何故。何故。
何故こうなった。
目の前には二十そこそこの自分より若い男。そして背面には本棚。
「どいてくれ。仕事があるんだ」
先ほどから自分の息が上がっているのがわかる。
見つめられたくらいで火照るほど初心じゃないと思っていたのだが、何故こんなに体が熱いのかグリードは自分でもわからない。
この男とは初対面だったはずだ。
銀髪に白と黒のベスト。まるでスペードのエースのような出で立ちのその男は、挨拶から始まり他愛のない会話をしながら……いつの間にか壁際までグリードを追い詰めていた。
「どく?」
男は柔和な笑みを浮かべて、そんなことすると思っているのかとばかりに首をかしげた。
こくりと喉が動き、心臓が高鳴る。
「どうしました?」
「え、いや……」
さっきからおかしい。見つめられるだけで肌が紅潮するし、皮膚が熱を帯びている。いや、この感覚は。
「何をした?」
体が昂ぶっている。
目の前の男が何かしたとしか思えない。
「何をです?」
男はいけしゃあしゃあと言ってのける。
「それにしても苦しそうですね。仕事に行けるんですか?」
「それはあんたが……」
「僕がどうしました?」
「いや……」
男が指をゆっくりと伸ばしてくる。指先がふれるか否かのところで意識がとんだ。
◆◇◆◇
「あのときはびっくりしましたよ。いくら数あそびを使ったからって、触っただけでイッちゃうなんて」
のんびりとした口調でジンクスはそう呟いた。
グリードの胸板の上で頬杖をついている痩身の男は、グリードがベッドを揺らして抵抗しているさまをじっと見つめながら笑っている。
「ぁ、あ、んっ……や、やめろよ。遊ぶなよ」
「手首は本気で抵抗すればほどけるんじゃないでしょうか。ただネクタイでチョウチョ結びしてあるだけですよ」
まあちょっぴり数値をいじる異能でネクタイの摩擦力を強くしているからちょっとやそっとじゃ解けないと思うが。
グリードの胸の上で片方の手は頬杖をつき、もう一方の手は彼の喉や顎をやさしく愛撫する。
そのたびに普段の彼からはうかがえないような喘ぎがもれる。
「あのときはちょっと数値上げすぎましたからね。今は気絶しない程度につらい数値を覚えました。どうです? 苦しくないでしょう」
「や、ぁ、……あそぶな。遊ぶなよ、俺はおもちゃじゃない」
「おもちゃ?」
遊んでるとでも思っているのだろうか。最大限楽しめるように改造してあげたのに失礼な人だなと思いながら、ジンクスはグリードのはだけたシャツへと指をすべりこませる。
「…っ……」
「震えてますよ。どうしてほしいんですか?」
「やだ」
「困った人だな。やだと言うならこのまま帰りますけれど」
「っ……、一人に、しないで」
「それでどうしたいんです? 僕を待っている可憐な古本たちのために迅速に用件を述べてください」
「あんた最低だな」
侮辱の言葉も涙目で言われたら可愛らしさもあるというものだ。
「意地悪しすぎましたね。触ってほしいんでしょう? 頷くだけでいいですよ」
こくこくと頷くグリードの涙を親指で拭い、シャツのボタンを外していく。
「簡単に終わると思わないでくださいよ。人間の体がどれだけ快楽に弱いのか最大限いじってますから」
「優しい口調でひどいこと言うんだな。お前」
やさしくない。グリードがそう呟くのに返事はかえさず微笑んでみる。
「じゃあ。始めますよ」
まるで夜伽の合図というより手術が始まるような冷たい響きに、グリードの額に汗がにじんだ。
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