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06

 ザインという街を歩くときにどんな格好をしていればいいのかということをニタは知っていなかった。
  普段のドレス姿で歩いているとおんぼろの服を纏った物乞いがこちらを見てきたので、銀貨を皿に落とす。その皿めがけて近くにいた物乞いたちが群がった。呆気にとられていると背後からケープを引っ張られ、振り返った。
「なあお嬢さん、俺にも金をおくれよ」
  歯の零れ落ちた不恰好な顔で笑い手を差し出す男。それに続けてあちこちから手が差し伸ばされた。このままでは有り金全部どころか自分の体も切り売りされそうな気がしたニタは空間転移の魔術を刻もうとした。しかしその腕を掴まれ、思うようにルーン文字が書けない。
「なあ、助けてくれよ」
「お金をおくれよ」
  その瞬間である。自分のケープに手を突っ込んで、財布を取り上げる手があった。
  財布の中身を勢いよく床にぶちまけたそいつは、それと同時にニタの手を引っ張って走り出す。後方のほうで金に群がる物乞いたちの姿があった。

 随分走ったところで、自分の手を引っ張った男が誰なのかを確認した。
  黒いレザーコートに白いシャツ、紫の隻眼の男には見覚えがあった。
「ニタさん死にたいの? あんなところで銀貨なんて出して」
  ヨータはそう呟いた。ひらり、と手を差し出す。
「お礼、なんかちょうだいよ。命助けたでしょ?」
「でも、お財布はあそこで……」
  言いかけてヨータに睨まれて黙った。
「命を助けてもらったのに何もくれねぇの? なんか金になるもんくらいあるだろ、箱入り娘サン。ねぇなら売り飛ばすぞ? 薬ヅケにしてDEADにでも」
「DEAD?」
「ザインのマフィアだよ。HEAVENとDEAD。ふたつある」
  そんなことも知らないのかと言いたげな顔だった。
  ニタは仕方なく自分の首についていたネックレスをはずしてヨータに渡した。おそらく銀貨二枚くらいの価値にはなるだろう。
「そんで、どこ行きたかったんだよ?」
「ジャック=リオーネって人のところです」
「ジャック……リオーネ?」
  知らない、とヨータは首をひねった。
「俺の知り合いにはいねぇな。リュウヤなら知ってるかもしれないけれども」
「リュウヤ?」
「アパレルデザイナーだよ。店は地上にあるけど、自宅はザインだ」
  ヨータはニタの手を引きながら説明した。てのひらにはすごい握力がこめられており、少し手が痛かったが、文句を言わずについていく。
「その人、信用なる人ですか?」
「ァ? 俺のオトモダチです。成金なのはニタさんといっしょでちょっとヤな奴だけど、イイ性格してるぜ」
「いい方なんですね?」
「ニタさん、性格イイって言葉はほめ言葉じゃあアリマセン」
  ヨータは説明しながら入り組んだ根っこの街を歩き、そしてひとつの家の前で足を止めた。
「ここが俺のオトモダチの家です」