5.The nightmare is darker than death-悪夢は死より暗く- sideミコト

 その夜は別に人を狩るために歩いていたわけではない。
  呪いのカボチャも被ってなかったし、常備している大ぶりのナイフはポケットの内側にきちんと仕舞われていた。
  図書館の荘厳な廊下に石造りの像が並んでいる様は、ジミーの知っている如何なる時代の産物でもない。
  強いて言うならば、近年目にするファンタジーを彷彿とさせるようなデザインだ。
  暗い暗い、図書館の廊下には、大きな窓がいくつも並んでおり、それが普段は光を差し込ませている。
  明かりをつければ今だって明るいのだろう。しかし、営業時間外の図書館はいつだってこんな風に暗かった。
  ジミーは廊下の向こうで葉桜が強く揺れているのを見た。
  今年はシャルアンティレーゼに桜をプレゼントし忘れた。忙しさの合間にやりわすれることがたくさんあった。
  シャルアンティレーゼに桜のワインを買って帰ろう。
  そう思って角を曲がったところで、誰かにぶつかった。
「おい、気をつけろよ」
  低い声でチンピラのようにガンをつけてやる。
「……っあ」
  ワンテンポ遅れて返ってきた声は男の声だった。
  この声どこかで聞いたことがある。案内ガール……もとい、案内ボーイをやっている環だ。
  夜に目が慣れてきて、環の表情がはっきり見えるようになってきた。
「ご、ごめん。俺ちょっと急いでて……」
  急いでいてと言う割にはぶつかったとき勢いがなかった。そしてこの表情はどう考えても怯えてる。
  ジミーは自分の記憶の中を漁ってみた。
  そういえば魔界の雑務の最中に環がラビリンスの罠に引っかかっていて、その状態のままアメリーに本を持っていかれたことを思い出す。
  急いで立ち去ろうとする環の手首を強く握りしめて、壁に縫い付けてみる。
  環はジミーにそんなことをされるとも思っていなかったらしく、暗闇の中でもわかるくらい血色がかわっていた。
「グリテアに何かされたのか?」
「何も、されてないよ」
  白々しくジミーが言った台詞に、環は正直に答えた。ジミーと視線を合わせるのが嫌らしく、顔を反らされたので、環の耳をひっぱってこっちを向かせた。
「なんだよ。何かしようとしたら大声……」
「Shut the fuck up」
  耳を引っ張ったほうの手で首の気道を押さえつけてジミーは言った。
  黙れというスラングの割りにはそこまで語調を強く言ったつもりはない。第一環が英語に強いかもわからなかった。
  環の顔に不安が滲む。普段生意気な小僧がこんなになるのが珍しくて、ジミーは思わず笑ってしまった。
「随分怯えてるじゃねーか。一人じゃ抵抗できないってか? ずたずたにしてやるよ。二度と笑顔が作れないように」
  そっと乾いた自分の唇を舐めて、環の怖がる顔を凝視した。
  さあ、次に何をしてやろうかと考えた矢先、後ろから誰かに羽交い絞めにされる。
「うおっ!」
  弾かれたように環が廊下の向こうまで逃げていった。
「誰にセクハラしてたんだ?」
  羽交い絞めにしている男の声には聞き覚えがあった。
「グリード……てめえ」
  振り返れば、警備員のグリードが険しい表情をしていた。
「カボチャ、今日こそ職務質問じゃ終わらせないからな。そろそろ図書館出入り禁止になってもしらないぞ」
「上等だ。エテルに外出禁止にされる前にお前を殺してやる」
  バネのように折りたたみナイフを構えた。
  グリードは茶番の相手をする時間はないとばかりにジミーめがけてげんこつを振り下ろした。

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