この世界で大切なことは、何を信じるか、だ。
僕はリリィアス様を信じていた。リリィアス様というのは、世界の国教であるアスセーナ教の神様にあたる英雄のことだ。
僕が今平和に生活していられるのは、リリィアス様が世界を救ってくれたからだと思っている。だから再び世界に暗黒が広がったときは、リリィアス様の後継者が世界を救うと思っている。
だけど僕の世界が暗黒に落ちるのは一瞬のことだった。
僕の憧れの銃士、アスセナがいなくなったからだ。
ここ、セレスティアは空中に浮遊する大きな大陸都市だ。その平和を守っているのは三種類の銃士隊、それと風騎士隊。
アスセナは銃士隊の第三部隊、ルビィブリイズに所属していた。銃剣を腰のベルトに差して颯爽と制服をひるがえすアスセナの姿は、凛々しくもあり、そして女性として見ても美しかった。彼女は19歳という若さで銃士隊に仕えることを許された、エリート銃士だった。彼女は将来どこかの隊の隊長になるだろう、僕はそう思っていたくらいだよ。
だけど彼女はある日、スラムにある植物園の廃墟にディスクレイト憑きの討伐に行き、死んだのだ。あのときの惨事は酷かった。4番隊は全滅、アスセナの所属する13番隊の隊長ひとりだけがぼろぼろの状態で帰ってきて、敵を倒したことを言葉すくなに告げると、多くは語らず、僕に金色のプレートを渡した。そこにはAzucena Caldeyroと彼女の名が彫られている。彼女の、ナンバープレートだった。「アスセナ=カルデイロは俺の目の前で死んだ」と13番隊隊長は言った。
別に、アスセナが死んだくらいじゃあ、世界は終わったりしない。
だけど僕の世界は、終わったような気がした。
そうそう。ここまで語っておいてから名乗るのもどうかと思うけれども、「僕」の紹介をしようと思う。
僕はミッチェル=ピサロ。第一番隊、ブルゥゲイル8番隊の平銃士。僕という一人称からわかるとおり、男。24歳になってもうだつのあがらない、出世の見込みもほとんどない落ちこぼれくんだ。
だからアスセナの存在は僕にとっては、憧れだったんだ。
あんな若い子だって頑張っているし、認められるんだ。僕だっていずれは…そう思いながら、結局今年も昇進も昇給もなかった。
僕の希望であるアスセナを奪われた日、僕は世界に神様もなにもあったもんじゃあないと感じた。リリィアス様なんてうそっぱちじゃあないか。もう礼拝堂にも行かないぞ。行ってやるもんか。
リリィアス様なんて信じるものか!
僕はせめて、アスセナの遺体を共同墓地に埋めようと思って、植物園へと向かった。
鬱蒼と茂った草木を掻き分けて、僕はアスセナの死体の破片でも転がってないかと探した。だけどどこを探しても、他の死体は見つかるのに彼女の遺体だけは見つからない。
僕はため息をつき、帰ることにした。そのときだった、後ろで藪を掻き分ける音がした。
僕は思わず愛用の小型銃をそちらに向けたが、そこに立っていたのは……アスセナだったのだ。
「うっそ……」
13番隊長、死んだって言ったよね?
悪魔が僕を騙そうとしているのか。それともこれは本当に…
「アスセナ?」
僕はアスセナにそう呼びかけた。アスセナは黒檀の豊かな髪をゆらし、少しだけ首をかしげた。そして、にっこり笑う。
Dio mio!(ああ、なんてことだ神様) あなたはやっぱり存在しているんですね。
この世界で大切なことは何を信じるか、だ。 |