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ぼくは感情を知らない出来損ないの人間です

僕は子供の頃、いじめられっこといじめっこの中間にいるような、根暗な少年だった。はぶられたときはいじめられる側、なんとか集団に埋没できればいじめる側。そして目立たず問題に逆らわず、抗わず、争わず、競わず、すべてのことから逃げるようにして生きてきた。
足が速いのと銃を使えることから銃士隊に無理やり入れられたけれども、僕みたいな志の低い男が銃士隊として出世するはずもない。
8番隊隊長のアズッロ=カデンツァーは38歳にして名誉勲章をいくつも貰っているような立派な銃士だ。彼は僕のことを見た瞬間、「てめえみたいな男は一生平だな」とありがたーい言葉をくれた。ありがたいよ、だって平ってことは、一生誰の恨みも買わずにすむもの。

翌日はラーラを家に置いて、普段どおり出勤した。
僕みたいな平には書類審査なんて大変な仕事は回ってくるわけもなく、午前中の訓練を終わらせれば、あとはお茶汲みの仕事が待っている程度だ。
アズッロ隊長はブリキのコップにドライジンを注いで、仕事をしながらそれを飲む。昼間から飲酒しながら仕事をするあたり、この不良隊長めが、と思うわけだけれども、実際にそう言うと僕の訓練のときの足のウェイトを一個増やされそうなので黙っておく。
「ピサロくん」
僕の名前をアズッロ隊長が呼んだので、僕は顔をあげた。
「昨日は植物園に平銃士の死体を探しにいったって聞いたよ」
僕は、この「平銃士の死体」という言葉にかちんとくるものがあるのを感じながら、何も言わなかった。
「君があの女の子に憧れていたのは知っているけれどもね、死んじゃったあとにことに及ぶのはどうかと思うよ」
「誰が死姦しに行ったと言いましたか?」
このぶっとんだ思考についていけず、僕は呆れたようにそう言った。
「あそこらへんは俺も事後調査で出かけたけれども、13番隊隊長の言うとおり、4番隊と13番隊の死体がわらわらあるだけで、好き好んで行きたいところだと俺は思わないなあ」
「隊長は…仲間の死を悼もうとは思わないのですか?」
「仲間?」
はん、とアズッロ隊長は笑った。
「俺は13番隊のことを仲間だと思ったことはないね」
「4番隊は?」
「あっちは太陽の都管轄だし、いちおう仲間ってことにしてやる」
柿の種を齧りジンを飲みながら、アズッロ隊長は言った。
「俺のこと冷たい男だと思っているんだろう、ピサロくん。だけどね、本当に生き残るのは思いやりのある人間でなく、裏切り者なんだよ。わかるかい? この意味」
にんまりと笑うアズッロ隊長に僕は顔をうつ向かせる。
僕はいままで、世界の流れに抵抗せずに生きてきた。悪いことも、裏切り行為も、いっぱい重ねてきた。全部不可抗力ってことにして、言い訳を考え、責任から逃れて生きてきたのだ。
「お前のような部下は、きっと長生きするよ」
アズッロ隊長は嫌味もたっぷりとこめて僕にそう言うと、血色の悪い顔にニヒルな笑いを浮かべてまた仕事に戻った。

部屋を出た瞬間、後ろからついてきた同僚に「悔しくないのか?」と言われた。別に、悔しいなんて、感じない。もとい、悔しいと感じているかもしれないけれども、傷ついたことを自覚したいとは思わない。
「僕は平気だよ」
僕は笑っていつもそう答える。
長生きするためには、敵をつくらないことが一番なんだ。何も感じず、何も抵抗しなければ、世界はやさしく僕に頬笑みかける。

僕は感情を知らない出来損ないの人間です。
だけど神様、どうか…
あなただけは僕を見捨てないで、愛してください。