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ぶきようなぼくはそれでもきみをあいしたかったのです

彼女の容姿は、間違いなくアスセナだった。
だけど彼女はルビィブリイズの制服ではなく、赤いビスチェとドロワーズ…つまり下着姿に、足は裸足ときたものだ。腕には彼女の愛用の銃、クロウディアが抱かれている。
「アスセナ、その格好、どうしたの?」
僕はどきどきする気持ちを抑えて、そう質問した。
アスセナは茶色い目をぱちくりとさせて、首を傾げる。
「それは私の名前か?」
「え?」
記憶がないのか。アスセナ。
「それともこの女の名前か?」
言っている意味がわからず、僕は目をしばたたかせる。
「君は……記憶がないの?」
「私の名はアウィス・ラーラと名乗ることにしてる。道端で考えてきた。あと服は邪魔だったから、途中で脱ぎ捨てた」
僕の知るアスセナと、ラーラは随分と違う雰囲気だった。
僕は自分の制服の上衣を慌てて脱ぐと、ラーラに着せた。
「ラーラ、君は、記憶がないの?」
「記憶は捨てた」
「捨てたの? 忘れたんじゃあなくて?」
「忘れると捨てるはどう違うの?」
「ええと…忘れるってのは意図せず置いてきたもので、捨てるは故意に置いてきたというか……」
よくわからない説明をぼそぼそと口の中でして、僕はラーラの胸の前で外套の釦を止めた。
「ラーラは、記憶がいらないの?」
「欲しいとは思わない」
「その…僕と会った記憶とかも?」
「それはいつのこと?」
記憶を捨てた人に僕のことを聞くあたり、僕は本当の馬鹿だと思う。
僕はラーラの手を引いて、植物園を出た。なけなしの給料で彼女にワンピースを一枚買ってあげて、そして家に連れていった。
彼女はすべてのものを見るのが初めてのように、中をぐるぐると見渡し、僕の入れたリリフ酒のお湯割りを美味しそうに飲んだ。
「ラーラ、君はね…昔、僕と同じ銃士隊だったんだ」
「銃は知っている。言葉と同じだ、扱いを間違えると自分も人も傷つけるもの」
「そうだね。ねえ、13番隊長は君のこと目の前で死んだって言ったんだよ。どうして君は生きているの?」
「私はその13番隊長というのを知らない。それはあなたより偉いの? ミッチェルさん」
僕は自分の名前を先ほど教えて、それを呼ばれたことに少しむずがゆさを感じながら、言った。
「君は……銃士隊に戻りたくもなければ、記憶を取り戻すつもりもなく、アスセナ=カルデイロとしての人生を捨てて、アウィス・ラーラとして生きる…そう言いたいの?」
ラーラは、きょとんとした顔で、言った。
「アスセナに戻れば、あなたともっと仲好くできるの? ミッチェルさん」
「え?」
「アウィス・ラーラは、アスセナほどミッチェルと仲好くなれないのか。私は女になった。なぜならあなたと仲好くなれそうなのは、男より女だと思ったから」
「ラーラは…え?」
ラーラは、もしかして、アスセナではないのか?
彼女は僕の問いに応えるようににっこりと笑うと、こう言った。
「もうわかったか? 私は、アスセナとかいう女ではない。お前たちの名前で言うと、ドッペル・ゲンガーとかいう種類の魔族?」
「古代魔族!?」
僕は思わずずざざ、と後ろに飛びのいた。
古代魔族の魔力は強力だ。ルーン文字ひとつを描く時間を与えれば、僕は消し飛ぶかもしれない。
だけどラーラは僕のことを殺す様子はなく、そしてコップを僕に突き出した。
「これ、リリフ酒、美味いな。おかわり」
「あ、うん」
僕はリリフ酒のおかわりを注ぎながら、本物のアスセナはどうなったのだろうかと思った。もしかしたらこの化け物が食べるか取り込むかしてしまったのだろうか。古代魔族のことはよくわからない。
ふと、僕はさっき彼女が言った言葉を思い出した。

――あなたと仲好くなれそうなのは、男より女だと思ったから。

僕はラーラを振り返った。彼女は足をぶらぶらとばたつかせながらリリフ酒のおかわりを待っている。
僕と仲好くなりたいだって?
アスセナが? それとも、古代魔族がか?
「君は、僕と仲好くなりたいの?」
「何度も同じことを言わせるね。あなたと仲好くなるって、私は決めたの」
僕の手からリリフ酒を掻っ攫い、再び飲み始めるラーラを見て、僕は複雑な気分になった。
彼女はアスセナのようで、まったく違う誰かで、
僕はアスセナのことが好きで、ラーラは僕のことが好き
僕が君を大切にしたいと思うのは、君がアスセナに似ているからなのだろうか。

それでも
ぶきようなぼくはそれでもきみをあいしたかった