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03Yes or No game

 

 

「案の定夜になってしまったわけだけど、情報を整理しようか」
  全員にペットボトル入りの飲み物を渡し、黒狸はメモを見ながら読み上げた。
「この事件の首謀者はワイズゲーム主催者。ワイズゲームとは関係なしになんらかの経緯で女の子を連れてきた。女の子はなんらかの事件の関係者で、アジア人。リチェ国の女性ではない。ワイズゲーム主催組織には金というより娯楽が絡んでいる。ファンタズマ領域の貴族が怪しい。彼女から聞き出さなければいけない今後起きそうな事件・テロ行為はなし。彼女が聞かされている真相とは殺人事件の犯人のことではない。彼女は真相を暴かれたいと思っていない」
  箇条書きにしたメモをつらつら読み上げられても全部頭に入るわけもないのに、黒狸はそこまで一気に読み上げるとこう言った。
「真相を暴かれたいと思ってないってことは、君が不利な条件になるってこと?」
「イエス」
  シャルルがすかさずいらぬ横槍を入れる。
「爆弾でもくくりつけられているのか?」
「全員死ぬよ」
  小馬鹿にしたような顔で兪華がそう言った。シャルルに睨まれても涼しく笑っている。
「真相が暴かれることが引き金で発動する魔術があるとか?」
  黒狸は兪華たちを無視して女の子に質問をかえてそう言った。
「イエス」
「君が死んじゃうの?」
「……イエス」
「おおーう、これ真相に近そうじゃない?」
  黒狸が近くにいた兪華にそう首をかしげてみせる。
「真相を解くと女の子は死ぬのにそれが真相なの? そんなロジックおかしいね」
  兪華の言うことがまっとうなのかどうかはわからないが、たしかに真相が暴かれたら女の子が死ぬのだとしたら、もうとっくの昔に女の子は死んでいるはずだ。
「だんだん頭疲れてきたな」
  黒狸はコーヒー牛乳を飲んでしゃがみこんだ。
  ヒューゴが先ほどからこちらをちらちらと見てくる。
「さっきからずっと篠田質問してないけれど、大丈夫?」
「何を質問しようか考えてる」
「五時間も?」
「無駄な質問なんて他人にさせておけばいい。イエスでもポイントがもらえるんだから、真相がわからない人は積極的に質問したほうがいいよ。家族構成や性別が女か男かに至るまでポイントになるだろうし」
  篠田の言葉に黒狸が元気を取り戻したようにいち早く質問した。
「君は女の子」
「イエス」
「女の子は人間」
「ノー」
「まさかの人外!?」
「イエス」
「妖魔?」
「ノー」
  そこまで質問してまたやる気をなくしたようで黒狸は黙りこむ。
「私綺麗?」
  玉麗が妖怪のような質問をしているなと思いながら、その答えは聞かずに篠田は頭の中で自分の質問したいアイデアをふくらませた。
「篠田、ずっと長考しているのもいいけれど、そろそろ質問したらどうだ?」
  サシャがもうネタ切れだとばかりにそう言った。
「まだここぞって質問が思いつかないけれど、そうだね。僕もそろそろ質問しようかな」
  みんなまだ質問内容は残ってそうだったが、単調な作業に疲れきっていた。
  篠田は女の子の前まで歩いて行く。
  女の子はずっと待機していた自分がやってきたことに、死刑宣告を受ける前の冤罪者のような不安げな表情を浮かべた。
「君はペットとして飼われていた」
  そして篠田の質問が始まる。
「イエス」
「君の家族が殺人事件で殺されたとき、君はその現場にいながら助かった。それは君に証言能力がないからだ」
「イエス」
「そして君がファンタズマ領域の妖魔たちに飼われていた経緯は競売もしくは密輸に関係がある」
「イエス」
  当てずっぽうの質問はいきなりヒットしたようだ。
「人身売買か」
  嫌気がするとばかりに黒狸がそう呟いた。女の子がすかさず「ノー」と言った。
  なんとなく篠田にはバカバカしい答えが浮かんでいた。だけどそうだとしたらリチェ国にしか通用しないあんまりな内容だった。
「君は動物である」
「イエス」
  周りが一気にびっくりしたような表情になる。やっぱり人間じゃないのあたりでそんな気がしていた。
「君は猫?」
「ノー」
「犬」
「ノー」
「猿」
「ノー」
「鳥」
「イエス」
  鳥か。鳥の嫌がりそうなことから考えよう。
「君はこのゲームが終わったら鳥に戻される」
「イエス」
「それは君にとってはとても嫌なことだ」
「イエス」
「君は人間のままでいたい理由がある。それは元の家族に関係があるの?」
「イエス」
「君の家族は君に餌をやるのを忘れたまま旅行に行ったことは?」
「イエス」
「それで番の鳥が死んだりしたんじゃないかな?」
「イエス」
「君はペットの面倒を見ない無責任な人間に嫌悪感がある」
「イエス!」
「君はカゴの中で死を待つ鳥に戻りたくない」
「イエス!」
  そこまで質問に答えてくれた鳥少女に、篠田はいったん落ち着く時間をあげることにした。
  少女は真綿で首を締められたように苦しそうな表情だったし、篠田は自分の飲み物を女の子にあげることにした。
「すげえ」
  SAIが呟いた。まあすごいかもしれない、ここまで当たるとは思ってなかった。
「わたし、ちゃんと面倒見れるよ!」
  戸賀は鳥に戻ったあとの少女を飼う気のようだ。女の子に少しだけ安心したような気配が戻る。
「さて、無駄にポイントも稼いだところで僕はそろそろ真相を暴く方向に……」
「鳥に戻っちゃうんだろ? かわいそうじゃね?」
  SAIは案外優しい奴だなと思いながら、篠田はその質問に答えない。
  ナオミを守らなくてはいけない。ここでポイントを捨てられない。稼ぎどきなのだから。
「この事件の真相とは君自身のことである」
「ノー」
「殺人事件現場の詳細である」
「ノー」
「密輸の経路?」
「ノー」
「君の体のどこかに情報になるチップかキーがある?」
「……イエス」
「それを外したら君は鳥に戻る」
「ノー」
「それは君の体内にある?」
「ノー」
「体外か。アクセサリーの類?」
「ノー」
  アクセサリーなら外しやすかったのに。手を一瞬のばそうとして、さすがに男の前で鳥とはいえ脱がすのはどうかと思った。
「女の子の誰か、彼女の服を脱がせて身体チェックを」
「私がやるよ!」
「あら、てっきり自分で脱がす野蛮な男かと思ってた。紳士ね」
  玉麗と戸賀が女の子の服を脱がすと言うので、いったん男たちは外に出ることになった。
「篠田クリティカルだな」
  ホールで煙草を吸い出した黒狸に、篠田は自慢したい気持ちになった。
  だけどすぐに褒められたいと思った自分を恥ずかしいと感じた。褒められて嬉しくないわけじゃあないが、目的を見失いそうになる。
「鍵、出てきたよ!」
  戸賀が扉の隙間から顔を出す。
「これ。まだ着替えてるから入ってこないでね」
  そう言って扉はまた閉まる。
  鍵を渡された篠田は、その鍵を天井に透かした。
「小さな鍵だね」
「自転車の鍵かな」
  隣からヒューゴがいかにも自転車を使う年齢らしいことを言ってきた。久しく自転車なんて使ってない篠田はその視点に驚く。
「鍵穴なんてたくさんあるよ。どうする?」
  サシャも隣から鍵を見上げてくる。
「この画像を写真にとって、インターネットの検索機能にかければもしかして」
「おじさんそんな文明の進歩に追いついてなかったよ」
  サシャもヒューゴの柔軟な考えに驚いている。やっぱり大人にない考えがヒューゴにはある。
  篠田さえ忘れていることがヒューゴにはなんなく思いつくようだ。
「鳥かごがひっかかった」
  携帯の画像をヒューゴが、まず篠田に見せてくれた。
「つまり彼女が入っていた鳥かごに最後の真相があるわけだね」
  その時扉が開け放たれて、戸賀が「着替え終わった」と大声で言った。
  全員入りなおしたあと、篠田は質問を再開する。
「この鳥かごはまだあるの?」
  携帯の写真を女の子に見せると、「イエス」と答えた。
「鳥かごはリチェルカヴェーラ国内にある」
「イエス」
「鳥かご探さなきゃ!」
  またヒューゴが携帯の検索機能を使おうとしたので、篠田は身長差をいかしてヒューゴの届かないところに彼の携帯を持ち上げた。
「俺の携帯返してよー、しのだー!」
「これは鳥かご探しのゲームじゃないんだよヒューゴ。真相を知るゲームだ。鳥かごの中に何があるのか知れば探す手間が省ける」
「あ、そうか。殺人事件と鳥かごは関係あるの?」
「イエス」
「その中に誰かが何か隠してたとか?」
「イエス」
「その隠してた内容そのものが真相の答え」
「イエス」
  鳥かごの中に隠すものってなんだろう。大したものは隠せそうもないし、鳥に突かれたら精密機器の類は一発で終わりだ。おそらく情報量としては最低限のものだろう。
「僕が今から突拍子もない創作物語を言うから、君はその該当する項目にはイエスと言う。OK?」
  もうこれは、当てようと思わずに話して該当するところにイエスといってもらったほうが近づきそうだと思ってそう言ってみる。
  さて、どんな物語を話そうか。
「君はある家で飼われている鳥だった」
  ここは確実だろう。
「イエス」
「その家はマフィアの家庭で君はそこの家主に飼われていた」
「ノー」
「君の主人は脱税の情報を君の鳥かごの中に隠していた」
「ノー」
「脱税ではない。横領とか?」
「イエス」
「ともかく君の主人はそれによって一家全員殺されることに」
「イエス」
「君はその情報をカゴに入れたまま、その家の子供といっしょに逃げることになった」
「イエス」
「ところがその子供は鳥かごの情報の価値も親の意図もわからず鳥かごと君を置いていってしまう」
「イエス」
「それを拾った誰か、旅人としよう。そいつがリチェルカヴェーラ銀行の口座番号と暗証番号を知ることになった」
「イエス」
「この真相とは暗証番号を聞き出すことである」
「イエス」
「虎子が真犯人の一味というのは、リチェ国に来たその人間から君を買い取り」
「イエス」
「君を人間の姿にして」
「イエス」
「その口座の暗証番号を変更した」
「イエス」
「真相とは虎子の銀行口座の暗証番号である」
「イエス」
  イエスと言われた場所に合わせて物語を展開させてつないで、そうしてだいたい見えてきた内容に辻褄をあわせてまたつなげて、そうやって出来たストーリーの結果、近いところまでやっとこぎつけた。
「暗証番号は四桁?」
「ノー」
「八桁?」
「イエス」
「該当する数字のところでイエスって言ってね。メモとるから」
  篠田はそう言って黒狸がさっきヒントを書いたメモを奪い取ると、裏に数字のメモをとった。

 

 八桁の暗証番号を見て、虎子はにっこりと笑った。
「おめでとう。この口座に入ってるお金は君のものだよ」
「そう」
「あまり嬉しそうじゃないね」
「あなたたちに僕の恋人が人質にとられてるせいでね。ぬか喜びしたくなくて」
「ふうん。悲壮感のある若者だね。その口座にはかなりのペルノイが入ってるよ。安心した?」
「銀行で確認したらね」
  虎子はにっこりもう一度笑った。
  篠田はぴくりとも笑わずに部屋に戻った。
  部屋に戻ったら大きなインコがヒューゴの頭に止まって冠のようにヒューゴの頭に座りこんでいる姿に出迎えられた。
「女の子、鳥に戻っちゃったよ!」
  ヒューゴが泣きそうな顔でそう言った。
「自然にかえしてもどのみち死んじゃうだろうし、どうしよう」
「あたしが飼うよ!」
  戸賀はまだ飼う気のようだ。まあ安心である。このまま鳥が死んだとあっては後味が悪い。
「先生、お見事です」
  黒狸の冗談にまた自慢したことを言いたくなって、はぐらかすように篠田は「それより」と呟いた。
「今度こそその鳥に餌をあげるの忘れないでよね。可哀想だ」