裏切裁判

04

 冬姫は証言台に立ったが、暫く黙ったままだった。加藤が勇気づけるように隣から言った。
「姫、大丈夫だ。鈴木は姫のこと、嫌ったりはしない」
  その言葉に冬姫は顔を上げて鈴木を見た。鈴木はこくりとうなずいて、促した。冬姫は毅然と前を向くと、
「分かりました。正直に私の知ってることを話します」
  加藤はその言葉に満足げに頷き、自分の席につこうと原告側の鈴木の横を通過した時、あることに気がついた。何か不自然である。周囲を見渡してみるが、誰もそれに気がついてないようなので…席について少し様子を見ることにした。
  そして冬姫の証言が始まった。
「私はリサイクル同好会のお下がりコーナーで鈴木の姿を見ました」

冬姫の証言
  十月四日の放課後、鈴木の服が紛失した日だった。鈴木に自分の衣服を知らないかと聞かれ、冬姫もそれについて別行動で探していた。
  向こうからおよそ鈴木とは関係のない男子高生が鈴木について話しているのを通り際に聞いた。
「なぁ、知っているか? あの鈴木生徒会長、相当金に困っているらしいぜ。なんでもブルセラに自分の衣服を売っているとかで……」
  ぴたりと冬姫の足が止まる。それに気づかない様子でもう一人の男子高生が驚いたように言った。
「マジで!? そりゃあ絶対デマだろう」
「マジだよ、マジ! ほら、ブルセラの携帯サイトにも出ているんだって」
  自分の携帯画面を見せながらもう一人が言う。
「ありゃりゃ〜、ダメだなこの学校も。というか何調べているんだよ? お前」
「男がブルセラにモノ売るって、買うほうもあれだけれど売る奴も売る奴だよな」
「自分の着用したもん売れるのなんて並の神経じゃあないよな。あっはっは――」
  冬姫は気がついたらがしっとその男子生徒たちの襟首を掴み上げていた。
  身長一七〇センチ以上ある長身と普段鍛えている腕っぷしの強さ、何よりも据わった目……そんな女に背中を掴まれたら誰だって恐ろしい。何よりも冬姫は怒らせてはいけない東雲高校最強の女で通っている。無論、タブーは鈴木のこと。
「ギャー! 姫!? お、お助けをッ」
「すみません。会長の悪口はもう言わないので腹切りだけは!?」
  悲鳴をあげる男子生徒に淡々と言った。
「その携帯よこしなさい。ブルセラサイトとやらを見せてもらいましょうか?」
「俺たち悪くありません関係ありません、どどどどうぞ」
  渡された携帯の画面を見ると、ずらっと鈴木の紛失物が売られていた。今日紛失した衣類だけではない。中には、鈴木が冬姫にくれたものさえあった。
  自分の粗相で失くしたとばかり思っていた冬姫はショックを受けつつも、その画面を食い入るように見る。まだ売られていないのは、幾つかある。冬姫は迷うことなく即行でそれを競り落とすことにした。
「お願いですから俺の名前を入れないでくださいよ!?」
「あなたの名前なんて知りません」
  そうか、名前をいれなければいけないらしい。何がいいか迷っている間にも競られていく鈴木との思い出……考えている暇はない。そういえば先ほど『姫』と呼ばれたのを思い出し、冬姫はそのまま"プリンセス"と入力した。
「ちょっと……あなた、これの競り方教えなさい」
「コ、コツですか? 自分の欲しいものは一気に高値をつけることくらいしか……細かく競ると安くあげられない場合が多いらしいです」
「……そう」
  鈴木の所有物をどこぞの変態に渡すわけにはいかない。
  並たいていの値段ではだめだ。冬姫はまず競り落とされかけているジャージに最高値をつけて落とした。 次に、「鈴木の所有物を高値で買い取ります」と書き込みもした。
「やべぇ……姫のこんな姿、想像できねぇ」
「どんだけ会長にベタ惚れなんだよ……」
  口々にそんなことを言う男子生徒に携帯を返したあと、お下がりコーナーのロッカーに服を取りに行った。
  ロッカーには鍵がかけられており、送られてきた番号で鍵を開ける仕組みである。
  たしかにそこには、まぎれもなく鈴木の名前が書かれたジャージが入っていた。他のロッカーも開けてみるが、どれもこれもまごうことなき鈴木のものである。
「……許せない」
  鈴木の服を盗んで、売り飛ばした奴がいる。金を取りに来た所をとっ捕まえてやる。
  まず竹刀を取りに行かねばならない。そう思い柔剣道場に取りに行こうとしたところ、鈴木が自分に気づかず自分の前を通り過ぎていった。
  こんなに鈴木の物を持っている自分に目もくれず、通り過ぎて行く鈴木に振り返る。
  何か急ぎの用事でもあるのだろうか……かさ張る物を置いていくわけにもいかず、持ったまま鈴木のあとを追った。声をかけようとも思ったのだが、何か声をかけづらい雰囲気があったのだ。
  すると鈴木は精算機の前に立ち、番号を入力すると金を受け取った。
「あれー? なんか平均金額よりかなりいい値で売れているんじゃん」
  そう言って、何事もなかったかのように去っていくではないか! 
「う、嘘よ。鈴木が犯人だなんて……」
  冬姫は困惑していて正しい判断ができなかった。
  鈴木はたしかにそんなに金を持っている人ではなかった。本当に金がないから売ったのだろうか。それとも何か理由があるのだろうか。もしかして鈴木は人に言えないほど経済状況が悪いのでは? 
  どさっと持っていたものが地面に落ちた。
  今、鈴木に自分ができることは何だろう……金を鈴木に渡すのは鈴木の自尊心を傷つけるかもしれない。 だからといって、事情をよくわかっていない自分がその方法はやめろと強く言うこともできはしない。そして買っていく馬鹿どもはいる。
  だとしたら、自分にできることは高額で買取り、他人に渡らないように買い続けて守ることではなかろうか。
  冬姫の家庭は裕福だったために、自分が金に困ることはなかった。
  鈴木の服に幾ら使ったか、もはや覚えてはいない。鈴木の服を洗濯しアイロンをかけ、返すべき日まで大事にしまっておいた。

 そしていつものように競り落とそうとした時、ゴーグルボーイというハンドルネームの人物と激しく競ることがあった。むこうも金に糸目をつけない裕福な家庭の人間で、しかも鈴木に執着している。次第に、この人物の正体が見えてきた。
「こいつとは勝負がつかないわ」
  今回は譲ることにした。こいつならとりあえず他の誰かに渡るよりは安全のような気がした。
  しかし、ゴーグルボーイはそれ以来ぱったりと現れなくなった。

 そんな矢先に、西園寺が鈴木の服を盗んでいるという嫌疑がかかった。
  西園寺がやっている、それがごく自然な成り行きのような気がしたが、冬姫はブルセラから出てきた鈴木が頭から離れないでいる。
「本当に劣がやったことにならないかしら……」
  それならばどんなに良かろうと冬姫は思った。

 そしてとうとう裁判当日になった。
  冬姫は裁判が気にはなったが、出ることはせず、見守ることにしていた。自分が黙っていれば西園寺が犯人になって、ことは無事に丸く収まるはずなのだから。
  そんな時、冬姫の携帯にメールが届いた。
「あなたの取り忘れの品を南昇降口のロッカー十三番に入れました。番号は462」
  これは競り落とした時に来るメールに良く似ている。
  しかし、これを送ったのは違う人間だ。なぜなら送信先のメールアドレスが普段と異なるからだ。
「取り忘れの品……」
  罠だとしても、取りに行かないわけには行かなかった。

 ロッカーを開ける前に誰か待ち伏せしてないか見渡すが、誰もいなさそうだった。
  とりあえず、普段どおりに鍵を開けてみる。きい、と開いた扉の中を見た瞬間思わず冬姫は開いた扉を閉めたくなった。ロッカーの中にはキツキツになって無理やり入った加藤がいたのだった。
「加藤……あなた何をやっているの?」
「さすがの俺でもこれキッツイんだけれど。出してくれる? 一人じゃあ出れねぇんだ」
  小柄な体でも無理はあるらしい。無理やり引っ張り出してから冬姫は言った。
「やっぱり、あなただったのね。ゴーグルボーイ……なんでそのままの名前なのよ?」
「そういうお前こそプリンセスだろうが」
  お互いが"プリンセス"と"ゴーグルボーイ"だと確信した後に本題である。
「姫、お前がブルセラなんかやる人間だってのは俺がよく知っているよ」
「あんたねぇ、何か言っていることが違うでしょう。やる人間じゃあないでしょう、訂正しなさい」
「なんだよ、鈴木のやつ買っておいて『訂正しなさい』はないだろ? やっぱ後ろめたいんだ……後ろめたいから鈴木にも会わないのか」
  何故加藤は堂々と鈴木に会えるのかのほうが冬姫は知りたかった。でもそれは鈴木が自分の衣服をブルセラで売っているところを見たことがないからである。加藤だってそんなことを知ったら、普段どおり接してはいられないはず。加藤はにやりと笑った。
「何か知っているんだな、姫。じゃなきゃあこの日に限って姫の姿が鈴木の隣にないなんておかしいんじゃねぇ?」
  冬姫は今まで見たもの一切を加藤に話した。不思議と加藤には嘘がつけなかった。

「と、しゃべったまではよかったんですが、まさか法廷に連れてこられるとまでは思っていませんでした。私は自分の見たことを偽ることなく証言しましたが、それでも鈴木の潔白を信じています。以上です」
  冬姫の証言に法廷は静まり返ってしまった。
  裁判長が酸欠の金魚のように口をぱくぱくとさせながら、珍しく狼狽している。
  山住が裁判長の口にハーゲンダッツを咥えさせると、やっとのことで声を大にした。
「本当に鈴木君がブルセラに服を売ったんですか!? というかそれ本当に鈴木君だったんですか? 信じられません、私信じませんよ。人畜無害がウリとしか思えない生徒会長がそんな、そんな……」
  陸と空乃は目が点だった。動揺しながらも加藤を振り返る。
  片方で西園寺が自分の爆弾を投下するならば、鈴木の爆弾を加藤が投下する。本当にこの男、鈴木の友人なんだろうか、楽しければなんだっていいのだろうか。
  鈴木のほうもちらりと見た。先ほどと変わった様子はない。ここはポーカーフェイスでいるべき場面ではないというのに。
  西園寺は言った。
「飯島が見たのはおそらく奴だ」
「でかした加藤、お前の爆弾は破壊力がでかい。まさか……この写真が使える日がくるとは」
「チャンスだわ! 出すしかない」
  海馬が立ち上がり、一枚の写真を差し出した。
「飯島副会長が見たのはこの方ではないかしら? 証拠物件Dとして提出します」
  それは西園寺が三組の鈴木のロッカー前で撮った、須々木の写真である。海馬は証言台の冬姫にそれを突きつけて、
「飯島さん、彼で間違いはないわね?」
「……はい」
法廷が再びざわついた。鈴木は黙り込んだままである。
陸と空乃に反撃の隙を与えず海馬が更に言った。
「つまりこうなのよ。鈴木は、自分で自分の服をブルセラに売り! 西園寺にその容疑をなすり――ッキャ!?」
  その瞬間西園寺が助走をつけて海馬にスライディングをかました。海馬が西園寺に掴みかかり小声で言った。
「何すんのよ!? なんで井上にやらなかったくせにアタシにすんのよ。そんなにアタシって汚れか!?」
「汚れじゃ! なんで偽者ではなく鈴木がやったことになっているんだ!? 不自然だ、鈴木はそんなことしないやい」
  西園寺も負けじと海馬に掴みかかる。森下が呆れたように海馬と西園寺の間に入りながら説明した。
「偽者のほうがもっと不自然なんだよ。今の流れならば鈴木を悪者にしたほうが僕たちには都合がいいんだ」
「うーむ……しかし、鈴木は白だぞ? そう簡単に犯人にできるわけが……」
「普段アイコラで鈴木を会長から引きずり下ろそうとしている奴が何言ってるのよ? あんた、たしか自分以外ならば誰が犯人になろうとかまわないって言ったわよね?」
「そうだ。鈴木は西園寺の敵で、消えてほしいんだろう? こんなところで迷っていたら勝てる勝負も勝てないじゃあないか」
  今、圧倒的に不利だった勝負に勝ちが見えはじめている。森下と海馬に説得されながら西園寺は不衛生なロン毛を振り乱しながら言った。
「ああ、そうさ! 誰が犯人であろうとかまわないし、鈴木は敵だ! 消えてくれたほうが僕には都合がいい。だがな……鈴木が犯人になるのが一番最悪のケースなんだよ!」
  西園寺の言葉に森下と海馬が黙り込んだ。
  かつてこんなに面倒な依頼人がいただろうか。こんな場面でいい格好されても話は進むどころか難儀するだけだというのに。
  裁判長の木槌が鳴り響く。
「お静かに、お静かに。検事側、どうしますか? 弁護側は鈴木北斗を告発する準備が整っていますが」
「整っていませんよ! 馬鹿な依頼人のおかげで」
  森下の発言に空乃が心底ほっとしたような表情をした。こんなツッコミどころの大きいどんでん返しがあって、相手がつっこんでこないのだ。
  鈴木は話に入ってこない。仕方なく陸と空乃はふたりで作戦会議をした。
「どう思う? 陸ちゃん」
「どうもこうもないでしょう、空乃。飯島さんが嘘ついているとは思えないけれども、何か勘違いしているということはありえるわ。見てみなさいよ、鈴木君を。あれだけ落ち着き払った人が犯人なわけないじゃない。犯人は青白い顔をするのが常なのよ」
「たしかにそうじゃけど、さっきから北斗君は顔色ひとつ変えんじゃあなぁで。顔が青ぉなるどころか青筋ひとつたてちゃあいないじゃあなぁんか。ここまで堂々とされとるとわしは何か疑わしいもんを感じますが。それに考えてみてつかぁさい。弁護側はなんでこがぁな大チャンスにつっこまんのんじゃろう? きっと何かまだ隠しとることがあるんじゃ」
「……何がいいたいの? 空乃」
「きっとこの北斗君も何か隠しとるっちゅうことじゃ。ちぃと危険かもしれんが、北斗君を弁護側に明け渡して様子を見るんも手かもしれん。裁判長、鈴木君に嘘発見機で尋問してもらいひょか。それなら文句はないじゃろう?」
「認めます。心理科学部からポリグラフを取り寄せてください」
  森下と海馬と西園寺の顔が強張る。せっかくここまで盛り返したのに、嘘発見器なんぞにかけたら、鈴木北斗の潔白は証明されてしまう。
「……決まったな、この勝負」
「決まったわね、森下」
「ななななんでそうなる!? 見捨てないでくれ」
  海馬と森下が面倒くさそうに西園寺に説明する。
「鈴木は偽者の存在を知らない。西園寺が見たのは偽者、今から僕たちが尋問するのは本物、本物は嘘つかない。よって、鈴木の無実が証明される」
「あんたと違って鈴木は落ち着いているからね。全部NOで答えてもピコーンピコーンなんてしないのよ!」
  そうこうしている間に、証言台に座っている鈴木にポリグラフが装着されていく。
  森下が投げたように言った。
「とりあえずさっき海馬が言ったように、西園寺に罪をなすりつけたか聞いてみるか……」
「思い切り無駄な足掻きな気がするけれども、今回の裁判は依頼人が悪いわけであってアタシたちが悪いわけじゃあないのよ、森下」
「僕はちっとも悪くないぞ!」
  西園寺が反論したところで、海馬が手を挙げた。
「弁護側は尋問の準備万端です」
「よろしい、始めてください」
  裁判長の許可を得て、今回はふたりが交互に質問することにした。まず森下からである。
「この機械の仕組みは簡単です。NOと答え続けて反応したものは嘘をついている……つまりYESということです。でははじめます……鈴木君、君は最近お金に困っていましたね?」
「NO」
  ピコーンと針が動いた音がした。
  これは鈴木を知っている者は知っていたが、鈴木は加藤や冬姫や西園寺と違って、裕福な家の子供ではない。けっして貧乏というわけではないが、金持ちではなかった。よってこの質問にはYESの反応で正しいのだ。海馬が続ける。
「でもここ数日で金には困らなくなった?」
「NO」
  また針が振れた。金には困っていない……ここ数日だけで稼げるものとはなんだろう。森下は質問してみた。
「アルバイトをしていますか?」
「NO」
  また反応する。冬姫は不自然に思った。鈴木はアルバイトをする時間がないと言っていたというのに、と。
海馬の番である。
「しかもそのバイトって儲かる?」
「NO」
  儲かるアルバイトをしているらしく、思い切り針が振れた。
  森下は少し金の問題から離れてみることにした。
「ぶっちゃけた話、鈴木は西園寺が犯人だと思っていますか?」
「NO」
  今度は針が振れない。つまり鈴木は西園寺が犯人だとは思っていないということである。森下は質問をもうひとつしてみた。
「犯人を知っていますか?」
「NO」
  今度は大きく反応した。
  森下と海馬は顔を見合わせた。真犯人を知っているのは、今のところ西園寺と森下と海馬…あとは鈴木北斗の偽者、須々木だけのはずである。
  まさか鈴木は須々木の存在を知っていた? もしかして鈴木と須々木はどこかで接点があったのだろうか。海馬は直球勝負してみた。
「真犯人は自分である」
「………………NO」
  針が振り切った。
「そんな馬鹿なぁ!?」
  叫んだのは西園寺である。そんな、今まで須々木だと思っていたのは実は鈴木で、鈴木は鈴木で、鈴木すずきすずきすずき……どんどんと混乱していく。
  しかしもっと動揺しているのは検事側である。
「ど、どういうこっちゃ!?」
「鈴木君、あなた! 自分が真犯人だと言うの!?」
  鈴木は落ち着き払った様子で頷いた。
「……はい。俺、実は犯人です」
  それには針が振れない。つまり鈴木が犯人ということなのだろうか。鈴木はポリグラフを手首からはずすと、証言台に置きながら、立ち上がった。
「まさか売っている現場を見られるなんてね。これじゃ言い逃れができません、降参します」
「……あなた、自分が何を言っているのかわかっているの?」
  机に置いた陸の手がわなわなと震えている。依頼人に裏切られた瞬間である。
  まさか鈴木が自分たちに嘘をついているなんて思いもしなかった。鈴木は平然と答えた。
「さっきの尋問のとおりです。お金に困っていた、だがもう困っていません。ブルセラで大儲けしたので。でも困ったことにブルセラで金を儲けたはいいが、俺が服を売っているなんて情報がどこからか露呈した。このままでは生徒会長としての生命が危ういので西園寺に罪を被ってもらいました。だって西園寺、邪魔だったし……」
  西園寺はショックだった。鈴木の口から邪魔だなんて言葉が出たことに。
  普段から邪魔邪魔言われているが、鈴木はそれでも本気で邪魔と言ったことはなかった。だが今の鈴木は、淡々と自分のことを邪魔と言ったのだ。さらに続く。
「西園寺も普段から俺のことを吊るし上げてくれたよね? あれに俺が腹を立ててないと思っていたわけ? 悪いね、俺そこまで綺麗な人間じゃあないんだ」
  生徒会長鈴木の本性が見えた瞬間であった。もう陸や空乃だけではなく、この場にいた全員が凍りついたが、やがて裁判長が判決を下した。
「い、意外な結末になりましたが……犯人が自白したので判決を言い渡します。被告人西園寺勝を無罪とします」
  カン、と木槌が鳴った。無罪を勝ち取ったはいいが、西園寺は全然嬉しくなかった。
  裁判長は続けて
「そして鈴木生徒会長を容疑者として、改めて告訴します。初公判は後日通知します。ではこれにて閉――」
「異議あり!」
  そこで挙手したのは傍聴席に座って今までずっと黙っていた加藤である。
  お呼ばれしていないのに前に出てくると、
「ちょっといいですか? たしかにー、そいつは犯人です。だけど、鈴木は犯人ではありません。だってそいつ、鈴木北斗じゃあねーもん」
  加藤の発言に法廷が騒然とする。
  森下と海馬が顔を見合わせた。つまり、今そこに座っているのは鈴木ではなく、須々木ということなのだろうか。なるほど、西園寺と冬姫でも気づかなかったのだ。ずっといっしょにいる加藤にしかわからないことである。
「僕たち、ちょっと頭が硬かったのかな……?」
「いやいやいや、だって森下、普通に考えてみてよ。偽者がここに来るなんてあり得ないことじゃあない」
  たしかになぜこいつがここにいるのだろう。加藤が裁判長に言った。
「もうそこの頭の硬い兄ちゃんたちには任せてらんねぇな。俺に尋問させてください」
「却下します。加藤君は席に戻ってください。西園寺勝の嫌疑は晴れましたので、これにて裁判は――」
「僕からも願いたい! 許可してくれ、そいつは鈴木ではない。須々木だ! 名前だけだと分かりにくいがとりあえず偽者だ!」
  もう無罪を勝ち取ったあとの西園寺に弱みなんてない。森下と海馬の後頭部を押さえつけて、
「ほら、きさんたちも裁判長にお願いしないか!」
  頭をぎりぎりと押さえつけられた状態で森下が半ば投げやりに言った。
「僕も賛成します」
「あー……アタシも」
  それにつられて陸と空乃が手をあげた。
「私からも」
「わしもじゃ。こんな終わり方じゃあ腹の虫がおさまらん!」
  傍聴席に戻っていた冬姫も挙手した。
「お願いします、裁判長」
  裁判長は頭を抱えた。こんなときに限って持病の偏頭痛がする。
  暫し考えたあとにため息をついて答えた。
「わかりました、許可しましょう。ただし加藤君、あんたいつも余計なことばかり言うから聞いていいのはひとつだけです。そして皆が知っている内容にしてください」
「えー、つまんねぇー」
  心底つまらんといった感じで加藤が呟いたのを冬姫が後ろからがしっと掴んだ。
「ちょっと加藤、たった一回のチャンスで大丈夫なの? もしこれでしくじってごらんなさい。今度こそ首を掻っ切りますよ」
「姫、それ竹刀じゃあねぇだろ……組合から日本刀持って来る気だろう? まかせろ、今頭の中でピーンときたからさ。奴の傷を抉るような尋問を」
  鈴木は再度証言台に座り直した。そこに加藤は軽い足取りで近づく。
「ひとつしかねぇんだから、おもしろく足掻いてくれよ?」
「加藤、好きにしろよ。俺は俺だし、もう今さら隠していることなんて何もねぇよ」
「最高のシチュエーションだわ。加藤vs鈴木! さしずめ鈴木君と加藤君のディープな部分に触れるんだわ!」
  井上が黄色い声をあげながらペンを走らせている。本当にこの女、場の空気の読めない奴だと全員が思った。
  そんな井上の反応も慣れたものと加藤は無視し、最後の質問をした。
「では西園寺との初キスについての感想を言ってもらおうか。すーずーき君」
「殴られたいのかきさん!」
  西園寺が殴りに行こうとしたところを森下と海馬に取り押さえられる。今爆弾を落とすのは危険だ。
「……ここで本当に証言していいのか?」
「どうぞ。俺、見ていたし。なんだったら千早呼ぼうか?」
  鈴木は暫し躊躇したあとに感想を述べはじめた。
「えーと……激しいキスでした。そして……」
  そこから鈴木はべらべらと話しはじめる。リアルな唇の感触から温度から、どんな味がした、どんな感情を抱いたのか……あまつさえキスだけの感想にはとどまらない。聞いていて恥かしくなるような発言ばかりを平然と話すので、放送部のディレクターが伏せ字マークをマイクに出していた。
  あんなに腐った発言も平気でしていた空乃が驚いたように陸に言った。
「陸ちゃん、なんじゃろう? 井上とくらべればたいしたことは言っていないのに、なんかこぱずっかしいというか、生々しいというか……」
「リアルなのよ。井上の妄想と違ってこれは体験済みなんだわ」
  冬姫は既に言葉を失っており、西園寺は自分の墓をどうするか考えはじめた。
  海馬が感心したように言った。
「加藤君、なんて卑劣なの。……でも加藤はこれで何を証明したのか本当にわかっているのかしら? アタシ本物の鈴木にたいしてのただの嫌がらせにしか思えないわ」
「たしかにここにいる連中にはわかることだな。西園寺が鈴木とキス……もとい衝突した。これは以前の揚足裁判で晒されている。……事情を知らずに法廷に来た人には全部鈴木の発言に聞こえるんじゃあないかな? ……というか、あれ本当に偽者なわけ? 偽者がなんでこんな細部まで知っているんだよ」
  森下の疑問はもっともなものである。どれも鈴木北斗が言いそうな言葉を選んであるのだが、ただこの鈴木には羞恥心がない。この鈴木だったらば、教室で官能小説だって読んでいられるかもしれない。そこで鈴木の証言が終わった。
「以上だ。……あとで覚えていろ、加藤」
  加藤は歓喜に打ち震えて拍手した。高らかに法廷に呼びかける。
「みなさん拍手! 拍手!」
  どう拍手しろというのだろう。手を叩いて喜んでいるのは井上しかいない。唖然としている法廷内で加藤は言った。
「もうお分かりのとおり、彼は完璧に鈴木になりきっている。が……」
  びしっと大げさに須々木を指差して
「でも今の発言は明らかに事実と矛盾している!」
  しかしその意味が分かっているのは、弁護士と西園寺と加藤だけである。
  他の裁判部やら傍聴席の人間には何のことだかさっぱり分からなかった。何もわかっていない裁判長が言った。
「……どこが矛盾していたんですか? 加藤君はゲームとドラマと映画の見すぎです。今のは明らかに鈴木君そのものでしたよ」
「今の証言なんてちょっとやそっと考えれば誰にだって言えるぞ。俺だって鈴木の真似しようと思えばいくらだってできるもん。 ただし、鈴木に言わせようったってー無理な話だよ」
  それは本物の鈴木には含羞(はじらい)があるということだろうか……そんなことではないと思う。しびれを切らしたように陸が言った。
「加藤、ちゃんとどこが矛盾しているのか説明しなさいよ!」
「周知のとおり、俺はその現場に居合わせた。だから知っている、今の証言は明らかにおかしい! 明らかに現場を見ていない奴の発言だ」
  話がうまい下手ではなく、パフォーマンス重視の加藤に皆うんざりしたような顔をした。いつまで引っ張るつもりなのだろう。鈴木が苛々したように言った。
「加藤、勿体ぶらずに何がおかしいのか言えよ!」
「すずきぃー、感想だぜ? 感想。キスしたときの感想だっての。お前さぁ、肝心なキスする前に意識吹っ飛んでただろうが。すごい勢いの西園寺とおでこ衝突して、さらに保健室の床に後頭部打って、それから……」
そこで加藤は合掌してみせる。
「ごめん、おでこの部分で既に気絶してんの。俺、見ていたから。ちなみに今の証言は全部偽証だ」
「ちょっと待て、それってあんたと西園寺しか知らない事実じゃあないの! ここにいる全員の知っている知識にしろって言われたのにッ!」
  海馬が腹を立てたように叫ぶ。西園寺も隣から怒鳴る。
「僕もそんな事実初めて知った! どうりで奴は僕の顔を見ても平然としていられるわけだ!」
「ちょっと西園寺も知らないの!? アタシはその話なんだけれど、鈴木は西園寺のキスにたいへんびっくりしてよろめいて後頭部をぶつけて倒れたって聞いたわ!」
「誰から聞いたんだよ……千早さんか? 僕はキスしたとは聞いたけれども気絶したというのは今初めて知ったよ」
「わしはそのあと北斗くんに聞いてみましたが、その話題にゃぁ一切ノーコメントだってゆわれたんじゃ」
「加藤から『西園寺が後ろから……』って言われたことしか覚えてないわ」
  つまり加藤しか知らない事実だということになる。裁判部の面々を見ながら加藤は聞き返した。
「あれ……俺、言わなかったっけ? まぁいいや」
  加藤は平然として肩を竦めた。
「俺の親父が言っていた。法廷ではしゃべったモン勝ちというよりも、しゃべらせたモン勝ちって」
  しゃべった言葉はあとから撤回しても法廷の傍聴者の記憶に残る、それは裁判部の中では常識だったが、しゃべらせた者勝ちという発言は衝撃的だった。森下が一言、
「そうか……今度からしゃべらせよう」
「あんた普段から小ぎたない手ばかり思いつくのに加藤のやりかたまで吸収しないでよ! 加藤は絶対確信犯よ!」
  感心したように言った森下が気に食わなかったのか陸が大激怒した。むすっと面白くなさそうな表情で鈴木が言った。
「さっきから黙って聞いていれば好き勝手ぬかしてくれるじゃあないか。みなさん俺と加藤を知っている人ならば皆わかるはずです。加藤は信用できるか……先ほど裁判長に全員が知っている事実と言われたにもかかわらずさっさと裏切って自分だけしか知らないネタを使う人間ですよ? こいつが知っている事実とやらが本当かどうかなんて誰が証明できるって言うんだ」
「異議あり! 先ほどそこの鈴木も陸先輩と空乃先輩を裏切っていた。これは俺と鈴木が現在イーブンであることを証明している」
  たしかにもう、どちらの証言を信じていいのか、ここにいる誰にもわからなかった。
  ここは加藤の独壇場である。
「さてと、鈴木になりきっている偽者がどこからその情報を手に入れたかというと……これだぁ! 証拠物件Fを提出します!」
  証拠物件Eが抜けている。ばしっと置かれる黒いノート。井上が「あっ」と声をあげた。
「それ失くなったとばかり思っていた私のネタ帳」
「ブルセラで売っていたところを鈴木の服とともに落としていたのがこんなところで役にたつたぁ思わなかった。俺が思うに、お前が見たのはこれだ。そしてこれを売ったのもお前だ。お前は鈴木の服を盗む際に井上のネタ帳も盗んだんだ!」
  なるほどそれならば辻褄が合う。加藤はそのネタ帳をぺらぺらと捲りながらさらに続ける。
「知ってのとおり、井上はなーんかしらねぇけど鈴木の行動発言を精緻に記録している。これだけのことが書いてあれば誰だって鈴木を演じるのは可能だ……しかし井上のノートには欠点がある!」
  加藤は今まで目立ってなかった分を全部巻き返すつもりでいるらしい。マシンガンのようにしゃべり続けた。
「井上は"鈴木"というキャラを自分の中で再構築している。似ていたとしても鈴木に完璧に近づけることは井上の妄想があるかぎり不可能! 鈴木になりきっているみたいだが、本当に鈴木を知っている奴らから見れば不自然さは明らか」
  ガン、と鈴木が机を叩いて立ち上がる。
「あのなぁ加藤……どこが不自然なんだよ? 冬姫、俺ってそんなに変なのか? ここまで真っ向から否定されると自分自身がわからなくなる」
「あーなぁるほど、姫に振るわけか。鈴木らしいなー」
  加藤は冬姫を見る。にやっと笑って言った。
「今までは姫の盲目な愛がフィルタかけていたけれども、もう冷静に判断できるよな?」
「加藤! お前いちいちきたねぇんだよ。冬姫、愛しているからこっち見ろ! 俺の目を見て本当に思ったことを言ってくれ」
  鈴木も加藤も十分卑怯だった。冬姫は鈴木の姿を上から下まで斜視してから、鈴木の目をじっと見つめた。
「……なんで気づかなかったのかしら。こいつの目、澱んでいるわ。劣の目のほうがまだマシ。だいたいよく見てみれば鈴木はそんなに髪がさらさらしていないし、甘い声も出さないし、それに動き方がどことなく自己陶酔しているわ」
「ほら、まさに井上の妄想とピンクのおめめが産みだした忌まわしい産物だ。そんなキモイ鈴木は鈴木じゃねぇー」
  今までは加藤だけの証言だったので、周りを味方につけてしまえば言いくるめられると思っていたが、彼女の冬姫にまで偽者扱いされたら立場なしである。
  偽者の鈴木は考えた。鈴木北斗は学園的アイドルだと聞き及んでいたので、てっきりそれ相応の魅力をもった人物なのだろうと思い振る舞ってみたが、実はこの鈴木、そんなにいいところがあるわけじゃあないのかもしれない。
  このままでは当初の目的と大きくずれてしまう。とりあえずこの場だけでもしのがなければならないと追い詰められた犯人特有の発言に出た。
「どうしても俺を偽者扱いしたいようだな。もし俺が偽者だとしてだ、じゃあ俺は何者で何が目的でどうして鈴木北斗をわざわざ選んだのか、それを説明してもらおうか!」
「知らん」
  きっぱりと加藤は言い切った。そのあと何か続くかと期待したが、加藤は満面の笑みで
「皆の期待、盛大に裏切ったりー」
  やっぱりだめだ。加藤はこの鈴木の反応を見て楽しんでいるだけであり、真相解明はどうでもいいらしい。
  裁判部の中にこいつに振ったのは間違いだったという後悔がにじみ出た。
「加藤じゃあ駄目だわ。私だったらびしっとあのキモい偽者に何か言ってやるのに」
「あんの北斗君は限りなく怪しいのぉ。陸ちゃんなんかビシッと言ったれ」
「裁判長、加藤君と私を交換することはできませんか?」
「却下します」
  陸の提案は裁判長によって却下された。
  外を見るともう日は沈んでおり、電灯がともっている。裁判部は昨日から寝ていないので、裁判長は早く寝たいんだろうと陸は思った。山住も五十嵐も太田も机に突っ伏してもう寝ている。部内でも裏切り者続出である。
  空乃も欠伸を噛み潰している。海馬は隣のやけに静かな男を見た。
「森下、あんた立ちながら寝ているわけじゃあないでしょうね? 何か言いなさいよ」
「……煙草が吸いたい」
ヘビースモーカーは三時間の禁煙に耐えられなくなっている。全体的に士気が下がった裁判部を見て、鈴木はチャンスだと思った。
「あのさ、もういいかな? はっきり言って馬鹿げているから早く終わらせませんか?」
  この裁判さえ終わればいい、鈴木も裁判部もそう思っている。ただ加藤だけがつまらなさそうに、
「つまんねぇ。もっと馬鹿げたことやりたいのに…」
「これ以上の茶番はありません。馬鹿げたことを長々と引きずりたくないのでそろそろ〆に入りたいと思います……」
  裁判長が木槌を打ち鳴らそうとした瞬間、西園寺が立ち上がった。そのまま鈴木めがけて突進する。
「ぬおおおおお! 須々木めぇえええ、偽者めぇえええええ!」
  そのまま鈴木の胸倉に掴みかかる。
  眠かった裁判部は反応がおくれて西園寺を取り押さえ損ねた。
  もみくちゃになる鈴木と西園寺。加藤は笑ってその中にダイブして、その加藤を止めようと冬姫も飛び込んでいく。
  乱闘になる生徒会のメンバーに裁判長が慌てて木槌を鳴らす。
「体育委員はまだ学校にいますか!? 誰か体力の余っている人、彼らを止めてください」
  裁判部は呆れているのと疲れきっているのとで誰も動かない、いや動けないのである。
  放送部と広報部はここぞとばかりにその光景をカメラに収めているので、仕方なく傍聴席の人間が止めに入ったが、
「飯島副会長、落ち着いて――ぶほっ!」
  何人か冬姫に吹き飛ばされている。ようやく四人を引き離したところでひとりだけぼろぼろの西園寺が叫んだ。
「待った。話を聞けー! ええい、触るな触るな。証拠が消えてしまうだろうがッ! このホモがホモがホモが!」
  止めに入った生徒にホモのレッテルを貼りまくりながら、西園寺は高く手を掲げた。手の周辺が変色して赤いぶつぶつができているのが遠くからも見てわかった。
「普段の鈴木のアブノーマル度は27%前後、それに対してこの野郎は92%! 僕は前にもこいつに会っている。その時こいつははっきりと鈴木北斗ではないと言って自分は須(すべから)くという字のほうを使う須々木だと名乗った。はっきりとその時こう言ったんだ、『誰かに頼まれた』って。どうだこのやろー! わかったかぁ!」
  早く終わらせたくなった森下が西園寺を弁護側の席に引っ張っていき着席させる。
「西園寺、興奮しすぎだ。落ち着いてくれ」
「僕は落ち着いている!」
  掴まれた胸元をちゃんと直しながら、鈴木が反論してくる。
「じゃあ落ち着いている西園寺に訊こうか。俺を触って確かめようとしたのはいいけれど、そのあとの乱闘でお前はいろんな人に触った。だからもうその証拠は不完全だと思うんだけれど?」
「うがああああああ!」
  また掴みかかりに行きそうなのを森下がもう一度着席させてから呟いた。
「……なんで僕こんなことしているんだろう」
  西園寺の弁護をし始めてから自分の人生の歯車が盛大に狂ってきている。裁判長が唸るように言った。
「この裁判はすぐに決着がつくと思っていたのに一筋縄どころか何縄かけてあるんですか。これは前代未聞で、なんというか……判断に困ります」
「きょええええ! もう別にいいじゃない! この際鈴木が犯人だろうと偽者が犯人だろうとアタシどうでもよくなってきたわ」
  海馬が発狂しはじめた。空乃が立ち上がりパイプ椅子を振り回す。
「何言っとるんじゃー! 北斗くんに黒い歴史残すとただじゃあおかん。森下や海馬とは違うんじゃ!」
「そうよそうよ、結局鈴木君が被害者なのには変わりがないじゃない。可哀想よ!」
陸がそう言ったけれどももうこの阿鼻叫喚の図を見て傍聴席で思うことは、可哀想なのは裁判部だということに誰もつっこまないのはどうしてだろうという疑問点である。
「……っていうかぁ、本物の鈴木君はどこ?」
井上の発言にぴくりと全員の動きが止まる。
鈴木一色だった冬姫でさえ、頭の中からすっぽりと抜け落ちていたことである。加藤が言った。
「ああ、鈴木? えーと……ほら、あれだ。みんなの心の中にいるんだよ」
「死んでるよ! というかそうですよね。本物の鈴木さえいればこの話決着つくんじゃあありませんか?」
  裁判長の発言に陸が渇いた笑いをした。
「あははー、徹夜明けってつらいわね。こんな大事なことに気づかないなんて!」
「北斗君どこじゃーと呼べば来ないかのぉ? 皆で声合わせれば戦隊ヒーローも飛んでくるし」
「あらら、アタシたちって意外とうっかりさんね」
「……いや、皆つっこまないから、つっこんじゃあいけないものかと思った」
  裁判部は馬鹿ばかりだ。それが定着した瞬間であった。
  悪乗りした加藤が呼びかける。
「さぁて皆、呼んでみようか。みんなのアイドル鈴木北斗を。せーの――」
「「鈴木くーん」」
  しかし乗ってくれたのは壊れた裁判部だけだった。
  きぃ……と無言で開く法廷の扉。本当に現れたと大ウケしたのはいつの間にか目を覚ました五十嵐だったが、入ってきた鈴木北斗がいつもに増して怒り心頭の様子なので、すぐに黙った。
  鈴木はずるずると扉の隙間から一人の男子生徒を引きずりながら法廷の通路を歩いて裁判長の前まで来ると、その生徒を乱暴に投げ捨てた。
「……証拠物件です」
  抜け落ちていた証拠物件Eが揃った瞬間だった。だらりとのびた男子生徒を蹴ってごろんと表向かせる鈴木。人畜無害で有名だった生徒会長の変わり果てた姿に誰も声をかけようがなかったが、誰かが言わなくてはいけないので裁判長が聞いた。
「あなたは本物の鈴木北斗ですか?」
「言うことはそれだけか?」
「ひいい、すみません。鈴木生徒会長でございます」
  裁判長が鈴木だと認めた。西園寺が口をぱくぱくさせながら指差し、
「す……鈴木、北斗……きさん! どこで何してたんだー、遅すぎるだろうが。この僕にさんざん恥をかかせおって!」
「うるせぇよ! キレ泣きしてんじゃねぇ劣! 泣きたいのは俺のほうだ。拉致されたってのに忘れさられて誰も助けにこない、放送で聞こえる裁判聞いてりゃあ皆して鈴木が犯人だのと言っていたかと思えば、一番腹立ったのは加藤お前だ!」
「え、俺?」
  何に怒ってくれたのだろうと加藤が期待に満ちた表情で返事をする。
「そう、お前だ。ひとが気絶していたのをいいことに劣とキスしたのどうだのなんて過去の傷抉りやがって!」
「なんだよ鈴木、あの時の記憶あるのか?」
「ねぇよ!」
  井上が嬉しそうにメモ帳に『拉致られ、監禁、拷問……』とペンを走らせた。加藤は肩を竦める。
「やだなぁ鈴木、俺は今回何も話しちゃいない。お前に黒い歴史を刻んだのは……こいつだ」
  と、本物の登場でいよいよ偽者とばれた須々木のほうだった。もう口調も表情もくだけてしまい、しげしげと鈴木を見ている。
「あー……これがお噂のアイドル会長? なんだ、どう見たって発狂系。ビー球少年とかいうからもっと爽やかなの想像していた。これと似るのは無理だよね」
「発狂系でけっこう! さぁ洗いざらい吐いてもらうぞ。起きろ、ブルセラ部!」
  ブルセラとかいう単語がどうでもよくなるくらい色々なことが起こりすぎた裁判で殆どの人がはっとした。そうだった、これはブルセラからはじまった裁判だったのだ。
  鈴木に蹴られてリサイクル部の部員がよろよろと起き上がる。
「わかりました……観念します」
  その声は、空乃と陸が昨日聞いたお下がりコーナーの受付係のものだった。並んだ須々木のほうが説明しはじめる。
「もうバレてるけれど俺は須々木有(すずきゆう)、リサイクル同好会に雇われた鈴木北斗の偽者。どう、似ていた?」
「似ていたとか以前に不快だった」
  鈴木がもっともな感想をのべた。続けてポケットから生徒手帳を取り出して裁判長に向けると宣言した。
「真実を語ることを生徒手帳に誓います」