戯曲裁判

04

 裁判が終わって道具の片付けが終わり、裁判部のメンバーは部室に戻った。
「あれ……」
  扉の向こうで声がするのに陸が気づいた。
「松っちゃんは今日の裁判を見ている感じじゃあ誰を部長にしたほうがいいと思う?」
「河野さんこそ誰が部長がいいと思うの? いっせーの、せ、で言おうね」
「せー」
「のー」
  扉の前で話を盗み聞きしていた陸と海馬の横から戸浪がびしゃん、と扉を開いた。
「とな……っぎゃー!? 戸浪くん」
「松山先輩、しゃっくりは嘘だったんですね」
「ご、ごごごごごめんなさい」
「心配していたのに嘘つくなんて酷いです」
  戸浪はそうとだけ言って、荷物を中に運び込むと木槌を河野に返した。
「河野部長、それで次の部長は決まったんですか?」
「それは……その……」
「みんな誰が部長に任命されるのか気になってますよ」
  戸浪に言われて部員たちを見ると、みんな河野のことを見ていた。河野は腹を決めたように深呼吸をすると、言った。
「私は、戸浪くんがいいと思っています」
「わ、私も……」
  松山も隣からそう言った。
  戸浪は首を少しだけかしげて、「自分みたいなのがなっていいんでしょうか」と聞いた。
「だって、戸浪くんはずっと私たちのサポートしてくれてて、二年生の中では一番の古株だし、それにいろいろと面倒見がいいから」
「はあ」
  戸浪が生返事をする。
「アタシは戸浪が部長ってけっこういいと思うけれども」
  海馬が横からそう言った。空乃と陸も「私も」と言った。
「森下くんは反対ですか?」
「いや、こいつ弁護士資格剥奪されたって言っても、一番全員がうまくいくためにはどうすればいいか考える奴だし、賛成」
  河野は自分の胸についていた、裁判長のバッヂをはずすと、戸浪に渡した。
「次の部長はあなたです」
  手の中にちいさなバッヂの感触がある。戸浪はぼそりと聞いた。
「自分はここにいてもいいんでしょうか」
「何言ってるのよ、戸浪。あんたが居たい場所にいればいいのよ」
  海馬が当然といわんばかりにそう言った。
「さて、最初のお仕事よ。副部長は誰に任命するの?」
  河野の言葉に戸浪はめずらしくにっこり笑ってから、海馬の方向を向いた。
「副部長、お願いしてもいいですか?」
「頼まれたら嫌とは言えないわね」
  海馬がまんざらでもない顔をした。
  河野はやっと肩の荷が下りたといわんばかりに、ほっと胸をなでおろした。
「それにしてもさっきの加藤くんの手前、一切の疑問も残らぬように撫原が悪いと思わせたのは透くんの仕組みですよね?」
「あれ、気づいてた?」
「げっ」
  森下の言葉に陸が露骨に嫌そうに反応した。
「鈴木くんの実質無罪を証明しながら撫原くんの思い通りにならないように全部の会話をあらかじめ計算してましたよね」
「ちょっと、それ私と海馬がしっかり突っ込まなかったらあんたたちの勝ちで撫原の思い通りだったのよ!? わかってんの森下!」
「わかってたよ」
  森下はあっさりとそう言った。
「僕は、陸や海馬のこと信じているもの。陸と海馬だけじゃあないよ、空乃のことも戸浪のことも、世話のやける後輩たちのこともみんな信じているから。だから安心して計算の枠内に入れられるんだ」
「「嘘くさっ」」
  戸浪以外の部員が全員そう言ったので、森下はおかしくなって笑った。
  信じてないとでも思うのだろうか、自分は普段から感謝の気持ちを表現するのが下手なのかもしれない。本当はこのメンバーたちに随分支えられているというのに。
「さて、あとは加藤の学校の手続きだけだな」
「ああ、学校辞めるとか言ってたわね、あいつ」
  海馬が思い出したように言った。
「実は東雲高校の帰国子女枠、まだ空いてるって知ってる?」
森下の言っている意味がわからず、陸が首をかしげた。
「学力が普通にあって、外国に留学していた経験があった場合、編入が認められる」
「それってまさか……」
「一週間後が編入試験だよ。陸の考えているとおり、一度辞めて帰国子女枠で入りなおすだけ」
「そんなのってありなの!?」
「ありだよ」
「鈴木くんそれ知ってるの?」
「知らないから撫原に利用されたんだろ。言った瞬間、この裁判を仕組むのに協力的になったよ」
  森下はにんまり笑った。
「あんたって本当ぬかりないわよね」
「ぬかりありまくりだと思うけど?」
  陸の言葉になんのことだかわからないという具合に森下は首を傾げた。
  そして最後にこう言った。
「みんなのおかげだよ」

◆◇◆◇
  そんな話を裁判部がしているとは露知らず、生徒会のメンバーはしんとしていた。
「鈴木が加藤を庇っていたとは知らず、すまなかったな」
「いや、俺も悪かったな。お前に事情を話さずにいて」
「まったくだ」
  西園寺は立腹した様子で腕を組むと大声で言った。
「鈴木はなんでも自分ひとりで抱え込みすぎなんだ。僕を誰だと思っている、西園寺劣だぞ」
「お前、今、自分の名前間違えたぞ」
「うるさい! どうせ僕は劣なんだっ」
  顔を真っ赤にして西園寺は怒鳴った。
「どうせ鈴木に信用されないし、どうせ丁稚扱いだし、どうせ井上のくだらない写真に瞞されるし、どうせ……」
「わかったわかった、本当悪かったな。西園寺」
  どんどんボルテージのあがる西園寺を鈴木が宥めた。
「加藤……辞めちゃうのか」
  西園寺が気落ちしたように言った。
「悔しいな。何もできないなんて」
  西園寺は唇を噛んで、ぼたぼたと涙を流した。
「あの、西園寺……」
「うおー! 加藤、戻って来い!」
  鈴木と冬姫が言い難そうに顔を見合わせた。
「お前が座っていない校長室のソファなんて寂しいだけじゃあないか!」
「西園寺、言いにくいんだけど、き、帰国子女って知ってる?」
「帰国子女?」
  西園寺は涙をぼたぼた出したまま、ついでに鼻水も垂れ流しつつ言った。
「あれだろ、外国に長期間住んでたすかした奴らのことだろ!」
「うん、加藤ね、そのすかした奴のひとりなんだ」
  鈴木が言い難そうにそう言った。
「聞きたくないわ! そんな現実逃避。あいつが帰国子女だと!? そんなお上品な出身なわけないだろ!」
「本当だって。あいつの親父、ドイツの博士だったから、あいつヨーロッパ圏で育ったんだよ。日本に来たの中学生のときだから、逆に日本語あやしいんだよ。来週帰国子女枠で編入試験受けなおすから……」
「信じられん、あいつが外国籍だと!? というか鈴木、今、編入試験とか言ったか?」
  鈴木はこくこくと頷いて、曖昧に笑った。その瞬間西園寺が鈴木の胸倉を掴んでがくんがくんと振り回した。
「ってことはあれか!? 加藤はまたしてもこの校長室の椅子に座るってことか!?」
「そうだよ」
「こんの鈴木め! どんだけ周囲を騙せば気がすむんだ!? 訴えてやる」
  西園寺が鼻水と涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら言った。
「よかった、よかった、加藤やめずにすむんだ。よかったね、勝」
「今度は名前間違えなかったわね」
  男泣きしはじめる西園寺に冬姫がぼそっと言った。
「でもな、西園寺、ありがとうな」
「はん、何がだ」
「今回の裁判だよ。お前がやってくれなかったら、俺は撫原に手を貸すことになっていた」
「だからなんだってんだ。僕は自分の正義を貫いただけだ! 僕がいつも負けると思うなよ? いつかお前のことなんて引きずりおろして、生徒会長の席に座るのはこの僕なのだからな!」
  いつもの西園寺節を聞かされて、鈴木が笑った。
「感謝しているよ。西園寺にも加藤にも、冬姫にも。他のみんなにも」
「なんだ? いきなり」
「お前たちに支えられて生徒会長やってるんだなって、感じたから」
  西園寺はその瞬間、きゅんとした顔をして、われに返って首を左右に振った。
「しおらしい鈴木なんぞ見たかないわ! あっちいけ馬鹿ぁー!」
  そう言って生徒会室を飛び出していった。
「あっち行ったのあいつじゃない」
  冬姫がぼそっと呟いた。鈴木は苦笑いしながら、冬姫のほうを見た。
「冬姫もありがとうな」
「今更よ、鈴木」
「でも本当、俺は感謝している」
  鈴木は久々にすっきりした顔で、こう言った。
「みんなのおかげだよ」

(了)