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あいのおわりなどないのです

僕は結局、その扉を開ける決意をした。
ラーラは懺悔室の中で、びりびりに破れた服の前を閉じることもしないまま膝を抱えて座っていた。
「ええとラーラ……大丈夫だった?」
「うん。大丈夫だったよ」
嘘つきだな。全然大丈夫なんかじゃあないんだろうに。
「ラーラ、家に帰ろう」
「いっしょに帰ってもいいの? ミッチェルさん。私は君にとって邪魔ではない? 人間は相手を傷つけないためにやさしくなろうとする生き物なんでしょう? 私は君の足枷にはなりたくない」
「邪魔だなんて……思ってないよ」
「でも知ってるよ。ミッチェルさんはアスセナが大好きなこと。私がいるとアスセナと仲が悪くなるんでしょう? ごめんね、アスセナの姿なんかしていてごめん。大丈夫、もう君には近づかないから」
「違うんだ、ラーラ」
「もう私のために責任感じたりする必要ないんだよ。だって人を好きになるっていうのは、辛いけれども幸せなことだってミッチェルさんが教えてくれたから、だから私は幸せなんだもの」
僕は何を言うべきか迷い、そして唇を噛んだ。
「僕は君のことを大切にしているよ」
「本当?」
「世界で二番目に好きだよ。君って子は、アスセナに姿はそっくりなのに、無邪気で、子供っぽくて、食いしんぼで、だけどたまに本当僕を驚かせるようなことを言ったりしてさ……妹みたいにかわいい」
ラーラはその言葉ににっこり笑った。
「私ね、どこでミッチェルさんを見かけたか知ってる?」
「ううん、知らない」
「私が太陽の都の近くで、竜を捕まえて鍋にしようとしていたとき」
「鍋?」
いきなりズレたことを言い始めるラーラに僕は怪訝な顔をした。
「そのとき、ミッチェルさんは私にスープの素をくれたの。『竜鍋に使うといいよ』って」
「それいつの話?」
僕は本当に覚えていなかったから変な声を出してしまった。
「五年前…? それでね、ずっとずっとそのスープの素を掴んでたら、いつしか溶けてべたべたになっちゃったんだけど、今もとっておいてある」
「当たり前だよ。捨てなよ」
「アスセナのくれたタオルいまだに捨ててない人に言われたくないなあ」
ラーラは笑いながら言った。
「それでねそれでね、私はずっとどうすればミッチェルさんに近づけるか考えていたの。そしたら君がいつも女の人を見ているのに気づいて、だから私はアスセナの姿をコピーした。エニグマさんと会ったのもその頃だったかなあ……あいつ変な奴でしょ。口開くと殺すか犯すしか言わないような」
「ああ、たしかに変な奴だった。ラーラみたいな友好的な認識じゃあないけど」
「色々ね、考えていたんだ。ミッチェルさんと仲良くなったら手を繋いで、いっしょに太陽の都を歩いて、花火を見て、ごはんいっしょに食べて、そういうこと色々! アスセナの姿になってから色々あったよね。私はとても幸せだった」
「ラーラ……」
僕は話を聞いていて、耐え切れなくて聞いた。
「どうして、僕のことそんなに好きなの? だって僕は……本当どうしようもない男だよ」
まあエニグマよりはましかもなとは思わなくもないけれども。ラーラは不思議そうに首をかしげた。
「私は人を好きになるときに理由なんて探さない。細かく理由はつけられるかもしれないよね、でもそれは全部あとから付随してくるもので、第一印象は『あ、いいな』それでいいじゃない」
ラーラはたまに確信を突く。僕がアスセナを好きなのも理由はあとから色々つけたけど、第一印象で好きになったからだ。
ラーラは「それに……」と言った。
「愛に終わりなんてないんだよ? ミッチェルさん。私に愛をくれた人がいて、私が愛した人がいて、ミッチェルさんがアスセナを愛して、アスセナが誰かを愛して、そういうふうにどんどん続いていくんだ。だから私は、ミッチェルさんが好きって気持ちに嘘はつかない」
ラーラは「でももうミッチェルさんのところに付きまとったりしないよ」と言った。
「愛に終わりはないけれども、恋愛には終わりがくるものだ。アスセナをものにするんだミッチェルさん、私は君を応援している。だからさようなら、ミッチェルさん」
「ラーラ、」
「エイフワズ イーサ ラグズ エフワズ エイフワズ」
ラーラは早口にイーリスオーブを唱えてルーン文字を切った。僕の手は、ラーラを抱きしめようとして宙を掴んだだけだった。銀色の粒子がちらちらと僕の手からこぼれる。
「いっちゃった……」
さようなら。僕の可愛いアウィス・ラーラ。
君の言うとおり、恋愛に終わりはあるものだ。だけど愛には終わりはない。
僕はアスセナに恋をしただけで終わるのか、それとも愛の連鎖がそこにあるのかはわからない。
だけれどもラーラ、僕は君の愛をたしかに感じていたんだ。だから、とても幸せだった。とても幸せだったんだよ。

あいにおわりなどないのです
ぼくの君をすきという気持ちにも おわりなどないのです

(第三章 了)