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いつだって僕を魅了する花のように星のように歌のように月のように瞬きのように美し  き

アスセナは愛銃クロウディアを持つと僕の手を引いて早足で月の都の階段を下りた。
バー・オーヴァフロゥの扉に手を開けて勢いよくあけると、つかつかと腐りかけた床の上を歩いて、中に入っていく。僕はこんな場末のバーなんかに来たことがそもそもない。アスセナは大丈夫なのだろうか。
「エニグマに会いたいんだけれども」
「はあ? 銃士隊のお姉ちゃんは家帰って寝――」
アスセナは銃を一発天井にぶっ放して、そしてもう一度店主に言った。
「客に穴開くより店に穴開くほうが困るでしょ? 店主さん」
アスセナさん、怖すぎです。
威圧的なアスセナに反抗心を持った店主は何も言わなくなったし、店内の空気も険悪になった。お願いして聞く連中でもないけれども、脅してなんとかなる連中でもないんだよなあ。
「ちょっと、ミッチェル。あなたもどうにかしてエニグマの居場所聞きだしなさいよ」
「はあ……すみませんが、エニグマの居場所を教えていただけませんか?」
「そんな低姿勢でどうする!?」
アスセナさんに怒鳴られました。急を要する事態だってのはわかっているけれども、だからって威圧的に出てなんとかなるとも限らないし……。
「そうだ。アウィス・ラーラは最近ここに来ましたか?」
「ラーラの話をここで聞くつもり?」
「エニグマの情報を教えられないなら彼女の情報を教えてください」
「あーうるせー……」
声は突然上の階から聞こえた。古びた階段をぎしぎしといわせながら、見覚えのあるツンツン頭が降りてくる。エニグマだ。
「ヒス女にヘタレ銃士じゃねぇか。なんの用だよ?」
「ヒス……」
「ヒスだろ?」
エニグマの口の悪さは今に始まったことではないからそっちは放置するとして、どうやらアスセナが騒いだのと僕のラーラ馬鹿を発揮したのに呆れたエニグマがあっちから出てきてくれたみたいだった。
「ちょっとやばいことがあって、お前の部屋で話聞かせてほしいんだけど」
「何? 俺が部屋に入れるのは女だけだよ。それともタマついてないのか、ミッチェル」
「ついてるってば……」
なんとなく嫌な気持ちになって反論する。アスセナが「私が行こうか?」と僕にアイコンタクトをしてきたけれども、僕の問題でなったことをアスセナにばかり押し付けてはいられない。
「やっぱタマついてないから、部屋入れて」
エニグマが少しがくりと肩を落としてから部屋の中に僕とアスセナを入れてくれた。
「んで? 何について聞きたいんだ?」
「ここ数日、不審なことについて話している奴はいなかった?」
「ここ数日どころか、ここはいつだって怪しい奴らのたまり場だろうがよ。どんな情報か選別しろよ、アスセナ=カルデイロ」
アスセナは困ったように僕のほうを見る。いちおう非常事態については口外にしてはいけないことになっているし、どう説明しようかと考えていたら、エニグマがアスセナを部屋の外に摘まみ出した。
「ちょっと、何すんのよ!?」
「いや、タマなし野郎の味見を……」
「味見!? ミッチェル、ちょっとそいつ変態だから逃げな、あっ!」
がちゃん、と扉が閉まる。味見? 味見ってあれですよね、やっぱりエニグマが味見するって言ったら食うってことですよね。
「アスセナは追い出したぞ。これでお前が何しゃべったか知ってる奴は誰もいない」
エニグマは僕とサシで話をしてくれるつもりらしい。僕はつい昨日あった出来事について話した。エニグマは困ったようにため息をつくと、がしがしと頭を掻いて、そして言った。
「ジェイドって男が怪しい」
「ジェイド?」
「黒百合騎士団の制服着ていた。なんかここらへん一帯を嗅ぎまわっていやがってさ、セーナフィーリの百合騎士がどうして月の都なんかに用があるんだかって思っていたけれども、百合騎士の奴ならお偉いさんに混じって中に入ることができるし、そして消えた痕跡を考えてもけっこう妥当な線だろ?」
「なる程……」
「ったく、お前は本当へたれた銃士だよな。そんなんじゃあアスセナにも逃げられるぞ」
エニグマは扉を開けると僕を外に追い出した。
「タマはついてた」
心底がっかりしたようにアスセナにそう呟くと、がちゃんと扉を閉めた。
「どうだった?」
「どうだったって?」
「何か情報は聞き出せたの?」
「まあセクハラ受けた分以上の情報は。だけど今からジェイドって奴を探すのは無理がある」
「じゃあどうするっていうの?」
「頭のいい人探すしかないんじゃあないかな。古代文字にすこぶる詳しいよう……な……」
「詳しいって? 魔族でも古くからいる魔族でないとパスワードの解読なんてできないわよ」
アスセナがそう言いかけて、僕と同じ答えに結びついた。
「「アウィス・ラーラ!」」
そうだよ。ラーラはドッペル・ゲンガー、古代魔族じゃあないか。あの子ならきっと解ける。