214事件

02

◆◇◆◇
  加藤は真っ直ぐある部室の前まで行くとコンコンと扉をノックした。
「IDを入力しなさい」
  部屋の中から女の声がした。
  IDなんて知らないので、とりあえず適当に答えることにした。
「010109 goggles a boy」
「IDが違うわ。帰って」
「こら、長谷川(はせがわ)。お客様を追い返すな!」
「私はシャリーンよ、HIDE」
  わけのわからない会話が中で応酬されたあとに、扉が開いた。
「加藤竜弥くんだね。入りたまえ」
  中に招き入れてくれたのは明らかにおかしいツーブロックヘアーの青年だった。
  加藤は中に入って部室を見渡した。中にはホームズの格好をした青年、忍者、怪しいサングラスの女、カウボーイハットの男。加藤は呟いた。
「なんか、部員、前より変なのが多くね?」
「気のせいだ。それより何の依頼かね? 今忙しいのだから早めに言いたまえ」
  ツーブロックヘアの男に促されて、加藤は言った。
「怪盗バレンタインを捕まえるの手伝ってくんね?」
「またその依頼か。それなら既に十四件取り扱っている」
「俺もそのメンバーに一時的に加えてくれねぇかな? 個人的に探すのも一苦労だし、それに俺……使えるぞ?」
  使える、という言葉に部長のHIDEは少し考えたようだった。
  が、かぶりを振った。
「君の噂なら聞いている。しかも、悪い噂ばかりだ」
「じゃ、情報だけでもくれ。代わりにこっちの情報を垂れ込んでもいいよ」
  HIDEはもう一度考え込んでから、机にあったものを寄こした。
「疑いがかかっている男子生徒のデータと、関係ありそうな証言、それから犯人の予想データも入っている。頑張って探したまえ。気になることや気がついたことがあれば、ここのメールを使え」
「前髪おかしい割にはいい人だね、あんた」
「前髪について文句を言うんじゃあない! まあ、どうせお前一人では捕まえられんだろうがな!」
  髪型のことを指摘されて興奮するHIDEを放置して、加藤はとりあえず資料を確認した。
  疑われている男子生徒の中に、見慣れた名前が書いてあった。
「こいつ、また捕まったんだ……」
  そこには西園寺の名前が載っていたのだ。

◆◇◆◇
  鈴木は足早に生徒会室に入った。丁度話し合いの最中だったらしく、全員の視線が集中する。
「いや、遅れてごめん。風紀委員から事件の資料貰って来てたんだ」
「鈴木会長ー、チョコ大丈夫だったッスか?」
「いや、全滅だった。ごめんな、冬姫。今度また作るから」
「そうね。今度のホワイトデーあたりで構いません。資料を見せて」
  冬姫に資料を渡して鈴木は自分の席についた。ふと、いつも自分の右斜めに座っていて煩く騒いでいる人物がいないことに気づく。
「あれ……劣は?」
「来てないんですよ。加藤くんも来てないみたいですけど……」
  すぐに答えた剛に、李樹が反応する。
「加藤は部外者やん。いたって邪魔やしな」
「加藤なら別行動だ。なんか自分で犯人を捕まえるらしいよ」
  加藤一人で行動させるのはなんだか危なっかしい気もしたが、自分の名誉挽回をしようとしているのだから好きなようにさせてやろうと思った。
「それにしても劣、こんな時にサボるなんて……」
  鈴木は携帯を取り出して西園寺にメールを送った。
  資料に目を通していた冬姫が顔を上げる。
「それでは、今現在わかっていることを説明します」
  今回の事件の詳細が語られた。

二月十四日
  校内における下駄箱、教室、部室、ロッカーに入っていたチョコレートやお菓子が窃盗の被害に遭う。
  犯人はいずれも同一人物である可能性が高い。
  犯人は「怪盗バレンタイン」と名乗っており、名刺用のカードにプリントされた置手紙を残している。カードから指紋は検出されなかった。
  被害者の証言や、学校内を見回ってみたが、盗まれる現場は誰も目撃しておらず、いつの間にか消えていた。
  完璧な犯行と思われるが、一方でチョコを持っている男子生徒も何人か捕まっている。
  彼らはいずれも「天からのお恵み物だ」と主張している。
  そして、今もなお、チョコは紛失し続けている。

「これだけじゃあなんとも言いようがないですね……」
「そうか? これはチョコ持っとる奴が犯人と考えてええんやねぇ?」
  ハーブティーを湯水の如く消費しながら剛と李樹が話し合った。
「モテない男たちの陰謀よ! 罰金払ってもらわないとねぇ。いくらになるかしら」
「何らかの組織やグループかもしれません。量が量ですので」
  水緒が決め付けたように言う隣では被害者目録に目を通す深沢。
  華奈がだん、と机を叩いて立ち上がる。
「怪盗バレンタインだもん、きっと外国から来た新手のプロッスよ!」
「ここはやっぱ罠を張るべきや」
「チョコをおとりにするんですね?」
「来たところをみんなで袋だたき」
「それよりも捕まった男子たちを一人ずつ検査するべきです」
  もう好き勝手に盛り上がっているところに冬姫が水を差した。
「みなさん、私たちが話し合うのは『どういう犯人か』『どうやって捕まえるか』ではなく、『これからどうするか』です」
  鈴木もこくりと頷く。
「生徒たちが困惑しているし、騒ぎも大きくなってきている。俺たちはどうこの場を対処するかを話し合わなくてはならない」
「そうですね。もうじき記者たちが押し寄せてくるかもしれませんからそれまでに公に発表する内容をまとめておきます」
  深沢は眼鏡をとりだしてカタカタとパソコンを打ち始めた。冬姫は簡単にメモを書くと剛に渡した。
「月崎くん、あなたはこれのコピーをとってそれぞれの部活や委員会をまわり、配ってきてください。そしてこっちの書類には先生の印を」
「よし、残りの人は俺といっしょに今後の――」
  そう言いかけた鈴木の携帯が鳴った。「失礼」と断りをいれてから電話に出る。
「鈴木です」
――俺だ、加藤。どうよ? そっち
「今会議中。そっちは何かわかったか?」
――いや、こっちも情報収集中。でも、ひとつ、悪いニュースをプレゼント。
  鈴木は顔をしかめる。すごく悪い予感がして聞きたくなかったが、仕方なく聞くことにした。
――西園寺がチョコを食ってた。しかも盗まれたチョコらしい。今、先生と被害者に捕まって聴聞室にいるらしいけど?
  なるほど、先ほど送ったメールに返信がないのは、携帯を没収されているからだろう。
なんということだ、西園寺は何をやっているんだ。鈴木は頭を抱えた。
――友達なんだし、迎えに行ってやれよ。いちおう生徒会メンバーなんだし。このままじゃあ劣によって生徒会もバッシング食らうかもよ?
「今は手が離せない。それに、いくらなんでも劣は違うだろう」
  モテないからという理由は安直すぎる。それに直感的に西園寺は違うと思った。そういう男ではない、そう思いたかった。だが、チョコを持っていたというのは気になった。
「加藤、お前が迎えに行ってくれないか? お前も劣とは友達だろ?」
――なんだそれー、お前も冷てぇ奴だな。劣はきっと泣いているぞ? まぁ、用があるし、行ってくる。
「ああ、頼んだ」
  携帯を切ってふたつに畳むと生徒会のメンバーに向かって言った。
「みんな、聞いてくれ。西園寺が捕まった」
「ぎゃー! おぉとぉるぅめー!」
「やっちゃった! あのクソ馬鹿!」
「華奈のチョコー!」
  鈴木は慌てて手を振って否定した。
「待てよ。劣と決まったわけじゃあない!」
「奴だったらやりかねない!」
「ぶん殴りに行って来るッス!!」
「彼じゃあなかろうと、捕まったのはマズいわ。生徒会に窃盗容疑者がいるという情報が広報部に渡ったら、ゴシップ記事の誕生だわ」
  冬姫の言葉に深沢の眼鏡がキラリと光る。
「先に劣くんの方に取材陣がまわったら面倒ですね。劣くんの謝罪文も書きました。これを彼に」
「俺ッチが行って来るッス!」
「華奈ちゃん。劣が犯人の場合のみ、一発殴ることを許す。一発だけだ。いいね?」
  怒り狂い、手をバキバキと鳴らしている少女に鈴木は釘を刺した。華奈は鈴木に敬礼すると
「了解しました! 一発で仕留めるッス!」
  大きな靴音をたてながら走り去っていったのを見送りながら鈴木はため息をつく。
「劣の奴大丈夫かな。キレ泣きしているかもな」
「泣くどころか逆ギレしているんじゃねぇ?」
  李樹が口をひん曲げてそう言った。剛もため息をつく。
「いくら泣いたところで、西園寺くんが犯した罪は洗い流せないでしょうね」
「劣は違うだろう。無差別にチョコを奪取したりはしない」
「あぁら、どこからわいてくるの? その根拠は?」
  水緒に聞き返されて鈴木は真面目に答えた。
「劣はしょうもない奴だけど、意外と誠実な部分もあるから。そういうことはしないと俺は思うんだ」
「会長よくあんな奴を信用できんね。アイコラばら撒き、会長の座狙うとるのに」
  びっくりしたように李樹が呟く。
「逆に言えば、そういうことしているから、こういうことしてないと思うんだ。劣はそこまで馬鹿じゃあない。特に今回のケースで劣らしくないのは、あまりにも無差別であることと計画性がないくせに、見つからないということ。劣だったらもっとねっちりとターゲットを絞り込んで計画どおりに実行するくせにすぐ見つかると思うんだ」
  よくそこまで西園寺を観察できるものだ。と、半ば鈴木の生真面目さと西園寺の馬鹿加減に感心しているところに放送が入った。
――今から記者会見が行われます。生徒会と関係者は体育館へ至急お集まりください。
「マズイわね。まだどうするか具体的に決めてないのに」
「大丈夫です。このとおりに答弁していただければなんとか」
  深沢がプリントアウトしたばかりの原稿を水緒に渡した。
「しゃーねー、いっちょかましてこいや!」
「留守番、頼んだわよー」
  李樹を留守番に置いて、生徒会の残りのメンバーは体育館へと向かった。

◆◇◆◇
「失礼しまーす」
  聴聞室に入ると、そこには何十人もの容疑がかかった男子生徒たちがいた。
  加藤は取調べが終わったばかりの西園寺の目の前に腰掛けた。
  西園寺は呆然としており、加藤が目の前に腰掛けても虚ろな眸(ひとみ)が動く気配はない。
「まぁ、牛丼食う?」
「いらんわ!」
  やっと反応が返ってきた。
「劣、俺の目を見ろ。何が見える?」
  西園寺はまじまじと加藤の目を見る。色素の薄い茶色の双眸を見てから一言、
「かっぴらいた瞳孔」
「そうか。劣の目は死んだ牛の目」
「きさんは僕をおちょくりに来たのか! 帰れ!」
  加藤の目はいつでも瞳孔がかっぴらいているように見えるし、劣の目はいつでも死んだ動物の目である。
  怒鳴る、叫ぶ、憤慨しながら机を叩く。西園寺の唾を顔面にあびながら加藤は言った。
「劣、まだ終わってないぞ? 正直に答えないと、見捨てるから。お前、怪盗バレンタインじゃねぇな?」
「なんだそれは? 当り前だ!」
「で、チョコ食ってたな?」
「ああ。チョコをプレゼントされたからだ」
「へー、どんなチョコだった?」
「苦いチョコだった。あと膨大な量の固いチョコ、それとパサパサしたチョコレートケーキ」
  ぷ〜ん、と西園寺の口からチョコレート臭がした。味を思い出したらしく、西園寺が口を押さえて「うっぷ」と言う。
「そんなに貰ったんだ。でもさ、話に聞くとそれさーあ? ……盗まれたチョコらしいじゃん?」
「僕は盗んでない!」
  声がひときわ大きく聴聞室に響く。西園寺はガンと机を叩き、主張した。
「僕は、ハメられたんだ。そうだ、僕はハメられたんだ!」
  一言一言区切りながら机を叩いて主張する。
  加藤は移動していく机を押さえながら首を少し捻る仕草をした。首をかきつつ独りごちる。
「うーん、現時点では、劣は嘘をついてないな」
  西園寺の顔がぱぁっと太陽が差したかのように明るくなる。
  あれだけ主張したというのに風紀委員は誰も西園寺のことを信じてくれなかった。あまつさえ
「お前アイコラ作っているからやりかねない」
  といわれのない(と西園寺は思っている)言いがかりまでつけられる始末だ。
  やっと信じてくれる人が現れたと思ったところ、加藤はにんまり笑って言った。
「――でも、詳しいこと話してくれない。しかも曖昧」
「きさんも僕のことを疑っているのか! お前は敵じゃー! なんも話さんぞ! ふーんだ!」
  風紀委員に詳しい事情を話しても墓穴を掘るばかりだった。ましてや加藤に何か言ったら誤解は誤解を招き、西園寺は破滅である。
  もう既に十分破滅への道を歩んでいるわけだが、加藤のバックには憎き鈴木北斗がいる。
  鈴木と自分の間にこの加藤を挟んで、いいことがあっただろうか、いやない。というよりも加藤を挟んだ時点ですべてのことはややこしくなる。
  加藤は楽しそうに言った。
「よくわかってんじゃん。劣ー、俺、今、お前にリボンつけようかな〜って思っているとこ」
「リボンだと? 気色悪い奴だ。何のためそんなものつけないとならんのだ! 僕がリボンつけてなんの得があるっていうんですか? 言ってみてくださいー」
「実はさぁ〜、家庭科部も襲われちゃって、鈴木と俺のも盗まれちゃったんだ。で、もって犯人をリボンで吊るし上げて恨みがましい女子の中に放り込もうと思うんだけどさ、なってみねぇ? 犯人」
「なるわけないだろうが、このスットコドッコイ! そんな猫山にかつおぶしとまたたびつけて全裸で飛び込むような真似できるかッ!」
  今時スットコドッコイと言う人間も珍しい。西園寺は脚を組み替えて粘着質に笑った。
「それにしてもやっぱり鈴木の奴も盗まれたのか? ハッ、いい気味だ。ざまぁみろ、わーい! ギャヒャヒャヒャヒャ!」
「あれあれー、いいのかなあ? そんなに笑っちゃって。鈴木の奴に言ったら心底がっかりするだろうなあ。鈴木は劣のこと信じているのに。お前の肩を持つのはあいつぐらいじゃねぇ?」
  西園寺はしばし沈黙したが、鼻息荒く言い切った。
「奴も心の底じゃあ疑っている! そうに決まっている! なんたって僕は鈴木のアイコラ作っているんだぞ? そんな奴の肩持つほど鈴木は馬鹿じゃあないやい!」
  もう自分の味方が増えるとか、そんなことはどうでもいい。
  自分の肩に触らないでといわんばかりに敵意剥き出しの西園寺の肩に、加藤はあえてにやにや笑いながら手を乗っけた。
「まあまあ落ち着けよ、劣。落ち着いてみ? 深呼吸して落ち着いたところで俺の質問に答えるんだぞ?」
「な、なんだ?」
  少し身構えてしまったではないか。
「薬学研究同好会のオリジナル自白剤打たれるのと、脅し屋倶楽部に拷問受けるのと、シノノメ様同好会の懺悔室に入れられるのと、どれがいい?」
  どれも東雲高校の歴とした部活動なのだが、あとにいくにつれ内容は悪質になっていく。
特に性質が悪いのはシノノメ様同好会で、なぜかいつも「君、入んない? 素質あるよ」とか「あなたに不幸の妖精がついています」とか言って執拗に勧誘してくるのである。
  部活動の内容は、シノノメ様という東雲高校オリジナルの神様をつくって、それを新たな宗教として立ち上げるために日々活動するといったものだ。新興宗教を馬鹿にしているとしか思えない。
  東雲高校の正門のところで東雲高校特注の二宮尊徳像に向かって一礼をしている人を見かけたら絶対に関わってはならない。
  みっつの部活の名前を出されて西園寺は慌ててかぶりを振った。
「とにかく違うんだ! 僕じゃあない!」
「そう思うんだったら、話してみ? 何があったか。場合によっちゃ俺も味方になってやる」
  加藤はにっこり笑っている。
  こういうときの加藤は信用ならないのだが、西園寺は寂しかったので全部ぶちまけてやることにした。