二度寝したら腹に重圧がかかって、僕は目を覚ました。
「起きろ! ミッチェルさん起きろ!」
ゆっさゆっさと体をゆすってラーラが僕を起こす。僕は腹の上からラーラを下ろしてから起き上がった。
「どうしたの? なんか事件?」
「腹がへった」
「あっそう」
僕は毎日ハードな訓練があってなるべくなら寝ていたいんですけれども。
僕は仕方無く仕方無く起きて、ハムエッグとトーストを焼いた。
ラーラは食欲が旺盛だ。ハムエッグトーストを二枚ぺろりと食べた。うん、二枚だよ。つまり僕の分まで食べた。
僕は焼いてない食パンをもぐもぐと食べながら、制服の袖に腕を通し、愛銃のアウィスカエルレアを懐に仕舞った。
アウィスカエルレアとは青い小鳥という意味で、アウィスは鳥という意味があるらしい。そういえばラーラもアウィス・ラーラだよね…「珍しい鳥」って意味か。たしかにあまりいるタイプの女性ではないのは確かだ。
僕は普段どおりの訓練をしに、職場へと向かった。
「今から太陽の都の中央に行く」
アズッロ隊長がパチンパチンと勲章を胸につけていた。そしてその手元には隊長の小銃。なんでも太陽の都でデモが行われているので、騒ぎにならないうちに鎮圧に行くらしい。
「ったく、俺たちは人間にいつから銃を向けるようになったんだろうね」
アズッロ隊長は銃は魔族に向けるものだと思っている。きっとラーラなんかに会ったら、真っ先に頭をぶち抜くだろう。
僕たちは手袋と制服、銃を身につけるとティリーラで現場へと向かった。
労働者たちが雇用条件の悪さに反旗をひるがえしたらしい。労働組合の前でバリケードを作り、その内側から銃を構えてけん制する。
「いいか! けん制であって殺したりするなよ? あとが面倒だ」
面倒だってのは始末書がでしょう、アズッロ隊長。結局乱闘になったら誰かひとりくらい死ぬんだ。
なんせあっちだって麺棒やらフライパンやらで僕たちを殴ろうとするんだから。あんなもので殴られれば死なないにしろ、下手すりゃ頭蓋骨陥没だよ。
結局交渉なんて高尚な手段がアズッロ隊長にできるわけもなく、乱闘になった僕たちは一般市民に怪我を負わせる形で決着をつけた。
僕の中に広がる罪悪感。
僕はアスセーナ教会の礼拝堂に祈りに行った。リリィアス像と、銀色の十字架に百合の花がモチーフのシンボルの前で、僕はひざまずく。
かみさま、ごめんなさい。
僕はいいこではありません。
自分で自分を罰することもできません。
どうすれば、どうすれば、
ぼくはだれもきずつけずにいることができますか?
僕は傷つけるのも傷つくのも怖いんです。
銃を使うのも、殴られるのも、いやだ。
仕事をやめたいとは思わないけれども、平和であってほしい。
誰も傷つかず、誰も悲しまず、しあわせな世界であればと、願っています。
だけど僕は、どうすればいいのかわかりません。
頭の上に、ふんわりと、何か手が乗った気がした。
僕はそれをリリィアス様の手だと思って、顔をあげた。そこにいたのは、アスセナだった。ラーラではない、アスセナだった。
彼女はにっこり笑って、何か口にした。
「 」
何を言っているのか聞き取れなかった。
だけど、僕にこう言っているのだけはわかった。
もうじぶんを、せめないで
僕の左目から、涙がひとすじ流れた。それを白い指先でぬぐって、アスセナは消えてしまった。
僕は今のいままで、君のことを可哀想な女の子だと思っていた。志半ばに死んでいった、可哀想なアスセナ、そして可哀想な僕、と。
だけどアスセナは、今、リリィアス様のところにいるんだね。
君のいる世界は争いはない? 君はしあわせ?
僕はしあわせになってもいいの?
「あ、いたいた」
後ろからラーラの声がした。
振り返ると、ワンピース姿のラーラがこちらに歩いてくる。
「今日、街で乱闘あったでしょう? あなたのことが、心配だった」
「僕のこと、心配してくれたの?」
「おかしなこと?」
ラーラは首をかしげた。
「だって、君が笑うと、世界が素敵にみえるよ。君がいないと、世界がちょっと寂しいよ。君が私に笑いかけてくれると、私はとてもしあわせになって、だから君もそうであってほしいと、私は願う」
ラーラは言葉を一生懸命績いだ。
「私は、アスセナになれないけれども、あなたと仲好くできる?」
こんなに、
こんなにも、涙の出る言葉を
僕は しらない
「なんで泣くの?」
「目にゴミが入った」
「どれ?」
ラーラが僕の顔を覗き込む。君の顔にアスセナを重ねすぎていた。
君の顔をまじまじと見つめる僕を、君は不思議そうに見て、最後に睨みつける。
「騙したな?」
「まあね」
僕は、性格けっこう悪いよ? ラーラ。
きっといいこなんかじゃあないからね。
それでもよければ、これからもよろしく。
(第一章 了) |