セーナフィーリに着くとすぐにセーナフィーリの国王、レーシアスと謁見するように言われた。
ニタは外交官用の服に着替えると、謁見の間の床に静かに膝を着いた。
人間ごときに跪かねばならぬとは、どういうことだろう。そんな理不尽な怒りすらあった。
「顔をあげたまえ」
空間をぴりりと震え上がらせるような、威厳に満ちた声に顔をあげる。
レーシアスは若い男だった。といっても、30代に入るくらいであろう年齢だ。
「遠方よりはるばる、大儀であった」
「もったいないお言葉で御座います」
「魔界とは随分違うことも多い人間界だ。まずはこちらの生活に慣れるように」
「心得ました」
「何かそなたから進言したいことはあるか?」
「特にはございません」
「では、下がってよい」
簡単な謁見が終わり、部屋に戻ることを許されたニタは、荷解きをすると普段着に着替えなおした。普段着、といっても、ニタの普段着はシンプルなドレスなので、一般人から見たら普段着には見えないかもしれない。
「外遊に行きますゆえ、お留守をお願いしてもよろしいですか?」
クレイグにそう聞くと、彼は快く留守を任されてくれた。
あまり長時間歩くのには慣れていないニタだが、街を少し歩いてみた。露天や馬車、道を行き交う様々な種族、子供の笑い声。少し騒がしいな、と感じて表の道からはずれたところを歩いた。そこには公園が広がっており、その奥にこじんまりとした林があった。
林の中に入ると、緑色の木漏れ日がシャワーのように降り注ぎ、それが心地よいと感じた。
木の中に林があるという状態が面白い。
「お散歩デスカ? お嬢サン」
後ろから声をかけられて、振り向く。
そこには男がひとり立っていた。黒髪に紫の目、もう一方の目は乱暴に巻かれた包帯で隠れている。腰にバスタードソードを差しているところをみると、賞金稼ぎか冒険者あたりだろうと思った。あまり素行のよろしそうな外見ではなかった。
「散策の途中です。あなたもそうですか?」
「どう見えますか? 俺は今日寝る場所を探しているだけ」
「野宿するつもりですか? こんな寒い時期に」
「ふかふかのベッドであんたくらい綺麗なオネエチャンを抱いて眠れたらさぞかしイイ睡眠がとれるだろうけどネ」
男は口の端のみを吊り上げて笑った。少し片言な口調で、妖しげに目を光らせて。
「あんた、名前なんてーの?」
「ニタと申します。あなたのお名前を窺っても?」
「ドーゾ。減るもんじゃあないしネ。ヨータ=グリュウっていうんだ」
ヨータはへらへらと笑いながらニタに近づいてきた。
「ニタさん、あんたお嬢サマ? オニイサンに簡単に名乗っちゃうなんて」
「箱入り娘だとしたらどうします? 捕まえて身代金でも要求しますか?」
「捕まえてアレコレするのは楽しそうだけれども……?」
口の減らない男だな、と思ってニタはくすっと笑った。
「あなたはきっと悪い人ですね」
「そう見えますか?」
「いい男って意味です。そして綺麗な紫の目」
「ああ、コレ? 右目負傷しちゃって、ちょっぴりグチュグチュして痛いんデス」
「喧嘩でもしたんですか?」
「しましたねえ。俺ヤンチャ盛りだし」
ヨータはにやりと笑って、もう一歩踏み出した。顔と顔が接近して、もう一歩のところでぶつかるのではないかという至近距離で、彼は言う。
「俺って怖いヒトに見える?」
「怖い仕事はしてそうです。だけどあなたが怖いと聞かれたら、どうかしら」
「勇敢で怖いもの知らずなお嬢サン、とっても気に入ったよ。長生きしてくださいネ」
唇と、唇が触れた。短い口付けが終わったあと、ヨータはへらへらと笑いながら林の向こうへと姿を消していった。
結局あの男は何がしたかったのだろう。少し不可解だったが、人と人が話すのにいちいち理由を見つけることのほうが難しいのかっもしれない。
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