それは東の大陸との航路がやっと開けた頃の話である。
一攫千金を狙い、多くの船乗りが海へと繰り出した。そのほとんどは嵐や、または公認海賊……つまり別の国の国王が国益のために認めた海賊による、財宝狩りのために海の泡沫へと消えていった。
西の大陸はその山から流れる川と葉脈のような形から誰が言ったわけでもなくゴールドリーフという名前で呼ばれていた。その北にある、人魚が住むと言われる入り江があった。
その入り江に近づくと、人魚が船を転覆させたり、海の中へと引きずりこむと言われており、まっとうな船乗りたちは近づこうとはしなかったが、実のところ海賊たちの集落があって、そこの海賊が吹聴してまわっていただけにすぎなかった。
これはそんな人魚の砦で育ったひとり娘の話。
人魚の砦の長の孫娘に生まれたその少女は、生まれてすぐに幾何学的な紋様を体中に刻まれた。
それは“人魚の血をひく”という意味で、いわば人魚の砦の幹部であるという意味だった。
将来の夢は幹部になることではなく、お嫁さんになること。そうお爺に話したところ
「お前は海と結婚するんじゃ馬鹿者が!」
と怒られ、次に海の男になると言った時には
「お前は海の女じゃ馬鹿者が!」
と怒られ、それ以来男にもあわびにも興味が失せたので有名な彼女は、海の恵みである真珠の名にちなんでマルガリーテスと名づけられた。
酒場の扉がバン、と開いた。
ラム酒で泥酔した海賊が暴れることなんて普段から日常茶飯事だが、その日来たのは招かざる客だった。
「公認海賊のヴァッフェンロースのクルーだ!」
刺青を見て誰かが分かりきったことを叫んだ。
非武装を意味するヴァッフェンロース、もとは南の海賊だと聞いていたが、最近はこんな北の僻地までやってくるようになった。乗組員はベテランの熟年層が多いという、一目置かれた海賊船だ。
自然と避けるようにできたスペースに座ると、ヴァッフェンロースのクルーたちは口々に自分のお気に入りのラム酒を頼んだ。
しかし、どれも高級酒ばかりで人魚の砦では品薄のものばかり。
「なんだ、どいつも安物で困っちまうな。飲めたもんじゃねぇ」
などと嫌味を言いながら、それでもしばらく飲み食いしている間に酔っ払ってきたのか、次第に声も大きくなる。
笑いながらおしゃべりをし始めるクルーたち。周りもそれに慣れたのか、いつもどおり飲みはじめた。
そんな折の話である。
ヴァッフェンロースのクルーのひとりが床へとねじ伏せられた。
「痛ってぇな! この乱暴女」
「煩いよ。女みたいにぴーぴー騒ぐんじゃないよ、それでも海の男かい?」
二十代の始まり、褪せた黒く長い髪をひとつに束ねた女がモップで男を床に押し付けながら、言った。
歳のいったクルーがその男へと笑いながら声をかける。
「ダンテ、お前その女海賊様に何を言ったんだ、え?」
「人を殺したことはあるのかと聞いただけですよ、船長。いでで」
女にモップでぐりぐりと床の味を舐めさせられながらダンテと呼ばれた男がそう答えた。
どっと周囲がわいた。酔っ払ったある男が女の名前を呼んだ。
「リタよぅ。そういやお前、誰か殺したことはあるのか?」
リタと呼ばれて、マルガリーテスはきっ、とその男のほうへと顔をあげた。
男はそうとう酔っ払っているようで、マルガリーテスへと自分のサーベルを投げてよこした。
「いい機会だ。そのダンテって奴殺してみろよ」
これは余興だと言わんばかりに周りも騒いだ。ヴァッフェンロースの船長は怒りそうなクルーたちをたしなめた。
「ここでどんぱちやるとお前たちまで死ぬ羽目になるぞ?」
ここは海の上ではない。人魚の砦なのだ。一時的に休戦することを約束されたここでやりあうということは、すなわち北の海賊たちの掟に触れる。
マルガリーテスはサーベルを足で蹴り上げて右手に持ち直した。普段腕自慢の時に振り回している大刀よりそれはかなり軽く、試しにくるくると回してみたがすんなり腕に馴染む。逆に馴染みすぎて気に入らなかったくらいだ。
足元の男……ダンテは自分より少し上か、それでもヴァッフェンロースのクルーの中では明らかに新米で、歳も二十半ばくらいだろうと推測される。
マルガリーテスはサーベルをダンテの首元へと押し付けるとそれを横へと引こうとした。
刹那――
ヴァッフェンロースのクルーの中のひとりが飛び出してくるとマルガリーテスへと切りつけてきた。咄嗟の判断でサーベルを持ち直すとクルーのサーベルと交差する。
腕自慢で負けたことなんてほとんどなかったマルガリーテスだが、それでも相手の力は強いらしく、じわり、じわりと圧されていく。
このままでは駄目だと思った瞬間足が自然と前に出ていた。飛び出してきたクルーの腹を蹴飛ばしていた。
ダンテの同じくらいの年齢のそのクルーを、そのまま刺し殺そうとそちらへと気が逸れた瞬間だった。
ダンテが飛び起きてモップをマルガリーテスの首へと突きつけてくる。
「アレンから離れな。リタさんよぉ」
「なんだいあんたたち、そんな獲物であたしを止めれたつもりかい?」
返事が返ってくるのも待たずにひらりとサーベルを返し、モップの柄を切ろうとした。が、あっさり刃のほうが飛んでいく。
これにはマルガリーテスどころか、周囲も驚いた。
「エンデ! あんた最初からボロイなまくら刀渡したね!」
マルガリーテスが怒鳴るとそれが嬉しいのか、エンデと呼ばれた男が爆笑した。つられて周囲も爆笑したので、マルガリーテスはぶすっとした表情で折れたサーベルをダンテのほうへと放り投げた。
「興が殺がれたよ。命拾いしたね、あんたたち」
そう言い捨てるとアレンと呼ばれた男をまたいで酒場をどすどすと去っていった。
◆◇◆◇
「お爺!」
家に帰るとすぐさま祖父のもとへとマルガリーテスは走っていった。
長い髭をたくわえて、まるで魔術師のような風貌の男、それがこの人魚の砦の長、リーフである。
「ブラック・パール号はあたしが成人したらくれるって言ったよね?」
「ああ、言ったな」
「今年あたしゃ二十歳だよ。くれよ!」
「やってもいいが、掃除でもするのか?」
「航海に乗り出すに決まってるだろ!」
「乗り出すのはかまわないがランルー産の“でれ助火縄銃”で船に何発か穴が開いていてな、しかも今座礁してるんじゃ。知ってるだろお前、あそこで小さい頃から遊んでるし」
「そんなのラム酒のコルクかクルーの指かで栓しときゃいいじゃあないか」
「ほう、リタにはもうクルーがいるのか?」
「う……それは、」
マルガリーテスはそこまで言うと口ごもった。
小さい頃遊んでいたオリバーは知らないうちに他の海賊船に乗ってしまったし、腕自慢で負けた男たちも別の船の乗組員だ。飲んだくれのエンデを仲間にするつもりも毛頭ないし、父親はもうすでに行方知れずだ。
「お爺のクルーを何人かおくれよ。燻ってるだろ? 最近閑古鳥の鳴いてる連中が」
「あれはわしに忠義を誓ってきた連中じゃ。よしんば奴らが納得したとしてもわしは反対じゃ」
「なんで!」
「だって、お前は船長の器じゃあないだろ?」
「いい歳したジジイが『だって』じゃあないだろう。なんで!?」
「いい歳した娘がジジイに『なんで!?』もなしじゃろうに。理由はひとつじゃ、血の気が多すぎる。お前、ただの腕自慢で何人の男の腕を折ってきた?」
マルガリーテスはたしかに月に一度の腕自慢では怪力で有名だった。最近では彼女と対戦が決まったと同時に棄権する男もいる。ただの腕自慢で利き腕をだめにしてしまってはその後の死活問題だ。
リーフは続けた。
「だいたい、今日もどうせ酒場でひと悶着あってカッとなってその足でここに来たんだろうに。お前が今年に入ってからブラック・パール号を寄越せと言ってきたのは何回目だ? そしてその理由はどんな理由だった? ん? どうしてもブラック・パール号が欲しかったら船長の器に適うと思う奴を連れてきてみろ。お前はガサツすぎる」
今日の出来事を見てきたかのように問い詰めてくるリーフにマルガリーテスはつい、いつものようにカッとなって大声で約束してしまった。
「ああ、いいよ! 船長になる奴連れてくればいいんだろ。覚えていやがれクソジジイ」
そして酒場から去ったときと同じようにどすどすとその場を去っていったのだ。
◆◇◆◇
あとに残されたリーフは長い髭をいじりながらため息をついた。
「わしがマルガリーテスなんて名前にこだわったからいかんのかの……。あいつが小さい頃言っていたように、普通に嫁にでも行ったほうが幸せなのかもしれん」
もっとも、あんな鬼嫁を包み込めるのも海か、特別巨大な阿古屋貝くらいしかないと思うわけだが。
人魚の砦に限らず、海賊の妻は現地妻である。帰ってくるかどうかもわからぬ夫を待って日々過ごすなんてことは、マルガリーテスの母親がリーフの息子の帰りを待ちながら死んでいったことを考えると、彼女には自由に生きてほしいとリーフは思ったのだ。
しかしマルガリーテスはガサツで手のつけられない跳ね返りに育ってしまった。これでは誰かの船のクルーにするのも、誰かの嫁にするのもちょっと考えものだ。
「うまくいかんのお……」
リーフはため息をついた。
◆◇◆◇
いつも何かつまらないことがあるとマルガリーテスは座礁したブラック・パール号の中で過ごした。
この船はリーフが昔乗っていたもので、マルガリーテスが生まれた時にこの船の名前から「黒真珠のように海に愛されるように」と自分は名づけられた。
しかし実際のブラック・パール号はおんぼろで、リーフが言ったように穴もいくつか空いていて、床の木は腐りかけで、おまけに今は座礁している。
だけどここはマルガリーテスにはお気に入りの場所である。リーフが用意してくれたマルガリーテス専用の部屋は東向き。朝日が昇ると部屋の隅々まで照らされて気持ちよく目覚められるのだ。不思議と嫌なことは忘れられる。
ハンモックの上に乗ると潮騒の音を聞きながら眠りに入った。近くで雷鳴が轟いていた……
人魚の機嫌が悪いらしい。
その日見た夢というのは色々なことがごちゃ混ぜで、自分が行ったこともない飛び魚のアーチのそのまた向こうの東の島で、自分はお嫁さんになっていた。
そして今日酒場で会ったアレンや、ダンテといっしょに仲良く暮らしているというものだった。
見たこともない綺麗な女性も出てきた。人魚のように綺麗な歌声の持ち主である。部下もいた。ほとんどが子供だった。
なんだ? いったいなんなのだろう、このままごとのような海賊ごっこは。
気がついた時には朝をむかえていた。
昨日は相当海が時化っていたらしく、寝ながら船酔いしたのか珍しく気分が悪い。
甲板に出て陽にでもあたれば少しは気分が良くなるだろうと思って表に出た。
空は嵐のあとで雲ひとつなかったが、海にはぽつぽつと異質なものがある。よく見るとそれは木の板のようだった。
「馬鹿な船もあったものだね。あんな晩に船出したなんて」
船の形は形跡もない。ただその欠片を追っているうちに、海の中に人が浮いているのが見えた。
マルガリーテスはそれが人であるのを甲板から乗り出すようにして確認すると、そのまま海に飛び込んだ。
泳ぐのは人魚の砦に生まれた人間だったら売春婦でも泳げる。
板に掴まっているというより、かろうじて板の上に投げ出されてここまで流れ着いたと思われる男をそのままかつぐとまた岸まで泳いだ。
男は憔悴しきっているようで、暴れることも動くこともせず、マルガリーテスがブラック・パール号へと持ち帰る間もまったく反応がなかった。
「おい、しっかりしろ!」
乱暴だったが声もかけてみた。
よく見るとその男、昨日酒場で殺そうとしたダンテという男だった。
昨晩殺そうとした男を今日助けるというのもおかしな話だったが、ここまで担ぎ込んで来ておいて見殺しにするつもりはなかった。
どん、と胸を強く圧すとあまり水は飲んでいなかったようで、すぐに息は吹き返した。だが、嵐の中でもみくちゃにされたその疲労はかなりのもののようで、うなされている上に、脂汗も滲んでいた。
「……ニ、カ」
やっと声を出した。ダンテが低い声で呟く。
「黒くて長い髪……潮の香り」
マルガリーテスは「はっ」と自分のまとめていなかった黒髪を結いなおした。
ダンテは気づいていない。
「……帰ってきたぞ。アレンも……いっしょだ」
頬を緩ませて、幸せそうに笑う。
マルガリーテスの髪の毛から別の女のことでも思い出したのだろうか。いささかかむっとした。
だけどなぜ、自分がむっとしたのかもよくわからなかった。
「あたしゃそのなんとかって女じゃないよ。起きな、ダンテ!」
ばちーん! と一発、幸せそうに寝ていた男へとびんたを繰り出した。
軽く叩くつもりだったのがついつい力加減ができず、ダンテは床の上をごろごろと転がって近くの椅子へと頭をぶつけると、鈍い音を立てて止まった。
しばらくして、男はゆっくりと起き上がった。
まだぼんやり眼だったが、静かにマルガリーテスの姿を確認する。低い声でぼそっと残念そうに言った。
「昨日の怪力女……」
「んな!?」
マルガリーテスはまたカッと頭に血が昇った。
「そりゃあたしは怪力だしガサツだけど、ちゃんとマルガリーテスって名前があるんだよ」
「おお、立派な名前だ。海の黒真珠ってか。マルガリーテスからリタか……マルーとかリッツとか、そういう愛称のほうが可愛げもでてきたんじゃないか?」
「余計なお世話だよ! それだけ喋れるってことはもう大丈夫だね。さっさと自分の仲間探して出ていきな」
これだから公認海賊は。自分の郷(くに)以外に対して失礼千万である。とっととそのなんとかって女のもとに帰ればいいと思った。
ダンテはまだ状況が分かっていないようだが、昨晩のことを少しずつ思い出したようで、自分の置かれている状況が見えてきた途端、目の色が変わった。
「昨日の嵐! 見たこともない鳥に女の容(かたち)した化け物たちが暴れていった。おい、ヴァッフェンロース号はどうなった? 船長は、アレンは」
「あんたが見たのはセイレーンだよ。伝説の化け物だとあんたら南の連中は思っているかもしれないけれど、北にはまだいるんだ。ここらの連中ならばよく知っている。船ならば甲板から見てみるこったね。板だけならまだ残っているよ。船長もアレンもここらへんにはうちあげられていない。探すんなら砦の南の船着場でも見てみな。あそこで助かっていなかったら、もう絶望的だけど」
「そんな……アレンも、アレンも死んだのか?」
「まだわかっちゃいないよ。ただ、死んだ可能性のほうが高いってだけだよ。セイレーンと遭った男はみんなおっ死ぬんだよ。あんたが助かったってことは、それはそれは奇跡的なことなんだ」
それこそ人魚が助けてくれたくらいしか思いつかない。そんな親切な人魚は聞いたこともなかったが、夢に出てきた歌の上手いあの女性のような人魚が味方してくれたのかもしれないではないか。
ダンテは当惑しながら呟く。
「なんてこった、アレンが死ぬなんて。モニカに、モニカになんて言えばいい?」
「そういえばそんな名前口にしてたね。誰だい?」
「アレンとこの前式をあげた女だよ。これがまたいい女でさ、褐色のすべすべした肌がたまらなくよくっていやいやいや。ともかく、アレンの遺体だけでも見つけなきゃ」
ふと、マルガリーテスはこの狼狽した男を利用してやろうと思った。
「アレンの死体を見つけるには船がいるねぇ?」
◆◇◆◇
「この男が船長に相応しいと思った人選か?」
リーフが訝しげな顔をしながらダンテを見た。
服は昔リーフが着ていたものをブラック・パール号から引っぱり出してきて、そのまま着せた。
広い鍔の海賊帽に、立派に仕立て屋が製った衣装である。一目見ればリーフが自分の服だということは分かりそうなものだが、マルガリーテスはいけしゃあしゃあと言ってのけた。
「ダンテって言うんだ。いい奴だよ」
「どこらへんが?」
「あたしを大事にしてくれるって」
「お前の船を、でなくてか?」
「まぁ、セットで?」
いい加減なマルガリーテスの発言にため息をつきながら、ダンテのほうを見る。
「お前にこのじゃじゃ馬娘とブラック・パール号を手なずけられるのか?」
「お孫様はじゃじゃ馬娘なんてものじゃあありません。暴れ馬です。ですが、きっと自分の最高の右腕になってくれるには違いありません」
「ふぅむ……」
暴れ馬の発言のあたりでマルガリーテスに睨まれている、正直すぎる若い男を見つつ、リーフはしばし目を瞑って考えた。
「まあ……リタがこの若造に謀られるというのも考えにくい。万が一世界の終わりにそうなったとしても、それも勉強か。よし、ブラック・パール号は明後日までに船着場まで運んで修理もしといてやろう。行ってこい、リタ」
と、ダンテ。
胸中でおまけのように付け足した。
マルガリーテスが
「やった!」
とガッツポーズをとる。
ダンテがリーフの手をとって大声で言った。
「お爺、感謝!」
「お前のお爺になったつもりはない! さっさと行かんか! 準備はしっかりしておけよ。お前たちふたりしか乗組員はいないんだからな」
「分かってるさ。食料と地図とあと、酒!」
元気に叫びながら飛び出していく二人を見送り、リーフは椅子へと深く座り直した。
何はともあれ、自分の息子との約束は守れた。いつまでも人魚の砦に縛り付けておくことはできない。彼女は海に愛された娘なのだから。
◆◇◆◇
人魚の砦じゃ有名だったじゃじゃ馬マルガリーテスだったが、出発する時には誰も見送りにこなかった。リーフも「腰が痛い」と来なかったくらいだ。
帆を張って順調に航路へと乗り出すと、人魚の砦も小さくなり、やがては見えなくなった。
暇にまかせてマルガリーテスが愛用の大刀の手入れをはじめる。ダンテはその様子を見てからもう一度同じ質問をしてきた。
「人を殺したことはあるか? リタ」
「なんだい、またその質問かい? まぁ、ないけど……腕なら十本くらい折ったね」
「そりゃ恐ろしいこった。だが海賊は人を殺せないとなれないものなんだろうかというのが、俺の考えるところでな……」
「それは“非武装”の教えかい? 奪う、殺す、これは海賊ならば誰もが知っている本能。誰もが命ギリギリのところで戦っている。それを知らないってことは、あたしもあんたも、まだ死の浅瀬で水遊びしているだけにすぎないのさ」
「まぁ、あまいと言われりゃそのとおりなんだけどよぉ……いいじゃねぇか。財宝探しとか、そっちのほうが俺には向いてるさ」
「あたしゃ殺して奪うほうが早いと思うけどね。まあ、あたしはあくまであんたの右腕。好きにやればいいさ。どうせすぐに人は殺すんだ」
人魚の砦では休戦状態でも、ひとたび海に出れば敵同士。それは誰もが知っていることだった。
それを確かめるように大刀をダンテのほうへとひるがえした。反射的にダンテもサーベルを抜いてこちらへと突きつけてくる。
リーフの殺してきた人間の臭いがしみついているのか、サーベルからは鉄錆の香りがした。
膠着したまま、マルガリーテスが聞く。
「あんた、本当は強いんじゃあないかい?」
「リタほどじゃあねぇだろうけどな」
「まったく、殺しておくべきだったよ」
「次はモップじゃすまさねぇぜ?」
一歩も双方が引かなかった緊張感の中で、うみねこが空を失礼するついでに糞を落としていった。
ぽとり、とそれがダンテの海賊帽へと落ちる。
それを見たマルガリーテスがたまらず吹き出して笑った。
ダンテが恥ずかしそうに帽子を外す。
「わ、笑うなよ。今のはほんの、事故だ」
「事故。OK、事故ね。船長。ぷぷ」
「船長って言われるのもなんか恥ずかしいな。どうせ俺たちふたりしかいないわけだし」
「いいじゃないかい。あたしゃ嫌がっても右腕で否定してもいい仲だよ」
いい仲発言にダンテが少しひるんだような顔をして、誤魔化すように話題を変えた。
「そ、それにしてもヴァッフェンロース号は今日も穏やかだな」
「何言ってるんだい! これはブラック・パール号だよ」
「俺が船長なんだからヴァッフェンロース号だろ?」
「ずるいよ、あんた!」
海のど真ん中の喧騒に仲介をいれるのは、やはりうみねこの糞攻撃だった。