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02Yes or No game

 

 

「それじゃあさっそく。ある事件とは、殺人事件である」
  このゲームについて若干知ってそうなサシャが最初にまずそう質問した。
  事件と聞けば最初に詐欺より窃盗より強盗より、殺人事件が浮かぶのは誰でも同じようだ。
「イエス」
  女の子は息を呑み、ゆっくりイエスと言った。
「お前が犯人だ」
「ノー!」
  続くシャルルの質問には抗議するように大声で否定した。
「犯人を知っている?」
  ヒューゴも質問した。女の子はこくりと頷き「イエス」と言った。
「それは知り合い?」
  ヒューゴが二度目の質問をする。女の子は「ノー」と首を振る。
「犯人のところへ案内しろ」
  シャルルが性急に答えを急ぎながら、ロングコートのポケットから物騒そうなものを取り出そうと手を突っ込んだ。
「死にたいのか?」
  出てきたのは短気な男らしく、やはり銃だった。
  女の子は脅されてもイエスかノーしか言えないのに、殺したらそれさえできないのにまったく何を考えているやら。
  止めに入るべきかサシャに任せるべきか。
  知り合いが牽制したほうがよさそうな気がするのだが、手遅れになる前には止めたほうがよさそうだ。
「いじめるなよ、シャルル」
  サシャがシャルルの銃に手をかけておろすように促す。
「俺はこいつに恨みはないが、フランカの命がかかってる。口以外に足だって動くだろ、案内させたら楽だ」
  たしかにそれは名案だが、ルール違反ではなかろうか。
「歩ける?」
  サシャが穏やかに質問すると少女は首を振って「ノー」と言った。
「俺は医者だ。足見せてくれる?」
「イエス」
  サシャは恭しく少女の靴を脱がせると、裸足になった少女の足を注意深く検分した。
「別段、何も外傷はないみたいだけど……本当に歩けない?」
「イエス」
  サシャが何か言おうとした瞬間、シャルルの手が拳銃を持ち上げた。
  篠田が止めに入る間もなく、シャルルの銃口が女の子の足のほうを向き、火を吹いた。
  椅子の脚が吹っ飛び、女の子は悲鳴をあげて尻もちをつく。
「嘘はついてないみたいだな」
「シャルル、死んだら誰にもポイント入らないんだからね?」
  少し咎めるような語調でサシャはそう言うと、女の子を抱き起こした。
「手は動かせる?」
「ならば匍匐前進ができるな」
「もうそこらへんでやめてよぉ、シャルル」
  もう一度咎めるような語調でサシャがそう言った。いけない、このままじゃこの二人が喧嘩し始めるかもしれない。なんて協調性のないメンバーなのだろう。
「まあまあ、俺が抱き上げてあげるからお嬢さん、ナビゲートしてくれよ。真犯人のところまでさ」
  フォローを入れて和ませようとしてくれたのは黒狸だ。
  女の子を抱き上げようと黒狸が腰をかがめようとした瞬間、シャルルが先に女の子を抱き上げた。
「ロリコンに抱き上げさせるなんて危険な真似できるか」
「いやあんたのほうが危険ですよ? シャルルさん」
  弱気に抗議する黒狸を無視して、シャルルは抱き上げた女の子を連れて部屋の中を歩き出す。
「この部屋の外か?」
「イエス」
「出口のほう?」
「ノー」
「このホールにいるのか?」
「イエス」
  シャルルはそのフロアを見渡し、端のほうに待機していた虎子を睨みつけた。
「そうだね。僕たちの犯行の一つだと思ってくれてもいい」
  虎子はにっこり笑ってそう言った。
「でも、それで事件解決だと思ってほしくないな。犯人を当てるゲームではなく事件の真相を調べるゲームなのだから」
  シャルルは虎子に何も答えず、女の子を抱きかかえたまま戻ってきた。
「女の子どこに座らせる?」
  ヒューゴのまっとうな質問に、SAIが「お前が椅子になれ、ヒューゴ」と非常識な回答を返す。
「あ、私マスキングテープ持ってるよ。これで椅子の脚を直せば座れるよね!」
「マスキングテープぅ?」
  女子力は今求めてないとばかりに戸賀の取り出したドット柄のテープにSAIは抗議する。
「可愛いでしょ?」
「誰かガムテープ持ってないのかよ?」
  戸賀の質問には答えず、SAIはガムテープ保持者を探す。
「あなたは洋館に招待されてガムテープ持ってくるんですか? 普通じゃないですね」
  湖緑のツッコミにうざったそうにSAIは睨み上げる。
「うるせえ、誰かガムテープ持ってないのかよ。お前のドSな相棒あたりがさ」
「兪華さんがガムテープ持ってるわけないでしょう。あなたじゃないんですよ」
「俺が持ってないから相棒のガムテープ貸してくれって言ってるんだろ」
「兪華さん、ガムテープ持ってますか? この男に持ってないと言ってやってください」
「持ってるよ」
  兪華が鞄からガムテープを取り出した。
「なんでガムテープなんて持ってるんです? しかもすごく強力そうなのを」
「用なしの口封じにも手封じにもいいかなと思ってさ」
  湖緑と兪華は政府の番犬だと言っていた気がする。しかし湖緑は政府の組織、ケルベロスに仕える公務員と言われて説得力があるが、相棒の兪華は政府の人間とは思えないほど不良の香りしかしてこない。
  篠田はだんまりを決め込んだまま、兪華が椅子を固定する間に周りを見渡した。
  シャルルとサシャは軽く小競り合いをしていたし、黒狸とヒューゴは質問内容を考えているようだった。
  戸賀と玉麗は女の子のお洋服が可愛いと話していて、湖緑は兪華を見ている。
  SAIが篠田と話したそうにこっちを見てきたが、篠田はまるっと無視したまま周りを見渡した。
  女の子はシャルルに抱えられたまま、こちらに助けを求めるような視線を投げてきた。
  篠田はそれも無視して玉麗を見た。ウインクされたので露骨に視線の先をかえることにして、黒狸たちを見る。ヒューゴは「女の子って俺より年上かな?」と言っているが、だいたいヒューゴと同じくらいの歳に見えた。つまり小学生以上で、高校生以下の13〜15のどこかだろう。
  黒狸が小声でぼそぼそ何かつぶやいているから何を言ってるのだろうと耳をすませたら「ぽっぽっぽ〜鳩ぽっぽ〜」とどこかで聞いたことのある歌を口ずさんでる。いったい何を考えているやら。

 閑話休題も終わり、椅子の上に女の子を座らせ直した。
「どこまで質問したんだっけ? たしか殺人事件の犯人が虎子さんってあたり?」
「さんなんてつけなくていいよ、ヒューゴ」
  ヒューゴと黒狸が親切に仕切り直しをしてくれたおかげで、スムーズに続きは始まった。
「テレビでこのニュースは流れている」
  SAIの質問に少女はイエスと答えた。
「最近のニュース」
「ノー」
「五年以内」
「ノー」
「十年以上前」
「イエス」
  SAIの手札はここでストップした。たしかに五年以内だったらまだ調べようもあったのに、十年以上前ならば資料も少ししか残っていないだろう。
  次はさっきまで鳩の歌を口ずさんでいた黒狸の番だった。
「君はリチェ国の国籍を持っている?」
「ノー」
「ヨーロッパの国籍だ」
「ノー」
「アジア生まれなの?」
「イエス」
「俺たちの母国語がわかるのはどうしてだろう。こっちに来て長い?」
「イエス」
「じゃあそれでリチェ語がわかるんだね」
「ノー」
「あれ?」
  黒狸は少し混乱したように、視線を天井に投げた。
  小さく口を動かし、何か頭の中で整頓するような素振りを見せてから、思いついたように
「あ、何か魔力で足も言葉も封印されてるんだね」
「イエス」
「言葉がわかるのも魔術のおかげなんだ?」
「イエス」
「君をここに連れてきたのは魔女の末裔?」
  女の子は答えようとしない。
  黒狸は答えをじっと待つが、女の子は苦しそうに答えずにいる。
  まだガムテープを片手首にはめたまま腕を組んでいた兪華が黒狸にかわってこう言った。
「魔女の末裔の意味がわからないってことは、監禁されていた」
「イエス」
「魔術が使える組織に捕まっていたんだね?」
「イエス」
「あそこにいた白髪の女、虎子のことを聞きたいんだけど、あいつは人外?」
「イエス」
「ファンタズマ領域に君はいた」
「ノー」
「このくだらないゲームのために君は誘拐された」
「ノー」
「このワイズゲームの関係者のことを君は知っている」
「イエス」
「ワイズゲーム関係者についての情報を君は知っている」
「イエス」
  女の子はぽつりぽつりとイエスを繰り返す。
  だんだん質問がそれてきたことに感づいた湖緑が「兪華さん」と後ろから一言声をかけた。
「せっかくだからこの茶番の真相もわかる限り知りたくてさ」
「そんなことしてたら夜になっちゃうわ。もう知らないわよ」
  玉麗は兪華を止める気がなさそうだ。湖緑も兪華の興味を止められると思ってないみたいで、これは予想以上に長引きそうな展開だと感じた。
  だが、シャルルやSAI、黒狸、戸賀、ヒューゴは学生だろうと察したが、他のメンバーが何に興味があって何が得意なのか知るのにはよい機会だったと篠田は思った。
  兪華はマイペースだ。相棒の湖緑は優秀な女房役。
  シャルルは攻撃的だがサシャは穏やかなように見える。だけどシャルルは計算しないが、サシャは計算があって何か隠している。
  玉麗はワイズゲームに参加しているのに必死さが足りない。人質がどうでもいいのか、ワイズゲームの関係者なのかどっちかだろう。
  黒狸は胡散臭い。きっと詐欺師のような口先の達者な男なのだ。
  戸賀は一見普通の頭の悪そうな少女に見えるが、SAIはチンピラ以上の、少なくとも誰か一人や二人は刺してる男だと感じる。そのSAIと対等に話しているということは、戸賀もその仲間か、あるいはSAIの恋人か。
  そんなことを整理しながら、同時に彼らの質問の内容もつぶさに聞いた。
  だいたいヒントは集まってきたような気がしたが、壁にかかっている時計を見ればあれから五時間経っていた。
「喉、渇かない?」
  黒狸は周りにそう聞いてまわり、近所のコンビニが開いている時間までに飲み物を買ってくることを提案した。