01
二月の中旬、暖冬と言われたその季節の西館に寒い部屋があった。裁判部の部室である。
寒いのはその室内ではなく、がらんとしたその姿である。森下のパソコンにも、河野の冷凍庫にも差し押さえの札が貼ってあった。
「森下……説明してもらいましょうか?」
「いえ、河野先輩。冷凍庫は差し押さえされましたがまだハーゲンダッツは無事ですので」
「あなたまた部費を使い込んで経済部に投資しましたね?」
「……すみませんでした」
森下が深々と河野に謝った。
「まさか仕手戦に巻き込まれていたとは……」
「なんですか? 仕手戦って」
「ええと、まず千円の株があったとしますよね? それを仲間内で二千円、三千円と吊り上げながら買っていって、あたかも株が高くなっていっているように見せかけて、それを高く買った第三者の金を山分けしたりする、いわばマネーゲームです」
「そんな狡猾なことまで東雲高校ではされるんですか!? とりあえずなんで差し押さえになったか聞きましょうか」
「部費を取り返すために、ちょっとした小細工をするためちょっと金が要り様だったんです」
「すぐ取り返せるんでしょうね?」
「まあ、たぶん」
いい加減な森下の頭を引っぱたいて河野は言った。
「なんとしても今日中に冷凍庫を元の状態に戻さないと私があなたを差し押さえます」
「身売りは勘弁です。左遷させないでください」
運動部に左遷させられたら最後だと思っていたところ、勢いよく太田が飛び込んできた。
「河野先輩! 大変ですよ」
「朝から騒々しいですよ、太田」
「この寒いっていう日にどのクラスにも灯油がいってないんです!」
「なんですって!? 今日雪が降るって聞いてましたよ!」
「ただし二年八組だけは灯油があるそうなんですよ」
二年八組と聞いて、ぎんと河野は森下を睨みつけた。灯油を分けないと首を絞めるつもりだ。だが、森下は首を左右にふった。
「これが、僕が一週間前から企んでいた計画です」
「計画って……まさか……」
森下はさわやかな笑顔でこう言った。
「学校全部の灯油を買いました。今灯油は最も需要が高く、最もみんなに感心事のあることとなっているでしょう」
陸は指をかたかたと鳴らしながら英語のノートをとった。
大きな文字も小さな文字もひとしく同じサイズくらいに書いてしまうほど字はぐしゃぐしゃだったが、それでも授業は淡々と進む。
廊下近くにあった温度計を見れば三度。もうストーブを入れていい気温なのに灯油がなければストーブは入れられない。
森下が灯油を買い占めていることは部長の河野に聞いたが、森下も河野も部費を取り返すまでは絶対にストーブを使わせない気である。
ふと、窓の外に雪がちらちらと舞い始めた。
「おお、初雪?」
クラスの誰かが言った。たしかに今年最初の雪である。
「あら、綺麗ね。つもるかしら」
進藤先生がチョークを扱う手を止めて、窓の外を見た。
「でもこんなに寒いのに、灯油がないなんて……ねえ? 誰か灯油の株を持っている人を知っていたら教えてくれる? 私が買ってきてあげましょうか」
「先生、今灯油は指値で幾らを指定されているか知っていますか?」
「灯油の値段だから……20リットル千円くらいかしらね?」
「い・ち・ま・ん・え・ん、だそうです」
悔しそうにひとりの生徒が紙を握り締めた。梶原は経済部の中でマネージメントを勤めるひとりなので指値の値段は全部頭の中に入っているのだ。
「梶原くん、本当に一万円もするの?」
「20リットル一万円だそうです。ただし八組の森下透を通したときのみ五千円です。買いますか?」
「困ったわねぇ。先生今日はお金あまり持ってきていないのよ。この学校カードや融資はどうなっていたかしら?」
「融資は何かを担保に入れたときのみリサイクル同好会が差し押さえて負担します。カードは使えません」
「もう頭にきた!」
ばん、と陸は机を叩くと立ち上がった。
「私、森下を訴えてやる!」
ざわっとクラスがどよめいた。
「陸さんが立ち上がった!」
「あの森下に立ち向かうつもりだ!」
「陸がんばれー」
わー、と喝采が起こる中で陸はにやりと笑った。
「みんな寒いわよね? あいつのクラスの灯油全部剥ぎ取ってやりましょうよ」