それから一ヶ月、たったひとつのことを除いて、特に何か変化があるわけでもなく日々が過ぎていった。
アスセナの姿を見た者がいる、という噂だ。
もちろん僕の家にいるアウィス・ラーラだと僕は思ったよ。だけど話を聞いている感じだと、僕の知っているラーラとは違う気がしたし、本人に確かめてみたけれどもその日そこには行ってないと言うんだよね。
もしかして本当にアスセナは生きているのだろうか。
でもだとしたら、どうして僕たちの前に帰ってこないの?
「そりゃああれだろ、13番隊隊長の顔を見ているから、殺されるって思ってるのさ」
ヨシュアと話す機会は多くなったけれども、ヨシュアは相も変わらず13番隊隊長犯人説を唱えている。
「だって考えてみろ? 13番隊隊長が犯人で、ディスクレイト憑きを副隊長に任せてアスセナと別行動をした。そのときアスセナを殺したと思ったけれども生きていた、これは誤算だとして、そのあとディスクレイト憑きは逃げて、隊長は俺たちに『アスセナとディスクレイト憑きは死んだ』と報告した。ほら、全部の辻褄が合うだろ?」
反論のしようがない。たしかに全部の辻褄が綺麗に合致する。
だけど僕はそのくらいのことうちの疑り深いサド隊長のアズッロ隊長が最初に考えそうなことだと思っているんだ。あの隊長、本当に尊敬に値しない人だけれども、人を疑い信じないことに関しては誰よりも素晴らしさを発揮するから。あの隊長が信じた相手を再び僕たちが疑うことは二度手間のような気がする。
「お前、うちのアズッロが白と判断したら白だと思ってるのか? 隊長が白って言ったらカラスも白かよ? なさけねぇ」
「いや、僕は考えるのが億劫なんだ。頭脳労働なんて全部アズッロ隊長にやらせておけばいい。そのための隊長だ」
「隊長を電卓のような便利さで言うなよ」
ヨシュアは苦笑いしてから言った。
「じゃあ俺が、アズッロ隊長に確かめてきてやるよ」
「は?」
「どうして13番隊隊長を白だって判断したのか聞いてきてやる」
「よせって。殴られるぞ?」
僕は止めるのすら面倒だったけれどもそう言った。どうせプライドの高いアズッロ隊長の逆鱗に触れて顔に痣つくって帰ってくるのが目に見えてるじゃあないか。
ところが、ヨシュアは翌日、深刻そうな面持ちで僕の前に現れた。
「俺は、お前に謝らなくちゃいけない」
ヨシュアはそう言った。
「アズッロ隊長が俺にこう言ったんだ。『13番隊隊長は、アスセナをかばっている』って」
言っている意味がにわかに理解できずに、僕は首を傾げた。
「殺したディスクレイト憑きからディスクレイトが飛び出して、アスセナに憑いたんじゃあないかって、アズッロは睨んでいる」
……なんだって?
僕の中で、世界ががらがらと音をたてて崩れる。
アスセナにディスクレイトが憑いただって? じゃあ彼女が今、僕たちの前に姿を現さないのは、彼女がもう彼女でないからだとでも言うつもりだろうか。
「そんなの信じない!」
僕は大声で怒鳴った。
「アスセナがディスクレイト憑きになったなんて、僕は信じない!」
思わず声を張り上げたあと、僕はしまったと思った。廊下で話していたのだ。周囲の銃士が振り返り、あたりは騒然となる。
パァン、と銃声が聞こえた。
全員がそちらを振り返ると、アズッロ隊長が宙に向かって空砲を撃った音だとわかった。
「ピサロくーん」
にこにこと笑いながらアズッロ隊長は近寄ってきて、思いっきり僕の顔を拳骨で殴り飛ばした。
「アスセナ=カルデイロは死んだんだよ。何度言えばわかる」
僕はひりひりした頬をおさえながら、涙目になった。
泣くのなんてばかばかしい。だけど、泣きたいときってこんなときのことを言うんじゃあないだろうか。 |