「神よ、何故知ってはいけないことを私に教えてしまったのですか」
悩ましげに図書館の机に突っ伏して呟くジミーの悩みは誰にも届かない。
あれを手に入れなきゃ、あれを手に入れなきゃ、あれを手に入れなきゃ……。
「あれを手に入れなきゃ……」
「何を手にいれるんだ? カボチャ」
聞こえた声は芯のある女の声。
ジミーは幾度となく夜になるたび対戦していたその女のほうを振り向く。
「よぉう、凶暴な掃除婦さん」
凶暴な掃除婦。もとい、おそらく女軍人か何かで、ここに潜入調査しているとしか思えないような正確な動きでジミーのカボチャを脳天ごと叩き割る女、アシュレイは腕を組んで眉をひそめていた。
「また悪さしようってんじゃないだろうな?」
「俺がアシュレイ姉さんが何か壊すんじゃないか心配なくらいだよ」
軽口を叩くも、ジミーは元気がなく、すぐにため息をついた。
「ああああああああ」
頭を抱えるジミー。恨めしいくらい口に残る、あの甘美なソース。
「どうしたんだよ。悩み事なら、お姉さんが聞いてやろうか?」
「あんた、ヴェルディと友だちだよな?」
アシュレイの気配がぴたっと動きを止めた気がした。
「あんた……まさかヴェルディに惚れたんじゃないだろうね?」
「は?」
ジミーは顔を上げて馬鹿馬鹿しい問いをしたアシュレイを見上げる。
「あいつに? なんで?」
「いや、聞き返されるとこっちも答えづらいけれど」
「俺が惚れたのは、あいつのソースだ」
「ソース?」
アシュレイが顔を歪める。
「アシュレイ姉さんが休みの日を調べて、ここぞとばかりにカボチャをかぶり暴れに出た夜のことだ」
「そんなしょうもない事してるのか、お前」
「俺はたまたま仕事あがりのヴェルディを襲った。あいつはひょろひょろの弱っちい奴だったから勝てると思った」
「弱い者を狙うとは腑抜けな」
「あいつを押し倒して馬乗りになって刺そうとしたときだ。あいつの口には、ブルーベリーソースがついていた。あまりに美味しそうだったから指ですくって舐めたら、めっちゃうまかった」
「おい、お前けっこういいところのボンボンだろ。なんでそんな卑しん坊するんだよ」
「あのブルーベリーソースのレシピを知るまでは、ヴェルディを殺せなくなっちまった。おお、神よ……」
「大げさな」
アシュレイは呆れたように呟くと、机に腰掛けて、ジミーを見下ろしてきた。
「一度、ヴェルディにレシピ見せてもらえよ。案外簡単かもしれないし」
「シェフがレシピを見せるわけないだろ」
「あいつ抜けてるから案外見せるかもしれないぞ」
「どうだか……」
訝しむようにそう呟く。
アシュレイは思い出したようにふと、こう言った。
「そういや、お前がこの前くれたジャムクッキーも美味しかったな」
「いちごとマーマレードの?」
「そうそう。お前料理が好きなんだな」
「アシュレイ姉さんは料理苦手そうっすね」
「そうだな。料理なんて女っぽいことは苦手だ」
「アシュレイ姉さん女じゃないのか」
「男に見えるとしたら目が節穴だぞ」
ジミーはもう一度深く深くため息をついて、「おお神よ」と呟いた。
「深刻だね」
「深刻なんだよ」
アシュレイは笑って、ブルーベリージャムにとんかつソースをいれればいいと言った。
無茶苦茶な味になりそうだと思ったが、彼女のこういうところは嫌いじゃない。
「アシュレイ姉さん、アイスクリーム好き?」
「今、冬だぞ」
「夏になったらイタリアまでジェラート食いにいこう」
「夏まで働いてたらな」
その前にクビにならないといいけれど。アシュレイはまたにししと笑った。
ジミーのこれっぽちの些細な悩みに付き合ってくれてる彼女が好きだ。
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