それからしばらく、セーナフィーリの資料を読む日々が続いた。
人間界の外交の様子や人間の使う魔法――ワードワードのシステム、国の歴史、などなどだ。
魔界にも資料があってひととおり目は通したが、やはり人間界のことは人間界のほうが詳しく書いてある資料が多かった。
「ニタさん、言われた資料持ってきました」
クレイグがよたよたと重い紙束を持って部屋に入ってきた。
机の上にどん、と置くと紙束の埃が宙に舞った。
「古い資料なんですね」
「ええ。セーナフィーリは魔界と同じくらい歴史のある国ですので」
そんなに歴史があるのか。そういえばシルヴンディア領の魔王が現在のオルキスではなく、24英雄のひとり、魔王セティアスだった頃からセーナフィーリは存在するのだ。
読んでも読んでも資料は終わらない。まあそれくらいでないと退屈で死んでしまうのではないかと思うが、これでは自分は何の学者だったのか忘れてしまいそうだ。
ニタは数秘術とフェイトプレイトの研究を主にやっていた。魔界にある資料は難解な数の理論はあるが、実際にフェイトプレイトを使って占う人間は誰もいない。魔族は神頼みな占いよりも知識に頼りがちだ。もちろんそれはニタも例外ではなく、彼女は神秘学の視点から占いを解析し、のちのちは未来すら掌握できるようになるシステムを開発しようというもくろみをしていた。非常に野心家なのだ。外交の仕事の合間にもフェイトプレイトの研究は進めなければならない。
「クレイグさん、」
「はい!」
まだ仕事を言い付かるのかと背筋を伸ばしたクレイグに、ニタは言った。
「腕のよい占い師を知りませんか?」
「占い師、ですか?」
クレイグは首をひねる。
「占いって女の子の好きな占いですよね? ニタさんもそういうのが好きなんですか?」
「違います」
「怒らないでください。すみません」
別に怒ったつもりはなかったが、語調が強かったらしくクレイグがびくっとした。
「同僚の女の子に聞いてみます。ひとりくらいいい占い師がいるかもしれないですし」
部屋を出て行ったクレイグを見送ってニタはため息をついた。
何かひと悶着ありそうな気がした。
「ええと、女の子たちって占い大好きなんですね。いろんな占い師を教えてもらいました」
メモをとってきたクレイグが苦笑いしながらひとりひとり名前を呼び上げていった。
「フェイトプレイトの理論まで知ってらっしゃる占い師はどれくらいいるのでしょう?」
「さあ。フェイトプレイトについては解明されてない課題が山積みらしいですから」
「それを研究するのが私の仕事です」
「そうだったんですか。ええと……ひとりだけ知ってそうな人が」
「誰ですか?」
「でもこの人やめておいたほうがいいんじゃあないかなあ……そのう、ザインに住んでるんですよ」
ザインというのは、セーナフィーリの一番根の部分にあるスラム街のことだ。非常に治安が悪く、マフィアもいると聞く。
「ザイン在住のジャック=リオーネという男がとても腕のいい占い師だそうです。なんでもセーナフィーリの重職の人間も政治の微妙な采配を決めるときに利用しているとか、なんとか……噂ですけど」
「ありがとうございます」
「でも僕はザインには行かないほうがいいと思うけどなあ」
ニタに睨みつけられてクレイグは黙り込む。
ジャック=リオーネ、と名前を胸に刻んだ。
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