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03

「魔王領の外交官殿ですか?」
  ふと気づけば、近くに人間の男が立っていた。
「たしかえーと、ニタさん」
「私の名前を心得ていらっしゃるということはあなたはセーナフィーリの……」
「はい。セーナフィーリ聖王国の使者、クレイグ=レオンハートです」
  男はにっこり笑って手を差し伸ばしてきた。
「よろしくお願いします」
  ニタは手を握るのを少しだけ躊躇した。人間はばい菌を持っているかもしれない。しかしそんなことを言っていたら、この先どうやって人間界で暮らしていけばよいのかわからなかったので、とりあえず握手をした。

 馬車に乗ってセーナフィーリ領まで移動する間、ニタはクレイグから貰ったセーナフィーリ聖王国の資料に目を通した。
  世界の秩序を支える二本の世界樹のうちの一本がセーナフィーリにある。しかもセーナフィーリの住人たちは、その大木の洞(うろ)の中で生活しているのだ。世界樹の幹の中には空洞がたくさんあり、天然の迷路みたいになっている。その中に城も街もスラムもあるのだ。
「ニタさん、人間界の印象はどうですか?」
  資料に目を通していたら、クレイグが隣からそう聞いてきた。
「まだこちらに出向いて半日も立っていないのに、印象だけで判断はしかねます」
「いやそういうことじゃあなくて……綺麗だなーとか、自然が豊かだなーとか、思いませんか?」
「まったく」
「そうですか」
  クレイグががっかりしたようにうな垂れた。
「あの、ニタさんっていくつなんですか? 魔族ってことは若いようでやっぱり年とってるんですよね」
「今年で21歳です。魔族で言えば赤子のようなものですね」
「はあ。じゃあ僕より年下なんだ。大人っぽいからめちゃくちゃ年上だと思った」
  本当に自分は大人っぽいのだろうか。何をもってして大人っぽいと決め付けたのだろう。難解な言葉を使えば大人になれるのだとしたら、魔界の魔族たちは全員大人だ。
「資料にはいちおう目を通しました。セーナフィーリで私は何をすればよいのでしょうか?」
「ニタさんは魔界の代表者ですので、国交パーティーへの参加や魔族と人間間の問題の調停などが基本です。基本的に僕がサポートしますので問題ありません」
  ニタはちらりとクレイグを見た。短い黒髪に、犬のようなつぶらな瞳。魔界育ちの自分から見れば、とうてい綺麗な顔とは言いがたいが、普通に好印象な外見をしているかもしれない。きっとこっちのほうが自分より外交上手なのだろうなと思った。
「住むところは大使館に用意させています」
「大使館には図書室と研究室はありますか?」
「は?」
「私は学者だったんです。ありますか?」
「ちょっと歩いたところに国立図書館ならば」
「わかりました」
  言葉少にそう言うと、ニタは窓の外を静かに見た。魔界のゲートが遠く過ぎ去っていった。