すフリをするサシャの後ろで、苛立つ空気を如実に放つエンツォの冷静さをどのくらい奪うべきか悩んだ。自分はこの距離で銃を避けられるほど、スーパーマンでもなんでもない。
「営利誘拐か?」
「雇用条件が悪いから退職金かわりに」
「リノは関係ないだろ。アウグストさんとの問題だ」
「だからなんだって言うんです?」
  エンツォはサシャの後頭部に銃を突きつけて、声を大きくした。
「ぼっちゃん、出てこないとお医者さんが死にますよ」
「おい、そういう脅しやめろよ」
「お医者さんのことは好きですよね? ぼっちゃんもちゃんと返してあげますから」
「リノ、出てくるよ!」
「余計な口きくな!」
  エンツォに蹴飛ばされてサシャは地面に倒れた。
  声を荒らげて「本当に撃つぞ!」とエンツォは怒鳴る。
  サシャは砂利をつかみ、エンツォの目を目掛けて、投げつけた。
  照準がずれた銃を奪い、エンツォの頭を撃ちぬく。
  結局コンビニの銃を使うことはなく事無きを得た。