「ジミー、あんたいい加減にしなさいよ?」
  変な夢を見て、シャルアンティレーゼと別れた日の夜、帰宅したジミーを待っていたのはアメリーのお説教だった。
「あなた長いことうちに帰ってこなかったわね。人間界で遊ぶのも大概にしておきなさいよ?」
  アメリーは炎のように赤く長い髪を掻きあげ、不機嫌そうに苦情を言った。彼女は今日もずっと執務に追われていたように見えた。
「かれこれ十二時間てところでしょう。いちいち小うるさくなりましたね」
「あら〜? 三百年帰ってこなかった弟にこれだけしかお叱りの言葉を言わないわたくしは天使のような悪魔だと思うのだけど」
  アメリーの言葉とは裏腹に、彼女の周りの温度はみるみるうちに下がっていくような気がした。不機嫌そのものだ。
  それにしても、今なんと言ったのだろう。
  三百年? 三百年も魔界に帰ってきていないと言うのか。
「まるで無駄な大学生活を送ったドラ息子がママンに『学校で何を学んできたの!?』って言われてるみたいな顔してる」
「三百年帰って来なかった? ええと、今俺はいくつなんですか?」
「さあねえ。400歳近いんじゃない? お姉ちゃんはここ最近あんたの顔を見てなかったから、あんたの年齢なんて忘れちゃったわ」
「自分の元の年齢の四倍近くになるまで人間界に?」
「ふふふ。眠り姫も竜宮から帰った漁夫もきっと同じようなことを言ったのでしょうね」
  姉は愉快そうに顔を歪めた。
  ジミーが困惑しているのが相当面白いらしい。
  めまいがした気がして、半歩だけよろめく。
「それで? あの頃あんたが好きだったあの子以外の誰と遊んでたのかしら?」
「いえ、彼女は生きてますよ。隣にさっきまでいました」
「でかしたわよジミー! お前、あの子から老いを奪ったのね? 美しい魂と体を食ったのね。さすがは悪魔のはしくれだわ。褒めてあげる」
「違います。ああもう、なんか記憶が混濁している」
「どうしたの? ジミー。お姉ちゃんはジミーがシャルアンティレーゼに背後から殴られて記憶喪失になったとしてもノータッチよ」
「そんなことを彼女はしません」
  ピシャリとそこだけ断りを入れて、ジミーはどうしてこうなったのかを思い出そうとした。
  たしか……たしかずっと昔、夢を見る前にシャルアンティレーゼと約束をしたはずだ。
  何を約束したかは思い出せないが、それがこの四百年も寝ていた理由と、シャルアンティレーゼが老いていない理由に関係があるのだろう。
「ああ、それにしても白い魔女に恋をするなんて本当にお前は本当に悪魔なの?」
「黒魔術は好きになれない」
「いいのよ。もうお前が悪魔の落ちこぼれであることにお姉ちゃんはノータッチですから」
「姉上はいつだってノータッチですよ」
「まあ。この子ったら、このアメリーがどのくらいあなたが帰ってこなかったことを心配しているのか知らないのね。どこのオカマバーでぼったくられてたのか心配だったのよ」
「何故俺がオカマバーに行くんですか。まったくもう」
  姉は三百年も帰って来なかった弟に気さくに接してくれた。
  そして執務に戻る際、忘れてたかのようにジミーをぎゅっとハグして
「おかえりなさい」と言ってくれた。
  こんな時、悪魔や天使や、人間にとって家族とは同じようなものなのだと感じる。
  帰る場所があるのかどうかで随分違う。
  自分の居場所があるかどうかで随分違う。
  ジミーは魔界の中では変わり者だし、友達もあまりいない。
  そんなジミーにとって家族があたたかいというのはこの上ない僥倖だった。

 

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