腐乱裁判

02

◆◇◆◇
「かーとーうー」
  鈴木は後日発表されたセンセーショナルなニュースを見て、その新聞をつかむと加藤の元を訪れた。
「なんだこの井上園子を訴えるってのは!?」
「えー、男の誰もが思っていることだろ。腐女子よ滅べって」
「俺はな、波風たてないでほしいんだ。なるべくならば平和に過ごしたい。この立案は生徒会でも一度でかかったんだけれども、あまりの反対派のために没になったんだ。署名がどれだけ来たか知ってるか? 八百だよ、八百人腐女子がいるんだよ。この学校!」
「軽く不景気な社会に貢献してるわね、それ」
「そしてマングローブが滅び行くのにも加担してるわね」
  原告側の海馬と陸が口々にそう言った。
「誰か、今すぐ同人誌を集めてくるんだ。それを再生紙にしてトイレットペーパーにすればきっと地球に貢献できる!」
「誰かの欲望を溶かした紙なんかで尻拭きたくないわよ!」
  鈴木のエコ対策に海馬が猛然と抗議した。
「ともかく、アタシたちこんなふざけたものは滅ぶべしと思っているから、是非とも井上園子には社会の犠牲者になってもらおうと思っているわけよ」
「さりげなく社会の犠牲者とか言ってますが、淘汰されるようなヤワな女じゃあないですよ? あいつ」
  鈴木がげんなりしたように言った。加藤はにやにや笑いながら、
「まあまあ。何も腐女子を滅ぼすなんて大それたことを言ってるんじゃあない、井上を滅ぼすって言ってるだけだ」
「井上って諸悪の根源じゃないか」
  鈴木はため息をつく。こんなことになって、東雲高校が荒れなければいいけれどもと思いつつ。

 一方、社会の腐敗は林檎の箱が腐り落ちるところまで進んでいるということを自負している空乃と森下は、井上と対峙していた。
「あの、井上さん?」
「瞑想中です。お静かに」
  瞑想、というのは妄想のことだろう。
  なにやらよからぬネタを考え中の井上と、隣で作戦ノートをまとめている空乃に囲まれて森下はため息をついた。
  さて、どうやって井上の白を証明しろというのだろう。こんな真っ黒な女性のどこに清らかさがあるというのだろう。
  鈴木×加藤のどこに真実味があるというのだろう。
  そして腐女子のどこにそのようなエネルギーが眠っているのだろう。
  きっと彼女たちの妄想エネルギーを電気に還元したら日本は石油を半分買うだけですむのだ。
「ああ、いいかも。腐ったエネルギーは地球を救う。石油もいい具合に恐竜が腐ったものだし、腐女子も腐りきればエネルギーになるかも」
「何ぼそぼそ言ってるんですかぁ? 森下くん」
  空乃は普段鈴木の肩を持つが、今回は鈴木を攻撃する気満々のようで、鈴木の写真の上にシャーペンでぶつぶつと穴を開けていた。
「あ、これ、みゅ〜のイメージトレーニングですぅ。こうしないと北斗くんと戦うなんて、ちょっと考えられなくてぇ」
「うん、僕は今ほど君を敵に回したくないと思ったことはないよ?」
  これは鈴木ではない。原告側の参考人のひとりだ。心を閉ざすんだ森下透、相手を攻撃することだけ考えれば心が痛むことはない。(だけど胸がちくちくするんだ、ねえさん)
  イタリアに留学してしまった姉に深く懺悔した。こんな事件が彼女の在学中にあったとしたら、彼女はきっと井上を有罪にしたことだろう。
  そうして井上の瞑想時間が終わり、三人は打ち合わせを始めた。森下は再三、井上に自分の邪魔をしないように忠告した。この事件、負けてしまいたいけれども、ただ単に負けると自分の身に何が起こるかわからない。なんせ負のエネルギーというのはとても重いのだ。
  薄いはずの同人誌がやけに重苦しく感じ、森下はそれを机の上に置いてもう一度ため息をついた。