小説 About Me Links Index

いつだって 英雄は奇跡を信じる民衆の欲と傲慢の押し付けにすぎない

空が近くなったと感じたのはいつ頃からだろう。それどころか空気も薄くなってきたと感じる。
それは別に僕にとって特別な感覚ではなく、セレスティアに住んでいる人間ならばみんなが感じていることだろう。
「また高度高くなったんじゃあないの?」
隣からアスセナがそう言った。
「やっぱりそう感じる?」
「このままどこまで上がっていくんだろうね。天使のいる天上界までいっちゃったりして」
アスセナはにっこり僕に笑いかけてきた。アウィス・ラーラがいなくなってからアスセナは少しだけ僕に優しい。
別にアスセナが邪魔扱いしたからラーラがいなくなったわけじゃあない、エニグマが言ったとおり、僕がラーラもアスセナも選ばぬままぐだぐだしていたから、ラーラが先に踏ん切りをつけた、それだけだっていうのに。
「今日、セレスティアルパレスの警備だよね?」
「なんかお偉いさんたちがいっぱいくるみたいだね」
僕とアスセナは太陽の都の中心にある、セレスティアルパレスを目指しながら歩いた。普段ならば一番隊が管轄のセレスティアルパレスだが、今日はお偉いさんがたくさんくるとのことなので、八番隊の僕と三番隊のアスセナもいっしょに行くことになったのだ。
「命中率のいい人ばかり、今回選抜されたよね」
「アズッロ隊長が選抜されなかったのがびっくりだよ。あの人結局軍人として中に潜入しちゃったし、余っ程悔しかったんだろうな」
「アズッロ隊長でも悔しいとか思うことあるの?」
「『ピサロくんみたいな平銃士に負ける日がくるとは』だってさ。警備の仕事なんてどうしてしたがるんだか」
日は傾いて、硝子ばりのセレスティアルパレスがオレンジ色の輝いていた。青空を映したセレスティアルパレスもきれいだけれども、この夕刻のセレスティアルパレスの美しさはまた別物だな。
僕たちは銃士隊の証明書を見せてから城の中に入った。
アスセナは塔の上から、僕はセレスタイン核に繋がる道の警備。こんな道の警備なんてしてどうするっていうんだろう、誰もこんなところに用事なんてないだろうに。

晩餐会の笑い声がホールから聞こえる。僕は欠伸を噛み殺して、空腹の自分のおなかを撫でた。さっき非常食用のビスケットは食べてしまったから家に帰るまでは何も食べられない。
トラ族の作るラーメンが食べたい。僕は今最高にラーメンが恋しいぞ。そんなことを考えながら窓の外をふいに見てみた。
「!?」
僕の視線は窓の向こうに釘付けだ。だってそこにはラーラが渡り橋にいるのが映っていたのだから。
「ラーラ!」
あいつ、こんな日にセレスティアルパレスの前をうろちょろしたら、不審者扱いされてつかまるぞ。僕は慌ててそちらのほうに走っていった。
しかし渡り橋付近にくると、ラーラの姿はどこにもなかった。
あれ? おかしいな……たしかにいたと思ったのだけれども。僕は頭を掻きながら持ち場へ戻った。
それからは晩餐会の終わりを知らされ、僕も家に帰っていいと言われた。
真夜中でもラーメン屋を営むおばちゃんの店に行って、ラーメンを腹いっぱいおさめたら家に帰ってシャワーを浴びて眠った。
本当に、それだけだったのだ。

「ミッチェル! ミッチェル!」
ガンガンと扉を叩く音とアスセナの声で目が覚めた。
「どうしたの? アスセナ」
扉を開けると、アスセナの後ろにアズッロ隊長がいた。顔は普段以上にしかめっ面で、僕を見たと同時に思い切り顔を殴り飛ばしてきた。
「馬鹿ピサロ!」
「いきなり殴らないで口で言ったらどうなんですか!? 隊長っ」
アスセナが隣からアズッロ隊長を諌めている。アズッロ隊長は僕の胸倉を掴むと言った。
「お前、警備中はトイレに行きたくても酒が飲みたくても絶対に持ち場を離れるなって言ってあったよな? どこへ行きやがった、どこであぶら売ってたんだ!?」
「ちょ、ちょっとだけ知り合いがいたような気がして一瞬だけ……ごめんなさい」
アズッロ隊長は本気で怒ると本当に怖い。がたがた震えつつ謝る僕にアズッロ隊長は溜飲が下がったようで、胸倉を離してくれた。
「セレスティア大陸が今、セーナフィーリ聖王国のほうに向かっている」
「……? なんのことですか?」
「お前がいない間にセレスタインの核に変なプログラムかけて、パスワードを変えやがった奴がいるんだよっ」
アズッロ隊長は怒鳴ってから最後にこう言った。
「このままじゃあ、セーナフィーリにぶつかって……セレスティアもセーナフィーリも大災害だ」
神様。僕の不注意がこんな大惨事を招くなんて誰が考えるでしょうか。