「それ、どこの猫ちゃん?」
リュウヤという男は魔族だった。黒髪にルミナス色の瞳という人間らしからぬ目の色でそれはわかった。デザイナーと聞いていたが、なるほど、あまり見ない雰囲気の服を着ていた。
彼はニタを見下ろして、頭を撫でるとにっこり笑った。
「ヨータに何かいたずらされた?」
「いえ、まだ……」
「まだってナンデスカ。まだ何もしてませんヨ」
ヨータが不本意そうに呟く。リュウヤはくすくすと笑いながら部屋の奥へと通してくれた。
部屋にはところ狭しと服がいっぱい並べてあり、奥の部屋には布やらミシンやらがあった。
「捨て猫拾ってくるなんてヨータもまだまだ子供だなあ」
「ァ? 違いますヨ? ニタさんが誰か探しているみたいで協力してるだけだっての。ジャック=リオーネってヒト知ってる?」
「ジャック=リオーネ……顧客リストにいたかなあ」
リュウヤは棚から顧客リストを取り出してぺらりぺらりと見はじめた。
ヨータは勝手にコーヒーをいれてニタに差し出す。それを飲んでいると、リュウヤが「あった」と言った。
「ザインのけっこう奥にある住所だね。ヨータ、案内してあげてくれる?」
「このオネエサンが何か報酬くれるならネ」
「何がほしいんですか? お金はありませんけど、私に出来ることならば……」
「ナンデモスルとか魅力的なこと言っちゃダメですヨ? 俺そういうこと言われるとイケナイことしかしないから」
別に体を明け渡すくらいのこと、なんでもないとニタは考えた。だけどわざわざ言って誘う必要もない。
リュウヤはくすくすと笑って、ニタを奥のほうに引っ張っていった。
「服のモデル、やってくれる?」
「え?」
「ニタさん美人だから似合う服着てもらって、写真とろうかなと」
「やめとけよニタさん。そいつ服フェチだぜ? 俺にも何かにつけて服着せてニヤニヤしてるもん。写真なんて撮らせたら影でその写真相手に何やるかわかんねぇよ」
「ヨータも写真撮る?」
リュウヤがにっこりと笑ってヨータにカメラを向けた。慌ててヨータが物陰に隠れる。
「俺、不意打ちで写真撮られるの嫌。変な顔で写るから」
「ヨータの寝顔ってかわいいんだよ。それ写真に撮って以来写真とらせてくんないの。ケチだよね」
「てめぇが悪いんですヨ。リュウヤ」
目の前で軽口を叩き合うふたりに呆気にとられていると、リュウヤがマネキンの着ている服をニタに見せた。
「この、ロイヤルブルーのドレス着て」
「これですか?」
それは白いペチコートが何層にも重ねられており、トーションレースがふんだんにあしらわれた豪奢なドレスだった。おそらく魔王オーキッドあたりが好きそうなデザインである。
「さあ、着替えて」
ニタは背中の留め具をはずすと、その場で着替え始めた。ベビードールとショーツだけの姿でビスチェを締め上げてその上から服を着る。リュウヤのにこにこした視線とヨータのにやにやした視線を感じた。
着替え終わるとリュウヤはニタの髪の毛を軽くセットして、ソファの上に座るように命じた。
ニタの沓を脱がせて素足にすると、その足に濃紺のリボンを絡めて、そしてドレスの形を整えるとリュウヤはカメラを構えた。
「ニタさーん、すっごく気だるそうな表情して」
普通笑ってという場面でリュウヤはそう言ったので、どうしようか迷った。結局、人間界に行かなくてはいけないと決まったときの不本意さを思い出して表情にしたらそれが決まったようだった。フラッシュが光る。
「よし、綺麗に撮れた。脱いでいいよ」
服を着替え終わると、リュウヤはヨータに金を払った。
「彼女のアルバイト代、お前に払うから、ジャックの元に連れて行ってやってくれ」
「へいへい」
ヨータはやる気のない返事をしてからブーツの皮ひもを締めた。
「ニタさん、行くよ」
|