ルネには友達がいない。友達のかわりに子分ならいる。
ウィアトーという旅人だ。あいつは自分のことを旅人だと名乗ったが、それをルネは子分に変換した。ウィアトーはルネの子分だ。
ウィアトーはルネのティーポットを布でたんねんに磨いてくれる。そしてルネにはチョコレートをくれたこともある。
ルネはウィアトーの服を破いたことがある。そしてソーサーで殴ったこともあるがウィアトーは丸く縮こまるだけで全然こちらに怒ることも怒鳴ることもしなかった。だからルネはウィアトーは格下なのだと思った。
「お前は、わたしの子分だ。ありがたく思え」
ふんぞりかえってそう言ったルネに、ウィアトーはそういう遊びをルネが始めたと思ったらしい。煤けた顔に笑顔をつくって、恭しくお辞儀をして
「やあ、お姫様。どうぞなんなりとお申し付けください」
と言った。
「お話を命じるぞ。なんかお話を聴かせるんだ」
ルネは胸を精一杯のけぞらせて威張り散らした。
のけぞりすぎて後ろに転びそうになったところをウィアトーは支えてくれて、そして自分の膝にルネを座らせてからお話をしてくれた。
「昔あるところにお姫様がいました」
「わたしだな!」
「そうかも! いや、ネタバレしたらだめだよ。しーしー、内緒なんだ。ルネも内緒にして聞くんだよ?」
「わかった。わたしはそいつがわたしだと知らないまま聞くぞ」
「お姫様の隣には男がおります」
「お前だな!」
「だから言っちゃだめだよ、ルネ。その男のことをルネは……いや今のなしだ。男のことをお姫様は召使いだと思っている。召使いだから世話をしてくれたり、隣でお話を聞かせてくれたり、彼女の細い小さな手では扱いきれぬ茶器を洗ってくれたりしているのだと思っている」
「うむ」
ルネはふんぞりかえってみた。当然だ。あっているという意味をこめて。
「男にお姫様がある日『おい、召使い!』と言った。男はそれを遊びだと思ったようで、楽しそうに近づいてきた。お姫様は床に頭がつくほどのけぞって『お話をしろ』と言った。男はお話をすぐに思いつかなかったから今の状況をもたもたと話しだした。そして最後のオチをどうつけるかすごく悩みつつ、お姫様の顔をじっと見ている。お姫様は気づいてないようだ。ルネも気づいててもお姫様に教えちゃだめだからね?」
「わかってる。お姫様は気づいてないしルネは気づいてるぞ」
「そう。お姫様は気づいてないがルネはもう気づいてる。その男は召使でなく、友達だったということに」
「なんだそれは?」
ウィアトーはルネの質問をいったん無視すると、もう一度ルネを膝に座り直させた。
「男は友達だという正体を隠して、子分のフリをずっと続けた。お姫様が自分が友達だということを思い出すまでずっと子分ごっこをしていた。いつしかお姫様は本当に自分がお姫様なんじゃあないかと考えた。そしたら大変だ、子分が一人しかいないじゃあないか。お姫様は慌てて一人しかいない子分に『もっと子分を集めろ!』と命じた。子分はこう言った」
ルネは息を呑んで話に聞き入った。
「『お姫様、子分ではお姫様の命令は聞けてもお姫様と遊ぶことができません。私めを友達に戻してください』『友達? なんだそれは』お姫様は友達を知りませんでした」
「なんなんだそれは」
「『友達とはあなたが命じなくても隣にいる人です。あなたは友達を得るかわりに最後の子分を手放すことになります。しかしあなたはもう、一人じゃなくなるのです』と。お姫様の返事は?」
「友達って便利だな」
「そうか。お話はここまでだよ、ルネにもいずれお姫様の隣にいる人がなんなのかわかるかもしれない」
そう言ってウィアトーはルネの頭を撫でた。
煤けた顔が少し寂しそうだったので、ルネはその腹に腕を回して抱きついてみた。
「お前は回りくどいな。友達に戻してやる」
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