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雨と涙に溶かされる六月

梅雨というのかは分からないけれども、セレスティアも六月になると雨が多くなる。訓練は室内で行われるようになり、廊下を走って階段を駆け上がって、床に寝そべって腹を踏んだり踏まれたりするそういうマゾじゃなかったら絶対喜ばないトレーニングが待っているのだ。
午前中の訓練を終えて、午後は自主トレの時間になる。僕はシャワーを浴びて汗を流したあと、もう一度腹筋だけを70回やってトレーニングを終えた。人より20回多く腹筋をしたのは僕ががんばりやなわけではなく、ぼんやりとしながらやっていたので気づいたら70回をカウントしていたのだ。

食堂で食事を食べていると、珍しく僕の前にトレイを置いて座る奴がいた。
8番隊平銃士仲間のヨシュア=エイドリアンだ。ヨシュアは無言で座り、お皿に乗っていたミネストローネを食べ始めた。僕はこの男は何の気まぐれで僕のお向かいの席に座ったのだろうとまじまじと彼を見た。彼は顔をあげて、「お前、自分の皿にスープあるだろ?」と言った。
「別にミネストローネが欲しいわけじゃあないよ」
「美味いぜ? やらないけどな」
「僕はレンズ豆が苦手だからいらないよ」
僕のお皿に入っているのはコーンポタージュだ。
ヨシュアは僕をじっと見て、言った。
「何警戒してるんだよ?」
「別に警戒してないけれども?」
「なんかお前ってさ、野生の猫みたいだよな。警戒心丸出しっていうか、絶対に懐かないというか」
野生の猫なんてそんな可愛らしい生き物ではないと思うんだけれどもな。
そもそも僕はヨシュアと仲好しだっけ? あまり記憶にないんだけれども。
「なあ、ミッチェル。お前13番隊隊長のことどう思う?」
「は?」
僕は怪訝に眉を寄せて、聞き返した。
「運がいいよね。最後まで生き残ったんだし」
「そうだよな」
何か含んだような言い方だったので、僕はヨシュアをじっと見つめた。
「何、13番隊隊長がどうかしたの?」
「怪しくないか? だってあれだけの大惨事からひとり帰還して、ぼろぼろとはいえ…ほぼ無傷だぜ?」
言われてみれば、ぼろぼろではあったけれどもそう傷は深くなかったと聞く。
ヨシュアは「実はあいつがディスクレイト憑きの部下なんじゃあないかって、俺は考えている」と言った。
「ディスクレイト憑きに部下がいたの? それ本当?」
「ああ。13番隊が極秘に調べていたらしい。だけど、その13番隊の中にスパイがいたとしたら? わざと13番隊が全滅するほうに隊長が扇動したんだとしたら?」
僕はしばし沈黙したのち、パンを口に運んで、飲み込んだ。
「だとしても、興味ない」
「本当に?」
「うん。13番隊は死んだし、僕には直接的には無害だから」
「お前の大切なアスセナを殺したのがたとえばあいつかもしれないってのにか?」
その言葉に僕の表情が少しだけこわばった。
「やっぱ好きだったんだろ。なあ、ちょっとだけ調べようぜ」
僕は面倒だな、と思いながらも、少しだけ真実が知りたかった。アスセナはディスクレイト憑きに殺されたのではなく、仲間に殺されたのだとしたら…。
僕はそいつのことをきっと許さないだろう。