アビゲイルは背中に手を回して留め金を外した。
  赤い下着はするりととれて、小さな胸をあらわにした。
  背後で視線を感じなかったので振り返れば、男は古本に目を落としていた。
「ねえ、こっちを見てよ」
「見たよ」
  本に視線を落としたまま、男――ジンクスは返事をした。
「せっかく赤い下着にしたのよ?」
「ありがとうね」
「わかった。白が好きなんでしょ。変態だね」
「どちらでもとっぱらうならいっしょだと思うけれど」
「もういいよ。こんなブラ捨ててくれる。ねえ、このまま下脱ぐのも手伝ってくれないの? 私、いつまでお預けくらうのでしょうか。というよりその本チェストに置いてよ。拗ねるよ?」
  アビゲイルがジンクスめがけて赤いブラジャーを投げつけると、ジンクスはそれをキャッチして、本当にゴミ箱に投げ込んだ。帰るときにブラをゴミ箱から拾うか何もつけずに帰るか少しだけ迷ったが、別につけずに帰ったところで困るほど大きいわけでもない。
「もういいよ。相手してくれないなら、あんたそのままでいいから」
  ジンクスはアビゲイルをちらりと見ると、指先で軽く手招きをした。
  ソファに腰掛けて本を読んでいるジンクスの前に膝をそろえてしゃがみこむと、アビゲイルは彼のベルトと前をくつろがせた。
  別にいつものことだとばかりに気にしている様子もないジンクスだが、膝の間に顔を割りこませると少しだけ姿勢を変えた。
  自分の読書しづらくない姿勢で、アビゲイルが顔を埋めやすそうな姿勢に。
  ジンクスの下着の上から撫でるように一物を可愛がり、何度か往復したところで直接触れる。
  アビゲイルは下着越しに確認したそれに、そっと唇をよせた。
  いつも自分を陶酔させてくれるそれに口付けて、口の中に頬張る。まだ舐めるのはあまり得意ではない。口の奥まで入ると気持ち悪くなるのにはもう耐えられるようにはなったが、吐き気に耐えられるようになったというだけで舌が巧みに動くわけではない。
  慰め程度にしかならない技巧をこらしてジンクスに奉仕してみるも、彼は本に目を落としたままで、他の男が好きな上目遣いなどはどうでもいいようだった。
  そっちがそんな気がないというのならば止めてしまおうかと思い、唇を離そうとした。後頭部を押さえつけられて、思わず見上げる。
(見てた?)
  口が使えず、視線で聞いてみるが、ジンクスはこちらを見ない。
  喉の奥まで差し込まれた性器に食道が悲鳴をあげているが、後頭部を押さえつける手は強くはないが、サボるのを許していないような威圧感があった。
  仕方なくもう一度唇で、舌で、喉で、使えるものを使ってジンクスの体を刺激した。
  外では雨の音がしていた。電気はつけていないが窓は開いてる。
  薄明るい部屋に湿った音が響く。
  そういえばカーテンを閉め忘れたことを思い出したが、どのみちしゃがんでたら見えるわけもない。
  仮に見えたとしても男の脚の間に顔があるのだから誰かなどわからないだろう。
「アビィ。喉まで使うんだよ」
  無理を言うなと思いながら、要望どおり深く咥え直す。
  喉の奥に渋みのある味が広がるが、それはもう慣れたもので、たんねんに舌を這わせて次第と硬質さを帯びてくる昂ぶりを唾でぬらした。
  後頭部を押さえつけていた指が、ふいに髪の毛を梳いたのがわかった。
  期待する気持ちと遅いと責めたい気持ちが入り混じった。
  テーブルに本を伏せる音が聞こえる。

「ねえ、アビィ。別に他の相手だっているだろう。なんで今日に限って僕なんです?」
  服を脱ぎながらベッドの上にあがったジンクスの問いに、何故とは無粋な男だとアビゲイルは思った。
「相性がいいから」
「相性ね」
「相性よ」
  ジンクスはアビゲイルに口付けをして、そっと体を押し倒した。
  深く口付けて、舌を絡める。この男の舌使いや唾の味が好きだった。理由はその程度でよさそうなものだ。
「まあ、僕も相性のいい女性は好きですよ。うるさくないし、お互い満足できますから」
  下着の紐をするりと解かれ、あらわになった下肢で黒い茂みはうっすらと濡れて輝いていた。
  ジンクスの指はその間にある小さな秘所へと沈められる。
  ぴちゃり、ぴちゃりとゆっくり抜き差ししては内側の具合を確かめているようだった。
「いきなり指入れても順序がとか文句言われることもないですし」
「何それ。ん……っ」
  子宮の奥をかき混ぜられて声が一瞬飛んだ。
  膝が心細そうに寄ったところをもう一方の手でこじ開けられ、体が間に入ってくる。
  二本目の指がさしこまれ、もう弱いと知っているところを蕩かしだす。
「ぁ、ん、やっ……こら、やめるな。気持ちよかったんだぞ」
「素直すぎるとはしたないって言われません?」
「言われません」
  男の口調につられて丁寧語になってしまった。
  ジンクスの口元がふんわりと笑みをつくる。髪を撫でて、少し強く胸を揉まれる。
「や、ぁっ……や、ん。ア、ふぁ……」
「素直ですね」
「いいのよ。素直だと喜ぶ人もいるのだから」
「素直なアビィが好きな人のところに行けばいいのに」
  余計なお世話だ。
  下肢を愛撫していた指が引きぬかれて、体を引き寄せられた。
「後ろ?」
「どっちでも」
「でも後ろが好きですよね」
  確認するようにそう尋ねられて、仕方なく腰を突き上げるような姿勢で頭を伏せた。
  体の奥まで慣れ親しんだものが挿入される。
  すでにこれに慣らされているのものだから、闖入してくると同時に欲しがるように快楽が悲鳴を上げだす。
「ねえアビィ。好きにしていいんですか?」
  わかりきった質問をしてきた男に、こくりとアビゲイルは頷いた。
「本当にそうするけど泣いたりしないでくださいね」
  本当に泣かれると面倒だと思っての発言だろうと思い、シーツを握りしめた。
  ジンクスは本当に好き勝手に動いた。

「え。なんでブラ拾ってるんです?」
  ゴミ箱に落ちたブラジャーを拾い上げて埃をとっているアビゲイルを見てジンクスがやや驚いたフリをしている。
「ブラをつけずに次の男のところにいったらバレるから」
「あんなシミのできたパンツのほうがバレるんじゃないでしょうか」
「うるさいわね。あんたのせいだ」
「ええと。本どこに置いたっけ」
  スルーされて肩がこけた。
  ジンクスのシャツを拾い上げて渡そうとしたら女の香水の匂いがほのかにした。ジンクスの好みじゃなさそうな女の匂いだと感じたが、それでもきっと美味しくいただいたのだろうということは想像できた。
「スペア……」
  スペアなんでしょうね。私も、あんたにとっちゃ。
  そんな陳腐な言葉を言いかけてなんだか惨めな苛立ちが生まれたので、シャツを投げつけて大声で言った。
「スペアリブ食べたくなってきた。おごりなさいよ」
「今度買ってきますよ」
「スーパーのやつでしょ。知ってる。生のやつでいいよ、私が焼くから」
「そのあと泊まってくんですよね」
  苛立ちと図星の恥ずかしさからジンクスのジーンズも相手に投げつけた。
「美味しいでしょ。私もスペアリブも」
  腕を組んでそう言うと、
「ええ。とても」と本気か本気でないのかわからない返事がかえってきた。
「窓開いてますから裸で仁王立ちするのやめたらどうです?」
  体の相性が悪かったらこんな古本屋に来るもんかと思いながらもう一度ゴミ箱から拾った赤いブラジャーをジンクスに投げつけた。
  ジンクスはもう一度丁寧にゴミ箱に赤いブラジャーを捨てた。

 

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