「ねえジンクス。神を信じてる?」
  その質問にはあくびが返ってきた。
  アビゲイルは古本屋の若い店主がその質問に答える気がないことを知り、別の質問を探す。
「なんであなたは数字にこだわるの?」
「クセです」
「この質問にも答える気がないの?」
  もうひとつあくびをするフリが返ってきた。
  今度はあくびがわざとらしいところを見ると、本気で答える気がないようだ。
「ジンクスのこと知りたいって言ったら?」
「質問をどうぞ」
「答えてよ? 全部」
「ええ。イエス・ノーだけでいいなら」
「なにそれ、つまんない。あんたの場合本当にイエス・ノーしか言わないでしょ」
「ご名答。ねえ、なんでアビィに僕のことを話さなきゃいけないんです?」
「こちらこそ言ってやりたいわね。なんであれだけ体重ねてて名前しか覚えられないの?」
「え?」
「あんたが私の顔覚えてないことくらい知ってるわよ。低能」
  どうだとばかりにしてやったりと笑ってやったのに、微笑みだけがかえってくる。
「顔も覚えられない低能とまぐわうのは楽しいですか?」
「むきゃー!」
  近くにあった花瓶を投げつけてやろうとした。
  だけどさすがにこれはぶつかったら危ないと思ったのでそっと置物机に戻した。
「ゲームをしましょう」
「どんな?」
「私が今から聖書を読むからそれが第何小節にあるか当てるの」
「ふうん。いいですよ」
  やっと興味をひけたぞとばかりにため息がもれる。
「サウルもヨナタンも、その生きている間、愛すべき人、快い人たちで、その死ぬ時も二人は離れなかった。鷲よりも速く、ライオンよりも強かった」
  てきとうに聖書の一節を読みだすが、数字の部分は全部くりぬいてあることに気づいた。まるで虫食いだ。聖書に出てくる数字を全部抜き取ったのだとしたら変人の域だ。
「たしかサムエル第二の23小節じゃなかったかな」
「そうなの?」
  本当に数字に異常なこだわりを持っているようだ。
「次は?」
「これ私が答えわからないわ。全部数字切り抜かれてるんだもの」
「じゃあアビィが聖書を読み上げる。アビィが僕のいたずらに耐えながら聖書を読み終わったら何でも答えてあげてもいいですよ」
「ねえジンクス。聖書を全部音読したら神父様でも喉がからからよ。エロいことしなくても喉がからからになるのよ。わかる? ひからびちゃう」
  ジンクスの意地悪なのかお誘いなのかよくわからない言葉を聞き流した。どうせ挑戦すると言ったら本当に最後まで聖書を音読させるつもりなことくらいわかっている。
「そういえば……」
  ふと思い出したようにジンクスはこう言った。
「アビィに会った日から今日で758日経ちましたね」
「二年弱ね」
「2年と28日。うるう年はありませんでした。太陰暦に直すと27ヶ月きっかりです。お分かりいただけるでしょうか?」
「そうか。もうそんなに経つのね」
「もう僕と会って27回月経周期がきているんですよ」
「知るか! 知らなくていいわよ!」
  思わず地面を蹴っていらない情報だと主張する。
「一月に1回会ってる計算でも25回会ってますね。その間あなたがツインテールだったのは23回。髪を解いていた日は2回だけ」
「二回目と、今日だけね」
「髪の毛をツインテールにしているのには意味があるんです?」
  こうしていれば顔を覚えてくれないジンクスでも自分のことを認識してくれるからだと言ったら少しは笑ってくれるだろうか。そんなことしなくてもアビィのことを覚えるよとか笑ってくれないだろうか。
「私は2が好きなのよ。占いでは男と女の数字だから」
「へーえ」
  今日初めてジンクスが笑ってくれた。

「アビィは可愛いな、数字に願掛けをしているんだ。
  僕もそうですよ。人は10にならなくちゃいけないと思っている」

 最後に彼は不思議なことを口走った。
  占い、という風ではなかったが、彼のくだらないこだわりの中ではジンクスはいくつで、私はいくつなのだろう。
  そんな知っても仕方のないことばかりが気になりながら彼が紅茶に砂糖を2個入れるのを見つめた。2は好きなのか? と思いきや、もう一個角砂糖を追加した。
  もし彼が嫌いな数字が自分にあてられてるとしたら、それはすごく嫌だと感じた。
  ジンクス・ジンデルに会ってから色々と面倒な自分の面ばかり発見する。

(了)

 

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