214事件

01

 バレンタインまたは聖バレンティヌス
  296年頃にローマで殉教したローマ北方のフラミニア街道に埋葬された司祭。

 今日は二月十三日。同じ日付の一八七五年に、平民も苗字を名乗るように御触れが出た……なんてことはきっと今この教室にいる誰も知らないことだろう。
  そう、彼らは明日のバレンタインデーの話をしている。どこを向いても、チョコだの告白だの彼氏との甘い時間だの、そんな会話ばかり。
  西園寺はたまらず教室を飛び出した。
  言うまでもなく、西園寺はバレンタインデーが大嫌いである。
「ぐああああ! 何がチョコだ! 何が恋人たちの日だぁ! チョコ臭いんだよ! 甘ったるいだけじゃねーか!」
  たとえ製菓会社のプロパガンダ(宣伝目的)にすぎない日だとしても、チョコを抜いても恋人たちの愛の語らいの日であることに変わりはあるまい。西園寺は叫んだ。
「気に食わん、これだけ不快指数が高くなる日はない! あっちでもイチャイチャ、こっちでもラブラブ、もうたくさんだ! 外国ににげてやる!」
  廊下を歩いていると近くを通り過ぎる男子生徒までもが今年のバレンタインでは何個チョコをもらえるか話していた。
「きさんら恥を知れ!」
  そう叫んで生徒会室まで猛ダッシュした。

 生徒会室の扉を荒々しくこじ開けると、会長の席にどっかりと腰を下ろした。
「そこに座ったら駄目ですよ、西園寺くん。鈴木生徒会長様の席ですよ?」
  ご丁寧にも様づけで鈴木の名前を呼ばれて西園寺の不機嫌度はさらにアップした。離れた席に座っている同じ生徒会メンバーの月崎剛がびくびくしながら注意してきたのを凄い形相で睨み返し西園寺は怒鳴った。
「じきに僕の席になるんだ!」
  剛は怯えて体を小さくした。彼は気が弱いから黙らせるのは簡単だった。
  が、その隣で雑誌を読んでいた川島李樹は違う。いかつい顔をあげて凄んだ声で言った。
「おめぇ、じき己のものになる椅子を放課後蹴り飛ばすのはどうかと思うんやけど? 負け犬の遠吠えは大概にせい、聞いててウザイわい」
「じゃかわしい! 黙れ権力の犬が!」
  皆鈴木に頭があがらないのは鈴木が権力を持っているからだ。気に食わない。
  ふたりがまた低レベルな喧嘩をし始める前に剛は逃げ腰になりながら西園寺に問いかけた。
「西園寺くん、今日はなんか……よりいっそう機嫌悪いみたいですけど、どうしたのかなあ……なんて……いや、僕、あまり関係ありませんけど……」
「くだらんお祭り騒ぎに嫌気がする。世界中からチョコが消えてしまえばいい!」
「負け犬はバレンタインデーも負け組か」
  ハッと笑ってくる李樹を指差して西園寺は怒鳴った。
「そういうきさんはチョコを貰うんじゃあなく、かつあげしてチョコを強奪してくる性質の悪い負け組だろう! 犬はチョコ食うと死ぬんだぞ、ばぁーか!」
「ちょ、チョコくらい大丈夫ですよ。華奈ちゃんが義理チョコ配るって張り切っているし、きっと一個ぐらいもらえますよ。……多分。それに伊藤先輩だって金渡せばチョコくれると思いますし……」
「きさんはどれだけプライドがないんだ!? 無理してたかだかチョコを貰うくらいだったら潔く黒いジャージャー麺食うわ、ボォケ!」
  三人でアホな会話を繰り広けているところに生徒会室の端で黙々とパソコンにメモをとる深沢雪(ふかざわゆき)はクツリと笑った。
「ただ今の生徒会内の『チョコっとラブ度』は飯島さんと会長の二人が高いです」
「ぐああああああ! 忘れてた! ウザイのが僕の聖地にもいた!」
  西園寺は絶叫した。自分の髪を引きちぎらんばかりにぐしゃぐしゃと掻きまわした。最大の敵、鈴木北斗の存在である。
  そんな西園寺は無視して剛はメンバーが足りないのに気付く。
「そういえば、他の女子達いないし、会長もいませんよね。何処いったんでしょう?」
「チョコをネチネチ作ってんやろ? 雪ちゃんはチョコ作れへんのか?」
「私はもうチョコ買ってありますので」
  深沢はチョコは買ってすませる派らしい。

◆◇◆◇
  一方生徒会長はどこで何をしているかといえば、女子でごった返している調理室にいた。
  家庭科部も使っているが、一般の生徒も利用しているためか、混雑していてとても狭かった。
  家庭科部である鈴木はエプロンを身につけ、慣れた手つきで板チョコを刻んでいた。
  大量に刻まれていくチョコの山を片っ端から女子達が持って行く。隣で加藤も同じ作業をさせられている。
「鈴木君、加藤君、これもお願い!」
「いい加減、腕が疲れてきたんだけど。俺も調理の方に入っていいかな?」
「もうちょっとで他の子の手が空くだろうから、もうちょっと頑張ってよ。加藤君なんてあんなに頑張って……ちょっと加藤君、つまみ食いしすぎだよ!」
  流れるような無駄のない動作で、切っては食べ、切っては食べしている加藤の後頭部を鈴木ははたいた。
「食うな! チョコまみれ」
「なんだよ、ノルマは守っているしいいじゃん。ちょこをちょこっと食ったくらいでちょこちょこ怒るな」
  脳内がチョコで侵されつつあるのだろう。もうチョコレートでべとべとになっている手を舐めて、飽きたと言わんばかりの顔をされた。
「もういいよ。私が代わってあげるから、お菓子づくりにうつってもいいよ」
「ありがとう、助かるよ。加藤もいっしょに作るか?」
「おう、食うー食うー」
  いっしょに作るかと聞いたのに食べると答えが返ってきた。
  鈴木は手を熱いおしぼりで拭き、レシピを見た。中から加藤が作れそうなものを選び、差し出すと、その中から加藤は材料を選びはじめた。
「チョコ、生クリーム、バター、インスタントコーヒー、ココア、卵、水あめ、バニラエッセンス、ペパーミント、リキュール(3種類)、ラム酒、テキーラ、鬼殺し、ビール、岩塩、酢、コチジャン、ドミグラスソース、トマトケチャップ、肉、魚、豆乳、へーゼルナッツ、マヨネーズ」
「明らかに紛らわしいもの入れるな! 何作る気だ!」
「ビックリチョコ」
  ロシアンルーレットでもやる気なのか。それとも全部混ぜる気なのだろうか。
  もう好きにするがいい。そして一人で食べればいい。
  鈴木は加藤を放置してレシピどおりの分量で調理を始めた。
  ボウルにホワイトチョコレートを湯せんで溶かし、インスタントコーヒーを小さじにとって少しずつ加え、丁寧に混ぜ合わせる……と、そこに加藤が指を突っ込んだ。
ぎょっとして加藤の手を叩いたが、指はさらに深々と差し込まれる。指ですくって自分の口へと運ぶ友人に鈴木は顔を歪めた。
「人に迷惑かけんな! あっち行けよ」
「うーん……味はいいんだけど、もの足りねぇな。これ入れれば?」
  そう言って、加藤は止める間もなく何か液体を垂らした。
「何入れてんだ!? この迷惑製造機!」
  加藤から小瓶をもぎ取ると、そのラベルには典型的どくろマークが書いてある。加藤は落ち着いて言った。
「大丈夫、無害だから。ラベルは俺がなんとなく描いたやつだ。そんなあからさまに怪しい毒薬なんてないだろ?」
「どっちにしろ余計なんだよ! ああもう…」
  恐る恐るスプーンで掬って食べてみると、別に危険な味はしなかった。むしろさっきより何か味がまろやかになったような気がする。
  鈴木は訝しげに眉を寄せて加藤を見た。
「何いれたんだ? いや、何が材料なんだ?」
「知らん」
  この液体の正体がなんなのか気になったが、捨てるのは勿体ないし、なんとなく使っても大丈夫な気がしたので、そのまま使うことにした。
  その間加藤は別の女子にちょっかいを出していた。
  鈴木は加藤が戻ってくる前にさっさと残りを作って冷蔵庫に入れた。と、後ろで女子の罵声が聞こえる。ついでになんだか焦げる臭いにおいがした。鈴木は深いため息をついて振り返った。
「もう、鈴木君! 加藤黙らせて!」
「今度から馬鹿加藤には家庭科部の門をくぐらせないわ! 見てよ、キッチンが汚染されているわ」
  友人を汚染物質のように言われるのは少しフォローするべきだろうかと口を開いたら別の女子が話しかけてくる。
「鈴木君、手あいてる? 手があいてなくてもいいけれど口あいているならこれ味見してくれる?」
「鈴木君、このチョコ固さどう?」
  鈴木は料理が得意なだけに、こういう時は大人気である。
  男子部員は少ないので、大事にされているというか、いいように利用されているというか、持ってこられる毒見といえなくもない品物をひとつずつ味見してはアドバイスをして手順を教えて回った。
「あの……もう、口の中が甘ったるいし、お腹がいっぱいだし……」
「じゃあさ、ラッピング教えてよ」
「ラッピングは木村のほうが得意だよ」
  木村は別の家庭科部員の男子である。木村のほうに女子が流れたところでそろそろ出来上がった自分のチョコを冷蔵庫から取り出した。
  仕上げの盛り付けをして丁度いい大きさに切り分けていると加藤が乗り込んできた。
「いただき!」
  すばやい動作でならべてあったモカチョコビスケットを口に放り込む加藤。
  口を動かしながら満足げな表情で親指を立てると鈴木に言った。
「今まで食べてきた、どの女子の手作り菓子よりダントツに美味い」
  加藤の言葉に女子たちが憤慨したように怒鳴る。
「ちょっと加藤! あれだけ食べておいてそれはないんじゃあないの!?」
「私たち別に料理のレベルが低いんじゃあないのよ。あんたの舌が腐っているのよ!」
「鈴木君、食べてもいい?」
「私も頂戴!」
  わぁっと手が伸びてきて、次々と消えていく冬姫のために作ったチョコ。慌てて贈る分だけ回収した。
  あっという間になくなったチョコを見て鈴木はため息をついた。
  自分はまだ食べてないのにと思いながら幸せそうな表情で食べる女子たちに聞いてみる。
「味、どうだった?」
「うん、最高! いけるよ、これ」
「美味しい。さすが鈴木くん!」
「私のためにもう一度作ってよ!」
「このビスケット生地大変だったでしょう?」
「というかこのホワイトチョコレート不思議なまでに美味しいんだけど」
  どうやら好評のようである。調理中に加藤が指を突っ込んだことは内緒にしておいたほうがよさそうだ。途中加藤が入れた液体によって誰かが腹痛を起こしたりしないだろうか心配だったが、誰もなんともなさそうなので包装にはいった。

◆◇◆◇
そして二月十四日がとうとうやってきた。
  冬姫はこの日のために完璧なものをこしらえた。
  鈴木の好み、チョコの作り方、食材、飾りつけ、意味合い、プレゼント、メッセージカード、つけてくる香水、台詞にいたるまで準備はばっちりである。
  昨日はそれのために丸一日を費やし、弟から不審な目で見られたが、そんなことはもう気に止めないぐらい一生懸命だった。それだけこの日を大切にしたかった。
  学校に着くと中はごった返していた。
  何か一騒動起きたらしくただならぬ雰囲気である。冬姫は近くにいた男子を捕まえた。
「何があったのかお言いなさい」
「チョコが、チョコが来なかったんだ!」
「嗚呼、そう。よかったわね」
  あまりにも馬鹿馬鹿しくてそう返した。なんだ、この男どもはチョコが来なかったから喚いているのか。冬姫はさっさと教室へ向かおうとしたが、男は大泣きしながら縋りついてくる。
「うわーん、違う! 皆のチョコが本人に届いてないんだ!」
「どういうこと?」
  立ち止まって振り返ると男子生徒が一枚のカードを差し出した。
「かわりに、投げ込まれていたのがこれだよ」
  冬姫は一枚のカードを受け取った。そこにはSと書かれたハートに矢が打ち抜かれているシンボルマークのようなものがプリントアウトされていた。こんなメッセージも書いてある。
《乙女のSWEETはいただいた。 ―怪盗バレンタイン―》
  ここは笑ってやるべきなのだろうが、冬姫は怪訝な顔をしただけでカードを男子生徒に突き返した。
「何なの? このふざけたカードは」
「チョコを貰うはずだった男子全員にあてつけるように下駄箱に入れてあったんだ。なんて悪質なんだ、怪盗バレンタインめ!」
「本当にセンスのない悪戯ね……」
  まさかチョコが窃盗にあうとは……この学校はつくづく腐敗している。鈴木には直接渡したほうがよさそうだ。

 自分の教室へ着くと、そこはそこでやはりチョコの紛失事件で混乱が生じていた。
  冬姫は鞄の中に入ったチョコを大事そうに抱えた。早く渡して、食べてもらわないと危険だ。なんとなくそう感じてしまった。
  予鈴が鳴って先生が教室に入ってきて、泣き喚いている生徒たちを慰めている。
  もはや授業どころの騒ぎではなくなってしまった。
  校内放送が流れた。今から先生たちによる事情聴取が始まるらしい。何箇所かの部活動に援護の要請があった。
その中にはもちろん、生徒会が含まれていた。
  援護する組織にいる生徒から事情聴取を受け、どんどんと持ち場へと送り込まれた。
  ばっと被害状況を確認しただけでも規模は大きかった。本当になんなのだろう、この状況は。冬姫はさっさと手続きを終わらせると生徒会室へと向かった。

 生徒会室に入るともう既に何人か集まっていた。小柄な少女が大泣きしながら走ってくる。
「うわーん、姫様! 俺っちが作ったチョコがごっそりと消えちゃったッス!」
イベント実行員の山田華奈(やまだかな)である。指で巨大な何かを示しながら駆け寄ってくる。
「茶色いチョコなんだけれど、見なかったすか?」
「落ち着いて、チョコはみんな茶色いわ。どんなチョコだったの?」
「茶色いッス! あと、ボール状でココアパウダーでコーティングしてあって、硬いッス! あと大量に作ったんで風呂敷に包んであるッス!」
  もの凄い取り乱しかただったので椅子に座らせた。
  深沢が水筒からハーブティーを出して華奈の前に置くと、それをガブガブとあおってから華奈は続ける。
「くやしいッス! あんなに頑張って溶かして丸めたのに。犯人はボコボコにしてやるッス! 華奈奈落落しに、華奈華神拳、華奈舞乱舞をおみまいしてやるッス!」
  言いながら興奮したらしく、華奈は紙コップをぐしゃりと握りつぶした。
「姫様も犯人を捕まえたらギッタンギッタンに刻み殺してくれますよね!?」
「まあ……小指一本潰すくらいは……」
「そ、そんなぁ……チョコ如きで!」
  剛が顎をがたがたと震わせながら空手部と剣道部の女子は怖いと呟いた。
「本当に悔しかったんでしょうね。実は私の明治板チョコも消えていました。これを盗むなんてかなり稀なケースです。犯人は無差別にチョコレートに飢えた男子だと思います」
「め、明治……」
「め、明治は美味しいよな〜俺も好きやで!」
  深沢の九十五円チョコを貰って嬉しいかはさておき、怪盗バレンタインはチョコに飢えているようだ。
「超――ッむかつきましたですわ!」
  バン、と蹴破られる勢いで扉が開かれた。鼻息荒く入ってきたのは魔女のように長いドレッドの髪型の女、伊藤水緒である。
  生徒会室に入ってくるなり、その手をずい、と男性陣に向けて言った。
「お金頂戴。チョコ買ってやけ食いしたいのよ。剛、今からスーパーに行って半額セールのチョコ買ってきてちょうだいな!」
「脅すのはやめてくださーい!」
「あなた方をチョコ強奪容疑にかけたっていいんだから!」
「罪をなすりつけるのもやめてくださーい!」
  剛が悲鳴を上げるように叫んだ。耳をつんざくような強烈な高音である。
  耳を押さえながら李樹が聞いた。
「なんや。水緒もチョコ盗られたんか?」
「そうなのよ! 折角寂しい男どもに売りさばこうと思っていたのに大損ですわ! どれだけ苦労して材料費浮かせたと思っているのよ!?」
「水緒さん、ハーブティーをどうぞ。みなさんもどうぞ」
  深沢が全員にお茶を配った。とりあえず席に座ってみんなで落ち着くことにした。
  鈴木と西園寺と加藤がまだ来ていなかったが、ここは副会長である冬姫が指揮をとった。
「では、出席の確認をします。深沢雪さん、伊藤水緒さん、川島李樹くん、月崎剛くん、山田華奈さん。飯島冬姫出席……残りの鈴木北斗、西園寺勝は現在まだ到着していませんね? ついでに加藤竜弥」
「鈴木君と加藤君は事情聴取がまだなんだと思いますが、西園寺君に至っては……何も連絡が来ていません」
  深沢の説明を聞いて冬姫はため息をつく。
「そうですか。では、話を先に進めます」
  冬姫は自分のチョコを自分の確認できるところに置き、鈴木たちが早く来ることを願った。

 鈴木と加藤は家庭科室の調理準備室で事情聴取を受けていた。
  風紀委員が冷蔵庫の周りや調理代をくまなく調べている。
「どうですか? 犯人はわかりそうですか?」
「いえ、まったく。指紋がたくさんありすぎて、これからじゃあ判定できません。部室もチョコ以外は荒らされていないようですし……」
  鈴木は風紀委員に色々質問した。なるべく多くの情報を手にいれて、生徒会室で困っている皆と話し合わなければいけない。
  加藤も興味本位から風紀委員と共にあちらこちらを見ている。
「すみません、この中で犯人に心当たりがある方、いらっしゃいますか?」
  風紀委員の質問に女性陣がゴニョゴニョと話し合って、その視線は加藤へと向けられた。
「加藤君が怪しいと思います!」
「加藤君は私たちのチョコを狙っていました」
「というよりこのカードのセンスが加藤そのものです」
「加藤君と鈴木君が真っ先に部室に来ていました」
「ちょっと加藤、なにか言いなさいよ!」
  いっせいに攻撃が加藤に集中した。さすがにこれはどうかと思った鈴木が割って入る。
「部室に一番早く入ったのは俺だ。その時は既に荒らされていたし、加藤がこんなにチョコを盗むなんて考えられない。それにずっと一緒にいたけれど不審な行動は見られなかった」
  加藤は少し考えてからにやりと笑って言った。
「俺じゃあない。少なくとも、家庭科室は狙わない。この前みんなの腕前拝見したけれど、もう一度食べたいとは思わない」
  加藤はただでさえ怒り狂った女子たちにボコ殴りにされた。
  それでも女子達の殴り方の強さからして、自分が本当に疑われているわけではないということが分かった。
  ひょい、と何事もなかったかのように起き上がると、加藤は言った。
「みんなの気持ちはよーく分かった。みんな許せないよな? 味はどうであれ、頑張って作った悪あがき作品が、一夜にしてパァだ。俺の大事な芸術チョコも奪われたことだし、ここはやっぱりこの俺が代表として犯人をとっ捕まえて差し上げよう。その際、犯人にはリボンをつけて君たちに献上することを約束する。どう? 文句ないだろう?」
「文句あるとしたら、あんたのその態度だ」
「でも、お願いしようかな。ねぇ? みんな」
「そうね、私たちのチョコ食ったぶんだけ働いてもらわないとね」
「加藤くん、犯人捕まえたら私のチョコあげるよ」
「いらん」
  きっぱりと断る加藤。また殴られそうになるのをスイっと避けて、加藤は鈴木の肩を叩いた。
「早いとこ、姫に会ったほうがいいんじゃねぇ? 愛の塊持っていかれているかもよ? じゃあ、俺は行ってくる」
「どこに?」
  鈴木の問いに加藤は扉をするりとくぐりながら笑った。
「もちろん、犯人を捕まえるための準備」
  そう言って姿を消す加藤を見送り、、鈴木はそのまま生徒会室に向かった。