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そんなものの為に戦ったわけじゃあないのに なぁ

人が戦うのに理由をつけるとしたらなんだろう。

祖国のため
恋人のため
家族のため
民衆のため
平和のため

理由を作ろうと思えばいくらでもできるだろう。
だけど戦い続けると、いずれは何かのために戦うのではなく戦うための何か理由を見つけるようになる。
銃士のほとんどは自分が戦う理由を何かしら見つけている。だけど僕は何かのために戦うなんて、そんな大それたものは傲りだとすら思う。
愛する者のために戦うならば、それは戦場ではなく自分自身との戦いだ。
自分のために戦ってるんだよ。僕はいつでもそうだ、君を守るためなんて大それた理由じゃあない。僕は自分が壊れないためにあいつを壊すんだ。

野良猫教会の祭壇の上にエニグマはいた。
銃を片手に引っさげて現れた僕を見て、満足げに口を歪める。
「素敵な表情してるじゃねぇか。俺を殺したいって顔が言ってるぜ?」
僕は開始の合図も待たずにまず一発目をエニグマに向けて撃った。エニグマはそれを顔をそらすだけで避けると、にんまり笑う。
「せっかちな性格してやがる。まあいい、殺し愛は性急なほうが盛り上がるしな!」
エニグマは祭壇を蹴って宙に舞うと、ナイフを引き抜いて僕に躍りかかってきた。僕は避けることもせずに弾を装填すると態勢をかえられないエニグマ目掛けて発砲した。エニグマは空中で躰を捻ってそれがわき腹を掠めるだけなのを確認すると、僕の肩口を踏みつけて圧し掛かりナイフを頭上から振り下ろした。
僕はそれを首を捻るだけで避けて、エニグマの腹目掛けて膝を蹴り上げる。エニグマは腹に蹴りが入った状態で構わずナイフを横に引いた。首が切れるかと思ったけれども、床を削ったナイフはぎりぎりのところで殺傷能力を弱めたため、僕はエニグマを蹴り飛ばして間合いをとった。
「なあミッチェル、お前が戦う理由はなんだ?」
エニグマはナイフをくるくる回しながら流暢に語った。
「俺は興奮するために人を殺す、犯す、切り刻む。だけど銃士様ってのは人を守るために誰かを殺すんだろう? お前はアウィス・ラーラを守るために俺を殺すのか?」
「答える必要がどこにある」
「あるさ。聞くぜ? 今日アウィスの奴を俺が殺すと言っていて、そして同じ時間にアスセナ=カルデイロが危険な仕事に着手したとしたら、お前はどっちを助けにいくんだ?」
「答える必要がどこにある」
「てめぇのために俺は言ってるんだよ! 両手に花束、けっこうじゃねぇか。二兎追う男はどっちのウサギちゃんも失うんだよ。まあ俺はどんなウサギちゃんだろうと100人斬りだがな!」
「言いたいことはそれだけか」
弾を装填しなおす時間は十分あった。僕は今度こそ狙いがはずれないようにエニグマに構える。僕の命中率は8番隊の中ではアズッロ隊長よりも上だ。この至近距離から、照準をずらしてない状態ならばはずすはずがない。
エニグマは悠然と両腕を広げると「撃ってみろよ」と言った。
「俺を殺してアウィスを助けたって言ったらあいつは喜ぶだろうな。『ミッチェルさんが私のために戦ってくれた』ってさ。お前は結局自己満足のために戦ってるんだろ? ミッチェル。アウィスの奴に幸せな勘違いさせていい気になってる腰抜け男」
聞く必要はないと思うのに、死を恐れぬ男に僕が恐れているとでも言うのだろうか。引き金が引けない。
「あいつ何のために俺のところに来たと思ってる? 殺してもらうためだよ。もしくはお前の元に返れない躰にされるためだな。お前どう思う? お前のために死のうとしている女だぞ。そして俺はそんな奴の自殺の道具に選ばれたわけだ。なんという僥倖! クソッタレだ、虫唾が走る! そんなもののために戦ってたわけじゃあないのにな!」
エニグマは怒り心頭といった具合に怒鳴った。
「そんなもののために戦ったわけじゃあねぇんだよ。てめぇが心底ムカついたんだよ。お前の優しさがあいつを傷つけてるってこと知らせててめぇが傷つけばいいと思ったんだ。さあ殺せよ、そして俺の屍を越えて女に会いに行けばいい。あいつのこと迎えに行けるほどお前が愛してるならな!」
僕は、銃を持つ手が震えた。いつまでも撃てなかった。
撃てない僕を見て、エニグマは心底がっかりしたように舌打ちをした。
「俺は命すら賭けられるのに、てめぇは引き金引くのにも理由がいるのかよ。ムカツクいたから殺したで十分だろ、銃士様」
エニグマは興が殺がれたとばかりに教会から出て行った。扉を閉める間際に、「懺悔室だ」と一言言って去って行く。
僕は懺悔室の前に立ち止まったまま、彼女を迎えに行く資格が自分にあるのかを質問した。
そんなもののために戦ったわけじゃあないだろ、ミッチェル。