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01Yes or No game

 

「さあ。今回のゲームは『誰かこの子を助けて』ゲームだよ」
  不愉快極まりないタイトルだな。篠田の感じた第一感想はそんなところだ。
  まるで助けなきゃいけないようで、まるで助けなきゃ死んでしまいそうなシチュエーションが待っているようで、とても嫌な展開があるような気がして篠田は座っていた背中を壁に押し付け直した。
「何だそりゃあ?」
  先ほどぶつかってきたSAIという男も不愉快そうな声で聞き返した。
  ゲームの運営を任されている虎子という女は低く笑うだけで答えは言わない。
「隣の部屋にYESかNOしか喋ることを許されていない女の子がいる。『ある事件』で生き残った生き証人という設定だ。彼女の言葉から真相を当てた人が最大ポイントを獲得するよ。YESの数を増やした人もポイントが加算されるからね」
  どんなショックを受けたらはいといいえしか言えなくなるって?
  どうせしゃべるなと脅されたか、もしくは異能か薬で言葉を封じてあるのだろう。不愉快極まりない。たかがゲームのために女の子が一人犠牲になったようだ。
  だけど、たとえその女の子を助けるのがこのゲームのルールだったとしても、篠田は今日初めて会う子の面倒を見るなんて嘘はつかないようにしようと思った。
  自分はまだ子供だ。そしてファウストにお世話になる身だ。ナオミを守るためにゲームに参加しているだけだ。ゲームに勝って本末転倒な結果を刈り取るのだけは最悪だ。
  ごちゃごちゃ考えながら全員で入った隣の小部屋は白い壁にピンク色の小花が散った可愛らしい壁紙の部屋だった。家具はなく、かわりに椅子の上に座った少女がいた。
  黒い巻き毛はリボンで束ねられており、色白の肌に緑色の目、そしてイギリス貴族が好みそうな古めかしいドレスを着ている。
  昨今日本で流行っているゴスロリの衣装でもなさそうだ。
  正真正銘、古い時代に作られたものだろう。生地が上等そうで古い香りがしたからだ。
  彼女は貴族? それとも古くからこの地に住まう人ならざるものか。
  そんなことを考えているうちに、黒髪の少女に戸賀が駆け寄った。
「可愛い女の子だ!」
「可愛いねー。好み好み」
  SAIもゆっくりした足取りで女の子に近づく。
  女の子は無言のまま、SAIと戸賀を不安そうに見上げた。
「よろしくね。私、戸賀姫々って言うの」
「俺はSAIだ。あんたの名は?」
「ノー」
  女の子は小声でそう答えた。
「のーちゃん?」
「英語のNOだよ。答えられないってことだ」
  隣からサシャが注釈をはさむ。
「FBIでYESかNOで答えて真相を探る訓練だったかテストだったかあったよね?」
  サシャがそう聞いても、周りの反応はかんばしくない。
  今でもそうなのかはよく知らない。篠田が中学生の時にちょっと学生たちの間で流行ったゲームだ。
  あの頃はFBIになったつもりで友達が作った荒唐無稽な事件を解決することにみんな必死だった。
「実際の事件を解決とかやったことないんだけど、そういうゲームなら子供の頃やったことあるよ」
「本当? 頼もしいなあ」
「あくまで子供のゲームレベルの話だけどね」
  サシャは実際にゲームしたことがある人間がいることに少し安堵したようで、篠田相手に話をし始めた。
「質問する順番はどうする? 機会が均等なほうがいいか、回数が均等なほうがいいか」
「頭の悪い人もいる中で順番どおりやってたら陽が暮れるよ。思いついた人からやったほうがいい」
「じゃあ、そうしようか。みんな質問できる機会は均等ということで」
  サシャが周りに異存はないかと顔をめぐらせるが、誰も異存はないようだった。
「おい、頭が悪いって俺のことか?」
  シャルルが篠田に喧嘩を売るような声でそう言った。
「自覚あるんだ?」
「生意気な小僧が」
「頭悪い自覚があるならまだマシなんじゃない? 世の中には人に教えられると思ってる馬鹿もいるわけだし」
「はいはい! 喧嘩しない。シャルル、大人げないぞ」
  サシャとシャルルは知り合いのようだ。
  こうして見てみるとまるっきり知り合いのいないのは篠田と玉麗くらいなもので、随分狭い世間から人を集めてきたのだなと感じる。
  あえて知り合い同士を混ぜたのか、あいつらの顔が広いのかは知らないが、篠田はこの人間関係の強弱から把握しなきゃいけないのは面倒だと感じていた。
「じゃあ、最初俺が質問しまーす」
  元気よく手を上げたのはヒューゴの兄貴分である黒狸だ。
「君には恋人いるの?」
「ノー」
「おじさん好き?」
「ノー」
  女の子は落ち着いた声で黒狸の質問に二度ノーと言った。
  いいや、駄目だしとも言えたかもしれない。
「なるほど。こうなるわけね」
「さすが兄貴! 無難な質問で試したわけですね」
  断じて無難な質問などではなかったと思うのだが、ヒューゴは感激しているようだ。
「ケッ、ロリコンが」
「SAI、歳をとるとお前もロリコンになるんだよ」
  黒狸とSAIはお互い自分たちがロリコンだとけなしあって若干険悪ムード。
  このごたごたに付き合っていたら夜になりそうだ。余計なことをしているとあっという間に一晩くらいすぎるだろう。なんせ、まだ何もヒントを得てないのだから。
「ロリコンどもは放っておいて、早くはじめましょうよ。今午後四時よ。夜中になる前には私帰りたいの」
  玉麗がそう言ったため、ロリコンたちは険悪ムードのまま解散した。
  玉麗は篠田のほうを見るとウインクしたが、篠田はこれも無視した。
「あいつあんたに気があるんじゃない? 色男」
  からかうようにサシャがそう言った。断じてそんなことはありえない。
  あの女は性悪で蛇のような女だと篠田は知っているのだから。もっとも、誰かに教えてやる必要もないわけだが。ヒューゴに教えたのは失敗だったかもしれないと家に帰って反省したくらいだ。
「好きに質問していいよ。僕はあとから質問するから」
  篠田は一言そう言い、邪魔にならないところに数歩下がった。