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その呪い 僕にくださいね

ラーラがその夜帰ってこなかった。
たまに家に帰ってもラーラの姿がないことはあったけれども、夜になっても帰ってこないことは今までになかった。
朝になって起きたときもラーラはいなかった。少しだけ心配になってきた僕は、アズッロ隊長に残業をするからと休み時間をもらい、街を歩いた。だけど露天の前にも食堂の中にもラーラの姿はなく、あとは月の都くらいだな、と思った。
月の都はセーナフィーリのスラム、ザインほど治安は悪くないが、どっちにしろセレスティアの中では治安の悪いほうに部類する。
僕は銃士だからたまに月の都にも行くけれども、基本の管轄は太陽の都だから月の都のことは詳しくは知らない。
銃士の格好をして腰に銃を提げている状態で歩けば、余程死にたい奴でもない限り話しかけてはこない。なのにこう急いでいるときに限って、話しかけてくる奴がいたんだ。
「へいジャック、あんた銃士隊の人?」
後ろから声をかけられて振り向く。ジャックとは、月の都のスラングで「そこの彼」みたいな意味だ。黒髪に眼帯をつけた若い男だった。僕はため息をつく。
「何の用かな?」
「ミッチェル=ピサロって男知らない?」
僕は平静を装って首を傾げる。
「僕の知り合いだけど、何か用があるのかな?」
「じゃあミッチェルに会ったら言っておいてくれねぇ? お前んところの小鳥ちゃんを預かってるって」
僕はぴくりと眉をひそめてしまった。その反応に、男の口の端がにやつく。
「もしかしてお前がミッチェルだったり?」
「ラーラをどうしたって?」
「当たり。ここらへん歩いている銃士に片っ端から聞いて三人目で遭遇たあけっこうついてやがる」
「ラーラをどうしたって聞いてるんだよ。若造」
男はにやりと笑って、ぐーと握っていた手をぱらりと離した。そこから落ちたもの……ラーラの下着。僕の中ではらわたが煮えくり返るような気がした。
「まだ処女でした。お兄さん食ってなかったのね」
頭の中で何かが爆ぜて、僕は腰の銃に反射的に手が伸びて次の瞬間には男めがけて撃っていた。この至近距離から不意打ちで撃たれれば避けるのは不可能、そう思ったはずなのに、男は避けるどころか右手を前に突き出してその弾を右手で被弾した。
ぽたり、ぽたりと血が垂れて、男は何事もなかったかのように右てのひらから弾を引き抜くと、床に落とした。
ありえると思うかい? 弾を手で受け止めたってのに、痛そうなそぶりすら見せないなんて。
「ああ、痛いけど?」
僕の思考を読み取ったかのように、男は言った。
「痛いってさ、生きてるって実感できるよな」
この男は頭がおかしいのか?
「小鳥ちゃんも痛がってたぜ。何度もヤったから最後のほうじゃあ気絶しちまったけどな」
僕は静かに男をにらみつけた。
「睨むだけだろ。ブルウゲイル隊の銃は一発撃ったら弾を装填しなければ連弾はできない」
「殺してやる」
僕の言葉に男は満足げににんまりと笑った。
「rabbit the fellow(五月蝿い)、口だけ達者じゃねぇか。腰抜け」
男はぺっと唾を床にはき捨てると、言った。
「名前教えておいてやるよ、エニグマって言うんだ。あの女返してほしかったら今度こそ俺を殺すつもりで準備してくるんだな。野良猫教会で待っていてやる」
エニグマが踵を返して姿を消した。僕はいったん、セレスティア城に戻って倉庫で弾をわしづかみした。ありったけの弾をあいつの脳に撃ち込んでやる、そう考えながら。

僕の青い小鳥は誰かを傷つけるためにあるわけではない。
だけど僕はたとえ呪われたとしても、あいつを殺してラーラを助けるって決めたんだ。